恋を自覚したからと言って、何かが変わるとは限らない…とは、今のわらしの心情を表した最も適切な言葉である。つまり、わらしが遊作を好きだと気付いてから既に二週間が経つが、その間、二人の間には何も起きていないということだ。

(好き、って……一体どうしたら良いんだろう)

遊作のことを知ろうとして、今まで興味を持たないようにしていたLINK VRAINSについては少し調べた。けれどわらしにできたことといえばそれくらいだ。二人の間に何もないまま時間だけが過ぎた。
ただ、LINK VRAINSについて知識が増えたのは良かったと思っている。LINK VRAINSの影響はわらしが思っているよりも大きく、社会に影響を与えていたのだ。
この二週間の間に、LINK VRAINSのセキュリティ部長の失脚があり、LINK VRAINSで蔓延した電脳ウィルスのせいで現実世界に意識が戻らなくなるアナザー事件が勃発していた。前者は特に大きな問題にも感じていなかったが、後者はデンシティ・ハイスクールでもその被害者が出ていて、社会問題にもなりつつある。
幸い、わらしの周りでは今のところ被害者は出ておらず、ももえとジュンコも無事なのだが、二人はしばらくLINK VRAINSから離れると言っていた。その方が賢明だろう。
そして今日。
LINK VRAINSを運営管理するSOLテクノロジー社がLINK VRAINSを閉鎖するという旨の緊急会見を開き、事態はLINK VRAINSのみならず、ネットワーク世界の一大事にまで拡大していた。おかげでデンシティ・ハイスクールは午前授業のみで午後は休校となった。
これから一体どうなってしまうのかと、一人ファストフード店でネットニュースを見ていたわらしは、遊作のことを心配していた。

(えーと、『ハノイの騎士』って連中と、Playmakerが対立してて…そのPlaymakerが遊作くんだから、負けたら電脳ウィルスにかかって昏睡状態になっちゃう…。ラーイは遊作くんはデュエルが強いみたい、って言ってたけど、本当に大丈夫かなぁ…)

連絡を取ってみたいが、わらしは遊作の連絡先を知らない。学校では今まで通り、人前で話しかけないようにしているので、やはり会話はできなかった。
好きな人がLINK VRAINSで起きている出来事の当事者とあっては、わらしも気が気でない。こうなったら、迷惑を承知でCafé Nagiに押しかけてみようか、と席を立った時のことだ。ちょうど目の前の通りを、遊作が歩いていた。
わらしは慌てて追いかけた。

「遊作くん!」

叫ぶと遊作はびっくりしたように振り向いた。だがわらしの姿を認めると、すぐにいつもの表情に戻る。

「あぁ…あんたか…」
「良かった。今からCafé Nagiに行こうと思ってたの。遊作くんに会いに…」
「何かあったのか?」
「何かあったというか…これから何か起きそうで、心配で…」

わらしは困ったように話す。

「LINK VRAINSのこと、少しだけ調べたの。そしたら、今色々大変なことになってるでしょ? でも遊作くんは…。だから私…、」

人通りのある場所での会話である。わらしは言葉を選んで伝えた。
遊作は静かに頷くと、ただ一言「心配いらない」とだけ答えた。

「でも…」
「これ以上奴らの好きにはさせない。俺は俺の目的を果たすだけだ。…あんたが心配する必要はない」

わらしの不安をバッサリと切り捨てるように言う遊作。そうなると、わらしはもう何も言えなくなってしまった。

「そっか…わかった、遊作くんがそう言うのなら」

デュエルに、そしてLINK VRAINSに関わることのできないわらしにできるのは、遊作が無事でいて欲しいと祈ることだけである。

「でも、もし遊作くんが危なかったら……私、助けに行くから」
「何を…」
「絶対、行くよ」

きっと遊作の力になることはできないが、せめて伝えたい。これがわらしにできる精一杯だった。
優しい表情で、しかし真剣な目をして訴えるわらしに、遊作はしばし黙っていたが、やがて口を開いた。

「…そうだな。あんたなら何とかできそうだ」
「!」
「まぁ、期待しないでおくさ」

普段の遊作にしてはあり得ない言葉である。だがその言葉を聞けただけで、わらしには十分だった。少なくとも、信用はされているのだという嬉しさが、わらしの中でこみ上げた。
遊作は言うだけ言うと、さっさと行ってしまった。向かう先は自宅かCafé Nagiか。どちらにしろ、その後LINK VRAINSに入るのだろう。
残されたわらしは、大人しく自宅に戻って遊作の無事を祈ることにした。遊作ならきっと大丈夫だと信じて、帰還を待つ。そしてすべてが終わったら、無事を祝ってあげれば良いのだ。きっと遊作は大袈裟だと言って、困った顔をするだろうけど。

「頑張って、遊作くん…」

LINK VRAINSが中継されているテレビ画面を見つめながら、わらしは祈り続けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


LINK VRAINSにアクセスして早々、Aiが呟いた。

『なー、珍しいじゃん。Playmaker様があんなこと言うなんて』
「あんなこと?」
『わらしちゃんにぃ、「あんたなら何とかできそうだ」って…。俺、お前は誰かに頼ることなんてないと思ってたんだけどォ?』
「…別に深い意味はない」

ただ、あの場ではそう思っただけだ、と遊作は心の中で答えた。
Aiは遊作から面白い回答が得られると期待していたが、相変わらず素っ気ない答えに「つまんねーやつ」と悪態を吐く。それが原因でまた黙ってろ、と怒られた。

(…深い意味はない。だが確かに、今までの俺は他人に心配されたりしても、気になることはなかった。特に何かを感じることもなかった。…何故あの人のことだけ、そう思えたんだろうか…)

遊作の脳裏にわらしの真剣な目がちらつく。あれは本気で遊作のことを思ってくれている目だった。誰かがあんな風に自分のことを考えてくれていること自体、遊作には久しぶりのことだった。

(――本当に、不思議なひとだ)

Playmakerは自嘲するように息を吐き、そして頭を切り替えた。今は、リボルバーを倒し自身の復讐を完遂する方が先だ。そして、LINK VRAINSの崩壊を止めなければならない。

『Playmaker、タイムリミットまであと六時間しかないぜ』
「あぁ、急ごう」

Aiに促されて、PlaymakerはLINK VRAINSの中を走り始めた。





『俺はずっとお前を利用してた。でもそれはただ故郷に帰りたかったからなんだ。ただ仲間のもとに帰りたかっただけなんだ』

図らずも、LINK VRAINSでGO鬼塚とブルーエンジェルと合流したPlaymakerは、三人でリボルバーを倒しに向かった。途中、ブルーエンジェルがスペクターに敗れ、GO鬼塚もリボルバーの前に倒れた。最後の一人となったPlaymakerは、リボルバーにデュエルを挑み、一度目のスピードデュエルは前回同様、引き分けに終わった。
その後一度ログアウトし、現実世界でのリボルバーこと鴻上了見と対面し、お互い譲れない立場にあることを認識した後、改めて二人はマスターデュエルで決着をつけることになった。
そしてPlaymakerは初めてリボルバーに挑んだ時同様、苦戦を強いられていた。ダメージを受けて地面に膝をつくPlaymakerに、Aiが必死に呼びかける。

『Playmaker様よ、立ってくれよ! 立ち上がってくれよ! お前にも守るべき仲間がいるだろ!』

(俺の、仲間―――)

遊作の頭に浮かんだのは、いつも一緒にいる草薙と、何だかんだ共闘することになったGO鬼塚、ブルーエンジェル、ゴーストガール、財前晃…自分に関わった多くの人間のこと。そして、LINK VRAINSにくる直前、遊作のことを心配していた、わらしの存在――

Playmakerは自力で立ち上がると、真っ直ぐに目の前の敵を見つめた。

「いいもんなんだろうな…。俺にもまだ…やりたいことは…ある!」

だから、負けられない。最後まで諦めない!

Playmakerの雄姿は画面を通して、わらしにも届いていた。例え音声が届かなくとも、最後まで戦い続けるPlaymakerの姿は、わらしのみならず、大勢の人の心を捉えた。誰もが二人のデュエルの行く末に注目していた。そして…



「ゼロ・エクストラリンクの更なる効果! エクストラリンク状態の対象モンスターがリンク召喚の素材となったとき、召喚されたリンクモンスターにカード効果でアップしていた分の攻撃力を与える!」
「なに!?」
「行け、デコード・トーカー! デコードエンド!!」

Playmakerは再びリボルバーを倒した。

「ウォ―――!」

衝撃でリボルバーが吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
ギリギリの戦いだった。遊作も身を崩しながら、リボルバーの最後を見届ける。

「私の負けだPlaymaker…。私が敗れたことでハノイの塔は止まる。だが覚えておけ…イグニスが人間の脅威である限り、私は自分の運命から逃れるつもりはない!」

そう言い捨てると、リボルバーは強制ログアウトされていった。LINK VRAINSから姿が消える。同時に、二人のデュエルを中継をしていた記者アバターも、ハノイの塔が崩壊する衝撃で強制ログアウトされた。
ようやっとすべてが終わった…
そう思った遊作は、一人残されたLINK VRAINSで膝をつく。

「これで……全部………」
『さすがだぜPlaymaker様! もう素敵! 最高! ……ってめちゃくちゃ喜びたいところだけど、そんなこと言ってる場合じゃなさそう〜!』

もはや力の入らないPlaymakerに向かって、Aiが騒ぎ出す。
リボルバーの言う通り、ハノイの塔は止まったが、同時に、今まで吸い上げられてきたデータが逆流を起こし始めたのだ。大量のデータがLINK VRAINSに流れ込み、あちこちで大規模なデータストームが発生している。とりわけ、ハノイの塔の中心付近にいたPlaymakerの周囲は、あっという間に高密度なデータストームに囲まれた。

『ヤベェ! これじゃいくら俺でもログアウトできねぇぞ!?』
「(今度こそ…俺は終わるのか……)」
『おいPlaymaer!? しっかりしろ! Playmaker!!』

Aiの呼びかけにも答えず、遊作は意識を失いつつあった。

その時。


「遊作くん!!」


倒れこむPlaymakerの体を支えたのは、わらしだった。





わらしの腕の中に倒れこんだPlaymakerは、驚きつつも掠れた声で尋ねた。

『わらしちゃん!?』
「あんた…何で…」

わらしは、キッパリと迷いなく答える。

「言ったでしょ。何かあったら、私が遊作くんのことを助けるって!」
「だが、ここからではもうログアウトはできない。そもそも、あんたはLINK VRAINSのアカウントすら持っていないはず。どうやってここまで…」
「今の私は意識をデータ化してLINK VRAINSに入り込んでいるの」
『意識をデータ化!? それって俺たちイグニスより高度な技術じゃん! 何でわらしちゃんが…』
「征竜と…あとは遊作くんのファイアウォール・ドラゴンのおかげ。ファイアウォール・ドラゴンが力を貸してくれたから、ここまでこれたの」
「俺のファイアウォールが…?」

遊作が問うと、わらしは頷いた。

「詳しく説明してる暇はないから、それは後でね。…データストームはこれからもっと強くなる。その前にログアウトしないと」

そう言うと、わらしは連れていたラーイを見る。

「お願いラーイ…、いえ、テンペスト。あなたの力で風の道を作って!」
『……仕方ないね』

ラーイは小さな羽を広げると、わらしたちの上空へと向かう。そのさなか、小さな体躯が眩い光に包まれたかと思うと、大量のデータストームを取り込んで巨竜へとその姿を変えた。
《嵐征竜−テンペスト》である。
テンペストは力強い羽ばたきで周囲の風をまとめると、一気にそれを放出した。データストームに一縷の隙間が生じる。それを見て、わらしが叫んだ。

「今よ! Aiちゃん、遊作くんをお願いね」
『だけど、わらしちゃんは?』
「私なら大丈夫。テンペストがいてくれるから」
『なら了解だ! いくぞPlaymaker!』
「待ってくれ、あんたは本当に…」
「遊作くん」

わらしのことを気遣う遊作に、わらしが名前を呼んで遮る。
優しい笑顔でただ一言。

「…あとでね」

「待っ…」

最後まで言葉にすることはできず、Playmakerはログアウトしていった。
その様子に安堵するわらし。戻ってきたテンペストは、わらしの前に佇んでいる。

『…この状況は、控えめに言ってもかなり悪い。わかっているな?』
「うん…でも、テンペストなら大丈夫、でしょ?」
『……仕方あるまい』

テンペストは巨大な羽でわらしの体を包むようにすると、再び風を起こす。しかしいくらテンペストとは言え、先ほどよりも強くなったデータストームに穴を開けるのは至難の業である。それも、わらしという意識データを守りながら移動するのは、想像以上に危険だった。
しかしやらなければ、わらしもろともテンペストもデータの塵になってしまう。それだけは避けなければならなかった。強い衝撃が二人を襲う。
テンペストの引き起こす巨大な風の渦に飲み込まれながら、わらしはやがて意識を失った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


時は遡って、Playmaker VS リボルバーの戦いに決着がついた直後。
LINK VRAINSの中継は突如映らなくなった。きっと、中継を送っていた記者のアバターがログアウトされたのだとわらしは思ったが、LINK VRAINSに残された遊作のことが気がかりだった。すぐに彼もログアウトするのだろうと考えるものの、こうも中途半端に映像が打ち切られると心配になるというのが人の性である。
どうか無事でいて欲しい…と願うわらしの横で、ラーイが叫んだ。

『わらし、カードが!』
「え…」

見ると、わらしが使っているデュエルディスクに差し込みっぱなしのデッキトップが光っている。
一体どうしたのだろう、と思いながらそのカードを手に取ると、それはまごうことなき《ファイアウォール・ドラゴン》だった。驚いて、思わず叫びそうになった。

「どうしてファイアウォール・ドラゴンのカードが…!」

言葉を無くしたわらしに代わって、ラーイが光るカードを検分する。

『これは…、ファイアウォール・ドラゴンがわらしに助けを求めているね』
「ファイアウォール・ドラゴンが…私に…?」

精霊と心を交わすことのできるわらしは、今までに何度も精霊の力を借りてきた。しかし、精霊の方からわらしに助けを求められるのは、今回が初めてのことである。

「一体何が…、もしかして、遊作くんに何かあったの!?」

遊作のエースカードであるファイアウォール・ドラゴンがわらしに助けを求めることといえば、遊作のことしか思い浮かばない。しかも遊作は今LINK VRAINSの中で激しい戦いを終えたばかりだ。その後のことは、わらしにもわからない。
わらしはすぐに遊作の元に行こうと思った。
それに待ったをかけたのは、ラーイだ。

『わらし、本当に行くつもり?』
「…ラーイは、止めるの?」
『そりゃ当然だよ』

わらしの表情が曇る。

『昔から言ってるけど、わらしの力は未知数だからね。ネットワーク世界に入った時、わらしの力が周囲にどれだけの影響を及ぼすかはわからない。最悪、わらし自身の意識が戻らないことだってあるよ』
「わかってる。だから私は、ネットワーク世界でのデュエルだって我慢してきた…。でも」

顔を上げてラーイを見据える。

「私は遊作くんを放ってなんかおけない。私はもう、大切な人を失いたくない」

わらしが真剣な顔で言うと、ラーイもやがてそれを受け入れた。

『………わかったよ』
「ありがとう、ラーイ」
『だけど、絶対無茶はさせないからね』
「あら。でも、ラーイには多少なりと無茶してもらわないといけない気がするけど?」
『全く、相変わらずだね…』

わらしの物言いに呆れながらも、ラーイはしぶしぶ納得した。
わらしがデュエルディスクを装着する傍らで、説明をする。

『ファイアウォール・ドラゴンが、わらしの意識をデータ化してLINK VRAINSまで送ってくれる。ボクはボクで、一緒にLINK VRAINSまで行くから、その後のことは心配しなくて良いよ』
「ラーイじゃ、私をLINK VRAINSまで送るのは無理なの?」
『ボクは生粋のドラゴン族だからね。そういうのは、サイバー族であるファイアウォール・ドラゴンの方が得意だから』
「そういうものなんだ」

わらしは納得して、ディスクにラーイとファイアウォール・ドラゴンのカードを通す。実体化したファイアウォール・ドラゴンが、わらしの前でかがむ。わらしは微笑んでファイアウォール・ドラゴンを受け入れた。

「それじゃ、ファイアウォール・ドラゴン。お願いね。私を遊作くんのところに連れていって」

ファイアウォール・ドラゴンが唸り声上げる。と同時に、わらしの意識は瞬く間に電子の海へと流れこんだ。

(待ってて遊作くん…絶対に助けるから)

そうして、わらしの意識はLINK VRAINSへと運ばれたのだった。





暗い海の底に沈んでいくような感覚のまま、わらしは流れに身を任せていた。音もなく、光もなく、ただ自分だけが存在するだけの空間―――
まるで絶望の淵にいるようだと、僅かな意識の中で考えた。

(でも、これできっと遊作くんは助かった…、これで良かったんだよね…?)

例え自分の身が犠牲になったとしても。わらしは、遊作のことを助けたかった。誰よりも無事でいて欲しかった。その結果なら、素直に受け入れられる。
けれど、叶うならば…もう一度だけその姿を見たかった。それはまだ叶うだろうか。ゆっくりと瞼を押し上げる。それは泥のように重かった。そして。わらしの開けた視界の先には、一枚のカードがあった。

(これは…何?)

手を伸ばしかけ。

『…それに触れちゃいけないよ』

唐突に聞こえたラーイの声に、わらしの腕は止まった。

「…ラーイ? どこにいるの?」
『それに触れたら、わらしは大切なものを失ってしまう……、また』
「大切なものを…失う?」

一体何のことだろうと思った矢先、暗闇に包まれていた景色が一変する。
目の前のカードは消え、大仰な門が出現し、わらしはその前に続く一本道に立っている。ラーイの姿は見えない。
不安に駆られたわらしが、辺りを見回しながら周囲に呼びかける。

「ねぇラーイ、どこにいるの? ここはどこ? 私は、LINK VRAINSから現実世界に戻れなかったの?」

どこからかともなくラーイの声が返ってくる。

『ここはわらしの深層心理。それと同時に、ヌメロン・コードにアクセスすることができる唯一のルート』
「?」
『わらしの危機に対する本能が、わらしの意識をここに繋げたんだ』
「ヌメロン・コード…?」

ラーイの口から聞かされる覚えのない単語に、わらしの不安は益々募る。

「ねぇ、ラーイ、本当にどこにいるの? お願い、姿を見せてよ。さっきから一体何を言っているのか、訳が分からないよ…」
『…なら、説明は私がしてあげるわ』

尚もラーイに呼びかけるわらしだったが、代わりに聞こえてきたのは別人の声だった。驚いて振り向けば、いつの間にか門の前には、わらしにそっくりな、しかしどこか異なる女性の姿があった。驚きと若干の恐怖に、わらしは身をこわばらせる。

「あなたは…?」

問えば、女性は薄く微笑んだ。そして、ゆっくりと口を開く。

『私はわらし。あなたが捨てた、大切なもののひとつよ』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


LINK VRAINSから現実世界に戻った遊作は、デンシティから去って行く鴻上了見を無言で見送り、夜の海辺でAiと共にスターダスト・ロードを見つめていた。
ハノイプロジェクトに対する復讐が終わり、Aiを狙うリボルバーとの決着もつき、二人を結び付けるものはもうない。別れの時が近づいていた。

「じゃぁ行くよ。Playmaker…いや遊作」
「あぁ。元気でな」

デュエルディスクのロックが解除され、Aiは自由になった。五年ぶりの故郷へと帰ることができる。と、いざ電子の海に潜ろうとしたAiだったが、最後に伝えたいことがあった。

『そだ遊作』
「どうした?」
『えーと、その……わらしちゃんのことだけどさ』

言いにくそうに、遊作の様子を窺いながらその名前を口にする。Aiが何を言いたいのかわかって、遊作は珍しく笑った。

「わかってる。お前が行った後、ちゃんと話をつけてくる」
『わー…珍しく素直だ』
「もう何も躊躇う必要はないからな」

はっきり言い切ると、Aiも俄然とやる気が出てきたようで、さらに遊作を鼓舞するように焚き付けた。

『そうだぜ! あんなに良い子、他にいないんだからな。絶対ぜーったいちゃんと捕まえておくんだぞ! 俺がいなくなっても、わらしちゃんがいれば遊作も寂しくないだろうし。…まぁ良い子すぎて、遊作にはちょっと勿体ない気がするけど』
「言ったな」

Aiの最後の皮肉に、眉を寄せつつも笑って流す。
やがてAiは遊作のディスクから消え、スターダスト・ロードの前には遊作一人になった。送って行こうかという草薙の申し出を断り、一人夜のデンシティを歩く。頭の中は、わらしのことで一杯だった。

(こんな風に、誰かを想うのは初めてだ…、早くあんたに会いたい)

遊作の足は、自然とわらしの家へと向かっていた。
晴れやかな気持ちでいる遊作とは対照的に、わらしが今この時、誰も知らない場所で一人、修羅場を体験しているとは思いもせずに…。

わらしの家の前に着いた時、外から室内の明かりは見えなかった。もしかして不在なのかと思った時、中から鍵の開く音がして、ドアが自動的に開いた。出てきたのはラーイだった。

「お前は…」
『待ってたよ、藤木遊作。入って』
「何故お前が実体化して…、何かあったのか?」

わらしではなくラーイの登場に、嫌な予感が走る。慌てて中に入れば、照明もついていないリビングのソファにもたれかかるようにして、わらしは座っていた。その姿を認めてすぐに安堵するが、わらしは遊作が入ってきたことにも気付いていない。おかしいと思いながら近づけば、わらしの瞳は閉じられたままだった。
遊作が呟いた。

「どういうことだ…。LINK VRAINSから戻ってきてないのか?」
『LINK VRAINSでのことは心配いらない。ちゃんと脱出できたよ。ただ…あれがきっかけで、ちょっと困ったことになっててね。わらしは今深い意識の底にいる』
「…、意識はいつ戻るんだ?」
『さぁ。わらし次第ってところかな』
「そんな…」

ラーイの言葉に遊作は膝から崩れ落ちた。自分を助けたせいでわらしの意識が戻らない。遊作の中に自責の念が生まれ、どうしようもない後悔の波が押し寄せる。夢なら覚めて欲しいと願う遊作を見て、ラーイが慰めの言葉を贈る。

『わらしは後悔してないよ。遊作が気に病む必要はない』
「だが…、俺のせいでこの人は……」
『それもわらしの選んだ道だ』
「…お前は、何故そんなに冷静でいられるんだ? 精霊は所有者のことを大切に思っているんじゃなかったのか!?」

あまりにも淡泊なラーイの態度に違和感を感じたのか、遊作が問い詰める口調でラーイを見据える。ラーイはちょっと困った表情を作って、人間が肩透かしくらったような所作を取った。

『わらしのことは大切だよ。…でもね、さっき言った通り、今のわらしはちょっと困ったことになってるんだ。正直、わらしの意識がどうなろうか知ったこっちゃないくらい、困ったことがね』
「!」
『だから、遊作が考えている以上のことを心配しているんだ。…ボクたち征竜は』
「お前たち…征竜が?」

言葉の意味を図りかねて、遊作は怪訝な顔をする。ラーイはわざとらしく溜息を吐いてみせて言った。

『わらしは今、選択を迫られている』






「あなたが…私の大切なもの?」

自分そっくりの人物に言われて、わらしは戸惑う。

「大切なものって言っても……あなたはどう見ても私だし…」
『正確には、あなたが切り捨てたあなたの一部。あなたの…記憶よ』
「私の記憶…」

“わらし”の言う意味を理解できずに、わらしはただ言葉を繰り返した。
“わらし”はわらしから視線をそらすと、横を見る。何をする気だろうと思った時には、今度は新たな人物がそこに現れた。その姿は、どこをどう見ても遊作で――やはり細部は“わらし”同様、どこか違う気がしたが――わらしは驚いて口を手で覆った。

「遊作くん……何で……」
『彼は私の記憶の中の“遊作”。あなたの知っている遊作とは、ちょっと違うわ』
「いや…意味がわからない、なんで、なんで…」
『毎度のことながら、あなたは良く取り乱すわよね。…ほんと、面倒なんだから』
「え…?」

わらしが狼狽するのもお構いなしに、“わらし”は“遊作”に触れながら語った。

『藤木遊作と屋敷わらし。この二人の絆はとても深く、切っても切れない縁で結ばれている。魂の共同体。どの次元、どの時代においても私たちは出会い、惹かれ合う。それが運命。でも…』

“わらし”は目を瞑る。

『どの次元、どの時代においても私たちは決して結ばれることはなかった。時には敵同士、時には血の繋がった兄妹、時には仮初の許嫁として…私たちは出会った。そうしたあらゆる状況下で、遊作は私を庇って死んで行った。いつもいつも、私だけが残された』
「…待っ…うぅ、」

“わらし”の語りに、わらしは頭を押さえてしゃがみこむ。
何故か酷い頭痛がする。“わらし”の言葉が頭の中で繰り返され、それを知ってはいけない気がした。それでも“わらし”の話は止まらない。

『…私は彼を失う痛みに耐えきれなかった。幾度も、幾千回も目の前で彼を失う悲しみは、どんな苦痛よりも耐えがたい。私はただ、絶望するしかなかった』

“遊作”の肩に顔を擦り寄せ、愛おしそうに抱きしめる。“遊作”は“わらし”が触れたところで全く動かない。ただそこにあるだけのように見えた。
わらしは、痛む頭を押さえながら「どうしてそんなことが…、」と呟いた。“わらし”が自嘲するように苦笑した。

『…何度このやり取りを繰り返したかしら』
「え…?」
『この説明は飽きるほどしたけど。忘れんぼのあなたに、もう一度教えてあげる。
 ―――こうなった理由なんて、私も知らない』





(―――そう、そうだった)

ガンガンと頭を締め付ける痛みが急激に無くなった時、わらしは全てを悟った。

(私は知っている。何度も繰り返している出会いを。その度に抱く愛情を。そして…彼を失う痛みを)

何もかも、全部思い出した。





「私は何度もここまで来て…そして戻る度に忘れてしまっていた」

わらしが呟くと、“わらし”は薄い微笑みを浮かべた。

『そうよ。そしてその度に私が説明した。…だったらこれも思い出した?』
「私が…何故、デュエルにおいて不思議な力を持っているのか」

一拍置いて、わらしは前を向く。

「それは…それこそが私が望んだ力だったから」

苦し気に、けれどはっきりと言い切ったわらしを見て、“わらし”は黙って頷いていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「教えてくれ…選択とは何だ?」

遊作がラーイに問いかける。ラーイは少し迷ったが、やがて語り始めた。

『…わらしにしかできない選択。わらしが望めば、新たな力が手に入る。ただし、代償としてとても大切なものを失う』
「新たな力? それはどういう…」
『大いなる宇宙の意思と、わらしの運命ってところかな。…これ以上はボクには言えない。ボク達征竜は、わらしを見守ると同時に、わらしの力が暴走しないように監視している存在でもあるんだ』
「監視だと…?」
『わらしの力はわらしによって制御できる代物じゃないからね。それが暴走しないよう、悪用されないよう、守りながら正しい方向へと導く。それがボクたちの役目さ』

もっとも、わらし自身はそのことを知らないけどね、と付け加えて。ラーイは遊作の前で泳いでみせた。

「お前たちは、ずっとそうやってわらしのことを見守ってきたのか…」
『そうだよ。もちろん、カードの精霊として所有者であるわらしへの愛着はある。でもそれ以上に、ボクたちは力の暴走からわらしを守り続けてきた。…だから本当は、君のファイアウォール・ドラゴンがわらしに助けを求めてきた時、ボクは止めたんだ。何が起こるかわからないからって』
「…………」
『でもわらしは君を助けに行った。君を放っておくことはできないと言って。おかげで君は助かったけど、今度はわらしが選択を迫られることになった』
「……もし、わらしが新しい力を望んだらどうなるんだ?」

遊作の質問に、ラーイは数秒考えてから答えた。

『…きっと、宇宙は書き換えられる。今のわらしの存在は全てなかったことになって』
「! そんなまさか…」
『さてね。宇宙の書き換えなんて、書き換えられた方には認識できないんだから、どうなるかなんて、ボクにも本当のところはわかるはずがないよ』

そう、ラーイはあっさりと言い切った。
遊作は再び項垂れて、わらしの前に崩れ落ちる。わらしは確かに目の前にいるが、その瞳は固く閉ざされ、遊作の姿を映すことはない。まるで眠っているかのように、静かな呼吸音だけが聞こえる。
こんなにも近くにいるのに。意識だけが、遠くに行ってしまっている。どうしようもなく苦しくて悲しい気持ちが、遊作の心を支配した。

(…あんたは、あの時、後でねって言ったんだ。後でって…、なのに)

LINK VRAINSで別れる前、わらしが微笑んでいたことを思い出す。あの時は確かに、わらしはそう言った。遊作を安心させる為だったかもしれないが、それでも交わした約束は有効だと遊作は思っている。そう思っていたかった。

(なぁ、約束しただろ…。どうしてあんたはいつも無茶ばっかりするんだ。だからライトニングにもエドにも怒られるんだろう。大事な時に人に頼らないのは、あんたの悪い癖だ)

そっと、わらしの手に触れる。温かな手からは、わらしが生きていることを感じさせてくれるが、反応が返ってくることはない。
遊作はわらしの小さな手を握り締めて、強く祈った。

(お願いだ、目覚めてくれ…わらし。俺はあんたを失いたくない)

ただただ、そう願った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「私は…遊作がいつも自分を犠牲にして消えてしまうのがつらかった。残されるのが悲しかった。力のない自分が悔しかった…」
『だから力を求めた』
「代償に、大切な記憶を…、自分と遊作の記憶を失って」
『でも、そのおかげで今回は救うことができた。まだ、この先に二人を阻む脅威が現れるかもしれないけれど』
「その為に私は、新しい力を手に入れることができる」
『それがヌメロン・コードの力』

宇宙は一枚のカードから始まった。それこそがヌメロン・コードであり、あらゆる世界の運命を全て決める力を持っている。そこには世界の過去と未来全てが記されている。それに触れるということは、世界を書き換えるということである。
わらしは、ヌメロン・コードへのアクセス権を所有していた。どうして自分がヌメロン・コードへ繋げられるのか、いつからそうできるのか、何も知らないまま。そう、どうしてこうなったのかは、誰にもわからないのだ。

『…あなたはどうする? 今の遊作の記憶を全て失ってでも、新しい力を手に入れたい?』

“わらし”が問う。

「私は…」
『この先、何度新たな脅威が襲ってこないとは言い切れない。その時、今のあなたが持っている力で対抗しきれるかしら?』
「それは…わからない」

何故なら、今までに何度も運命に裏切られてきたから。つらい記憶も全て覚えている。わらしがこうしてヌメロン・コードを前に、新たな選択を迫られているのはその証に他ならない。今までの“わらし”は、誰一人として幸せな結末を迎えられてはいないのだ。

『なら尚更…今を諦めて、次に賭けるのも手だわ』
「次に…」
『えぇ。今の記憶を失うことで、新たな力を手に入れられる。次は、今よりは確実に遊作を守ることができるはずよ。それだけの力を手に入れるんだから』
「………」

“わらし”の言葉を聞いて、わらしはその方が堅実かもしれないと思った。
現実世界では望みもしなかった力のせいで、色々とつらいことがあった。実の家族からも見放され、力を恨んだこともあった。でも、全ては遊作を守る為に手に入れた力だと思うと、自分がどんなに苦しんだとしても、今はこの力を失いたくはない。新たな力を手に入れられるなら、なおさら。

「私は……」

決断しようとした時。ふと、心に宿る温もりを感じた。何故だかとても安心するような。誰かがわらしの名を呼んでいる。
わらしは、忘れていた何かを取り戻した。自然と心の底から笑みが溢れる。

「…そうだね、次に賭ける方が賢明かもしれない。ずっと、今までそうしてきたように。でも」

きゅ、と温もりを感じる手を胸の前で抱きしめる。わらしは決意した。

「私は今をとるよ。もしかしたらこの先、また同じ運命を繰り返すかもしれない。平穏な時間は、私が思っているよりずっと短いかもしれない。それでも、今この時間を手放したら後悔する。……今度こそ私は、守ってみせる」

本心からの言葉だった。

『……同じね。私が下した決断と』

“わらし”は少しだけ寂しそうに微笑んだ。そして今度は慈しむように続けた。

『だったら、早く戻ってあげなさい。“彼”がずっと待ってるわ』
「うん」

返事をすると、わらしの体はゆっくりと浮上し始めた。暗い闇の底から、遊作の待つ世界へと意識が繋がっていく。わらしが必要としない限り、ヌメロン・コードへのルートが再び出現することはない。
壊れ行く世界を見下ろしながら、わらしは叫んだ。

「……ねぇ!」
『?』
「ありがとう、私に力をくれて」

精一杯のお礼だった。

「私、ずっとこの力の意味をわかっていなかった。でも、あなたが私の為に授けてくれたってわかったら、きっとうまく使えると思う」
『…大袈裟ね。目を覚ましたら、また忘れてしまうのよ』
「それでもきっと、覚えてる! 大切なものを守るための力だってことを…!」

わらしは叫んだ。けれど“わらし”は微笑むばかりで、それ以上答えることはなかった。ただ、新しい自分の幸せを願って、送り出したのだ。
そうして、わらしの意識はゆるやかに現実世界へと戻ってきた。

震える瞼を押し上げると、そこは現実世界の自分の家だった。LINK VRAINSに入る前と変わらぬリビングで、ソファに座っている。ふと、意識を腕に持っていけば、足元に跪く遊作の姿があり、その手は握られていた。
未だ少しぼんやりする頭で、わらしは遊作の無事を確認した。

「…遊作くん、無事だったんだね…」

良かった、と呟く。
その瞬間。遊作が顔を上げたかと思うと、意識のあるわらしの姿を認めて、抱きしめた。突然のことに驚きつつ、わらしはそれを受け入れる。

「ゆ、遊作くん…?」
「…それはこっちの台詞だ。どれだけ心配したと…っ」
「あれ? そうだったの? でも別に、LINK VRAINSに行って戻ってくるだけだったし……、あれ、もうこんな時間?」

外が暗いことで、予想以上に意識が無かったということに、今になって気付く。意識データがうまく移行できなかったのかな? と首を傾げるわらしには、先ほどまでの記憶はない。ヌメロン・コードのことも。過去の自分との対話も。何ひとつ、覚えていなかった。
ただ、中々現実世界に戻ってこられないわらしを、遊作が酷く心配してくれたのだとだけ思っていた。
ラーイがそっと姿を消す。わらしは遊作の腕の中で、とても満ち足りた気持ちでいた。

「どうしてだろう…私いま、遊作くんに会えて安心してる。…あのね、私、」
「わらし」

遊作に自分の想いを告げようとした時、遊作がそれを遮った。

「聞いて欲しいことがある」
「?」
「俺は子供の頃、ロスト事件と呼ばれる誘拐事件に巻き込まれた」
「!」

突然の告白に、わらしは言葉を失う。黙って遊作の言葉に耳を傾けた。

「幸い半年後に救助されたが、俺はそのせいで自分を見失い、その時から俺の人生は途切れたままだった。事件の後何年も心の治療を受け、俺自身も事件のことを忘れようとした。だが、何年経とうとも忘れることができず、あの忌まわしい記憶は消し去ることができなかった。俺は、俺をそんな風にした事件の首謀者たちに復讐することを誓った。そうすることでしか、前に進むことができなかったからだ」
「遊作くん…」

遊作の過去にそんなことがあったとは。だから遊作はずっと、人と関わり合うことを避けていたのだ。わらしは遊作の心情を理解すると、心が苦しくなった。
尚も遊作の話は続く。

「…ずっと、空っぽだった。人生が途切れた俺には、誰かと語らう未来も、かけがえのない時間もなかった…」
「そうだったんだね…」
「だが、今日その復讐をやり遂げ、これでようやく前に進めると思った時……頭に浮かんだのは、何故かあんたの顔だった」
「私の…?」
「あぁ。全部終わったら、あんたに会いに行こう、その時はそう思ったんだ。だけど俺が会いに行くよりも早くあんたがLINK VRAINSに現れて…」
「あ、あの時は遊作くんが危ないって思ったから。ファイアウォール・ドラゴンに呼ばれて、それで…」
「あぁ」
「…遊作くん?」

きゅっとわらしを抱きしめたまま、しばし無言になる。やがて照れ臭そうな声がわらしの頭上から聞こえてきた。

「…まいったな、言葉が出てこない」
「?」
「俺はそれで…あんたに会って、あんたが必死に俺を助けようとしているところを見て…、この先、俺の未来にいて欲しいのは、あんた…いや、」

遊作は少し体を離し、わらしを見る。


「わらしだと思ったんだ」
「――――、」


エメラルドグリーンの瞳に見つめられて。わらしは、心の底から湧きあがってくるものを感じた。愛おしさ。切なさ。ありとあらゆる感情がわらしを支配する。
世界の全てが輝いているように感じられた。


「わ、私も遊作くんの未来にいたい……ずっと、」


思わず涙をこぼしながら応えた。
そんなわらしの涙を指でぬぐいながら、遊作も優しい表情を浮かべる。どこか恥ずかしそうにしているのは、きっと幸せの表れで。ずっとこの瞬間が続けば良いと願う。
こつん、と二人の額を合わせながら、遊作は至近距離で囁いた。

「…デュエル部でのこと、覚えてるか?」
「え、うん…」

あの日のことを思い出し、わらしは頬を赤らめる。

「あの時はお互い不意打ちみたいなものだったが、今は同意があると思っていいか?」
「…、えっと…」

遊作が言わんとしていることがわかり、わらしは恥ずかしそうに目をそらした。数瞬迷って、それでも小さく頷いたのを見て、遊作が顔を近づける。互いに目を閉じて、ゆっくりと唇が重なりあった。


二人の距離が元に戻った後、遊作は再びわらしを抱きしめた。

「わらし、好きだ」

わらしは遊作の腕の中で何度も頷き、幸せをかみしめる。



この先、二人の間に困難がないとは言い切れない。もしかしたら今日みたいなこともまたあるかもしれない。けれど、もう一人ではない。
遊作はわらしと共に歩む時間を望んだし、わらしも遊作を選んだ。互いが互いを想い、支え合っていく。二人だから、きっと大丈夫。

わらしと遊作の時間は、ここから始まっていくのだ。

>>epilogue

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