翌日。わらしは朝から気が気でなかった。
二日連続で遊作に対して失態を犯した上、そのどちらも弁解できていない。特に昨日のは、わらしの秘密にも直結する大失態である。謝罪して済む問題でなくなった以上、わらしに取れる方法はない。目下のところ、遊作との接触を避けるくらいしか道はないのだ。自然と表情も沈みがちになる。
そんな風にして気持ちがどこかに行ってしまっているわらしを見て、ももえとジュンコは首を傾げる。

「帰り際はあれだけ威勢が良かったのに」
「これでは昨日と変わりませんわ。一体どうしたのでしょう。うまくいかなかったのでしょうか」
「うまくって、何が?」
「さぁ。そこまではわたくしにもわかりませんけど」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


見られてるよ、とラーイが言ったのは、午後の移動教室の時だった。
わらしはえ、と間抜けな声を出して振り向く。廊下の先に、少し隠れるようにして遊作がいた。わらしと目が合ってもそらす様子はなく、慌てて前を向いて離れる。

「な、なんで…」
『朝からずっとだよ。どうやらあっちは昨日のことを放っては置けないみたいだね』
「そんな…」

小声でラーイと話す。
確かに、Playmakerの正体が藤木遊作という事実は、世間に対して極秘中の極秘、トップシークレットだろう。誰もがその正体を知りたがっている。
しかしそんな情報をあえて口外する気は、わらしにはない。

「誰にも言う気はないのに…」
『相手はそうは思ってないんだろうね』

わらしは自分の秘密の為にも、絶対に捕まる訳にはいかない。
幸いにも、遊作は人目のあるところでわらしに接触する気はないようだ。ももえとジュンコと行動を共にしていれば、きっと大丈夫だろう。そう思うと、ファンクラブ警戒の為に二人が常に傍にいてくれたのは、まさに渡りに船だった。

(お願いだから、諦めてくれないかな…)

遊作の視線をひしひしと感じながら、わらしは天にも祈る気持ちで願った。

そうして迎えた放課後。帰路の途中でももえとジュンコと別れたわらしは、今後のことを考えながら歩いていた。
遊作に何と言うべきか。誤魔化しは通用しないだろう。このまま逃げ続けるのも難しい。だからと言って、彼に何かをしようという気にはなれない…。堂々巡りする思考の渦の中にいるようだ。
そして、そのせいで気付くのに遅れた。自分のことを追っているのは、何も遊作だけではなかったことに。


『わらし危ない!!』
「え…、!?」

ラーイの声が耳に届いた直後、激しい衝撃がわらしを襲った。強い力で体が吹き飛ばされる。

「っ、あっ…!!」
『わらし!』

体が地面を転がる。一瞬の痛みの後、わらしは自分が地面に這いつくばっていることに気付いた。一体何が起きたのか。痛みと混乱で呼吸が上手くできない。
何とか開いた視界の先に、近づいてくる人影を捉えた。それは…

「久しぶりだな、屋敷わらし。私のことを覚えているか?」
「その声…まさか……」
「ククク、覚えてもらえてて光栄だ。そう、私だよ」

わらしの前に立ちはだかったのは、過去に何度もわらしの前に現れた男―――
アルカディアムーブメントの総帥にしてサイコデュエリストの、ディヴァインだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


放課後、遊作は一人でデンシティの住宅街を歩いていた。
朝から一日中わらしを付け回していたが、生憎二人きりで話しかけるチャンスがなかった。わらしの方は遊作に気付いていたから、あえてそうしたのは明白である。
だったらと、遊作は自宅付近で待ち伏せする為に、こうして彼女の家の周辺にまでやってきた。しかし。

『なぁ遊作、こういうのってもしかして、‘ストーカー’って言うんじゃ…』
「黙っていろ」

何やら危ない空気を感じ取ったAiの声をピシャリと一括。自分でもちょっと怪しいと思ったが、見かけはただの学生が住宅街を歩いているだけなので、むしろ堂々とわらしの姿を探すことに。先を越されないように学校を出たので、わらしはまだ帰宅していないはずである。

『(うーん、これ匿名で通報しちゃった方が良いのかなぁ…でも遊作が捕まったら俺も一緒に捕まっちゃうし? そんなことになったらSOLテクノロジーかハノイか、絶対そのどっちかに渡されちゃう! よし、決めた! 俺は遊作の味方をする!)』

Aiがたった今遊作を天秤にかけていたことを露も知らず、遊作は辺りを見回しながら歩く。閑静な住宅街は人っ子一人見かけず、寂しいものだ。わらしはここで一人暮らしをしているという。
歩きながら、遊作は昨夜の草薙の話を思い出していた。

「屋敷わらし。デンシティ・ハイスクールに通う二年生。現在一人暮らし。ひと月前までは、舞網シティにいたようだな。転居してくる前、入院履歴がある」
「入院履歴?」
「詳しい理由はわからないが、どうも大怪我を負ったらしい。入院期間は一カ月程だ」
「そんな風には見えなかったが…」
「幸い完治してるんだろう。遊作の話だと、体育の授業も普通に出てるみたいだし」
「そうだな」

遊作は納得して頷いた。

「それで、彼女のことを調べてみて分かったんだが…どういう訳か、彼女は六歳の時から両親と一緒に暮らしていない。世話は後見人が見ている」
「後見人?」
「あぁ。血縁上では従兄弟にあたる男で、エド・フェニックスという」
「エド・フェニックス。……待て、エド・フェニックスだと?」

遊作は驚いてその名を呟いた。草薙が意味深に頷く。

「そうだ。彼女の後見人は、プロデュエリストとして有名な、あのエド・フェニックスだ」
「まさか…」
「こんな身近に有名人に繋がる人間がいるなんて、俺も驚いた。彼女は中学を出てからエドの元を離れて暮らしているが、年に数回はパーティー会場でエスコートされているところを撮られている。仲は悪くないようだな」

モニターに映し出された写真には、わらしとエドが仲良く談笑している姿があった。

「まぁ、後見人がプロデュエリストとはいえ、彼女自身のデュエルに関するデータは皆無だ。LINK VRAINSのアカウントを作った履歴はなく、公式大会に出場した記録もない。LINK VRAINSでのデュエルを観たのも今日が初めてだと言っていたから、デュエルをしないというのは本当だろうな」
「…だが屋敷わらしは俺の正体を知っていた。デュエルに関わりを持たず、LINK VRAINSにも興味ない人間が、一体どうやってそのことを知ったんだ」
「…現時点で言えることは何もない。それこそ、本人に聞いてみるしかない」
「素直に口を割ると思うか?」
「それは、こちらの出方次第だな」





わらしの家まであと少しというところで、突如住宅街には相応しくない爆発音が聞こえた。遊作もAiも驚いて警戒する。

「今の音は一体何だ…!?」
『すぐ近くみたいだ!』
「行ってみよう!」

遊作は音が聞こえた方へ走り出す。その時、細い路地からわらしが飛び出してきた。遊作にぶつかって、転びそうになる。

「ごめんなさ…遊作くん!? 何でここに…!」

わらしは驚愕の表情を浮かべるが、すぐに思い直して叫ぶ。

「って、そんな場合じゃない! 早く逃げて!」
「逃げる…?」
「早く!」

「私がお前を逃がすとでも思っているのか、わらし」

遊作が事態を把握するよりも早く、奥からデュエルディスクを装備した男が現れた。手にはデュエルモンスターズのカード。

「ディヴァイン…」

わらしが恨めしそうに男の名前を呟く。

「待って、彼は一般人よ! 手出ししないで!」

遊作を庇うようにして叫んだ。

「相変わらず甘いな。力のない者がどうなろうと、私には知ったことではない! ファイアー・ボール!」

ディヴァインはカードをデュエルディスクに叩きつけた。同時に火の球が出現し、二人のいる場所に向かって放たれる。

「! これは…!」
「避けて! っ、」

わらしが叫んで、遊作を守ろうとする。しかし、最初に攻撃を受けた時既に足を痛めていたわらしは、遊作の体を押すのが精一杯だった。逃げ遅れるわらし。それに気付いた遊作が、咄嗟にわらしを庇った。再び爆音が鳴り響く。

「っうわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「―――っ!!」

二人して、重なり合うようにして地面に倒れこむ。

『わらし!』
『遊作!!』

ラーイとAiがそれぞれの主を心配して声を上げた。

「っ、うぅ……」

遊作の腕の中でわらしが身じろぐ。

「遊作くん…何で……」
「、大丈夫、か…」
「私は、ヘーキ。でも、遊作くんが…」
「問題ない…。だが、今のは一体…」

互いの体を支え合うようにして二人は身を起こす。わらしを庇った遊作はわらし以上に怪我をしていた。

「チッ、雑魚のくせに邪魔してくれたな。忌々しい…! ならばサイコデュエリストたるこの私の力を存分に思い知るが良い!!」

ディヴァインが苛ついたように叫んだ。

「サイコデュエリストだと…!?」

遊作が顔色を変える。Aiがディスクの中で一人慌てふためいた。

『え、なになに? サイコデュエリストって一体何だよ!』
「カードを実体化させる能力を持つデュエリストのことだ。ネット上の都市伝説だと思っていたが、まさか実在するとは…」
『えぇ!? なにそのトンデモ能力!』
「都市伝説などではない! 我々は実在する。そしてそれは、この場においては私だけではない」
「何だと? そいつは一体どこに…」
「ハハハ、すぐ傍にいるじゃないか」

ディヴァインは馬鹿にした様に笑う。そして、遊作を支えているわらしを指さして言った。

「キサマの横にいるわらし、その女こそが我々の仲間であるサイコデュエリストだ!」

「!?」
『ええー!?』

ディヴァインの発言に、わらしは俯いた。

『まさかわらしちゃんがサイコデュエリスト…? ううう嘘だろ!?』

Aiと遊作がわらしを見る。わらしは何も喋らない。

「フッ、やっぱり隠していたのか。当然だな。我々サイコデュエリストは他のデュエリストにとって恐怖の対象でしかない。簡単に口に出せるようなことではない。だからこそ私はサイコデュエリストを募り、アルカディアムーブメントを作り出した。サイコデュエリストによる、サイコデュエリストの為の組織を…。そしてわらし、サイコデュエリストであるお前もまた、その一員だ」

ディヴァインは語った。

「違う…私はあんたたちの仲間じゃない…」

けれどわらしは否定する。

「違わないさ。サイコデュエリストである以上、わらし、お前は我々の仲間だ」
「いいえ…。…確かに私はサイコデュエリストだけど、だからと言ってアルカディアムーブメントには入らない」

わらしは顔を上げた。

「ディヴァイン、あなたはアルカディアムーブメントを作って、世間から拒絶されているサイコデュエリストの保護に乗り出したけど、それはほんの一部のサイコデュエリストだけ。力の弱いサイコデュエリストには洗脳を施し、自分の思い通りに動く兵士にしているのを私は知っている。ましてや、サイコパワーを使って世界を牛耳ろうだなんて…。私にはその考えに賛同できない。
 私は、この力で誰かを傷つけたくなんかない。誰も、」

『わらし…』

「フン、強情だな」

ディヴァインは面白くなさそうに吐き捨てた。

「ならば力づくで連れて行くだけだ。元々その予定だったが、前回よりは酷い怪我になることを覚悟するんだな」
「怪我だと…?」
「おっと、知らないのなら教えてやろう。一カ月前、そこの女は私が不在中の組織に乗り込んで、散々好き勝手をしてくれたのだ。おかげで組織は壊滅。再興しようにも、洗脳を施した部下の記憶は消え、組織にあった情報もすべて抹消されていた。すべて一からやり直しだ」
「そんなことが…」

遊作は驚いた表情でわらしを見る。

「だが、私とて何の対策もしていなかった訳ではない。私の仕掛けた罠で、随分と怪我を負ったそうじゃないか? 救助されるまで丸二日が掛かったと聞いている」
「…おかげで様で、その後は一カ月の入院生活が待っていたわ」

ディヴァイの言葉に、わらしも皮肉って返す。二人はにらみ合ったまま、互いを見つめた。

「話は終わりだ。お前には私の操り人形になってもらう」

ディヴァインは再びディスクを構えると、カードを取りだす。わらしは何とか対抗しようとするが、最初の攻撃で鞄の中に忍ばせていたディスクは壊れている。ディヴァインもそれを知っているから、余裕の表情でわらしを見下ろしていたのだ。

「無駄だ。デュエルディスクを持たないサイコデュエリストなんて、何の脅威でもない。それはお前自身が証明したことだ」

春、アルカディアムーブメントに乗り込んだわらしは、デュエルで相手を傷付けることを恐れ、デュエルディスクの破壊という手段を取った。この男はそのことを言っている。
自分だけなら、どんなに酷い怪我を負わされても殺されることはない。しかし傍には遊作がいる。これ以上遊作に怪我を負わせる訳にはいかないが、どうしたら良いのか―――
わらしが苦悩していると、

「デュエルディスクなら、ここにある…」
「!」

遊作がディスクを装着した腕を持ち上げる。

「必要なら、あんたがこれを使え。あいつを倒すには、普通のデュエルじゃダメなんだろう?」
「何…!?」

ディヴァインが険しい表情を浮かべる。一方、Aiは悲痛な叫びを上げた。

『ちょ、遊作ぅ!? 俺のこと貸しちゃうの!??』
「緊急事態だ。仕方ない」
「遊作くん…」
「早くしろ」

わらしが、信じられないといった顔で遊作の顔を見る。しかし遊作の目は真剣だった。ディスクを押し付けられて、茫然とする。

「何で…こんなこと…」
「言っただろう。緊急事態だと。そうする他に、俺たちが生き残れる方法はなさそうだ」
「でも、私は……」

『わらし』

尚も躊躇うわらしに、ラーイが声を掛けた。

『あんな奴だって、傷付けたくない気持ちはわかるよ。でも、もう時間がない。今遊作を守れるのは、わらしだけだよ』
「ラーイ…」

その言葉に―――わらしの気持ちは固まった。


無言でディスクを装着する。セットされているデッキは確認しない。

『っおい、デッキは自分のをセットしねーと! これダミー用の弱小デッキだぞ!?』

Aiが騒ぐ。しかしわらしは首を振った。

「問題ないわ」
『そんな訳あるかー!』
「ディヴァイン! 私とデュエルよ。これ以上あなたの思い通りになんかさせない…!」

Aiの言葉を無視して前を向く。

「チッ、ディスクを手に入れたか…。だが構わん、それなら完膚なきまで叩き潰してやるまでだ!」

ディヴァインも改めてデッキをセットし、構える。その状況の中で、わらしは考えていた。

(デュエルをすると決めたけど…長引かせる訳にはいかない。早く遊作くんを手当てしないと)

Aiが相変わらず騒いでいるが、既に耳に届いていない。
デュエルディスクの自動シャッフルが終わり、いつでもカードを引ける状況になった。わらしはいつもより真剣な表情でデッキを見つめる。

(お願い、カードたち。私の気持ちに応えて…)

デッキに手を添え、最初の五枚をドローする。
あぁもうダメだ…と項垂れた声を出したAiとは対照的に、引いたカードを確認したわらしは一瞬驚いた表情になり、その後くしゃりとした笑顔を浮かべた。

「…ありがとう、カードたち」

そう呟いたのは、本心からだった。

「フッ、どうやらマシな手札を引いたようだな。だがお前ではこの私に勝つことはできない!」
「いいえ、決着はもう着いているわ」
「何?」
「デュエル開始の宣言が、あなたの敗北の瞬間よ」
「戯言を…」
「戯言かどうか、その目で確かめると良いわ。…私は先攻・後攻どちらでも構わない。そこに意味があるのなら」

わらしは落ち着いた声で言い切った。

「大した自信だな…では遠慮なく私が先攻をもらおう」

ディヴァインは不敵な表情を浮かべ、わらしを見つめる。そして次の瞬間、デュエルの口火が切られる。

「「デュエル!」」

二人の声が重なった。

「フン! 大口を叩いていられるのも今のうちだ! 私は手札から…」

カードをプレイしようとするディヴァインの声を遮って、わらしが声を上げた。

「私の手札には、《封印されしエクゾディア》《封印されしものの右腕》《封印されしものの左腕》《封印されしものの右足》《封印されしものの左足》五枚のカードが揃っている!
 よってこのデュエル、私の勝ちよ!」

ディヴァインに向かって、手札を公開する。

「な…! 何だと!?」
「エクゾディア!?」
『しかも初手って……嘘だろ!? エクゾディアパーツ五枚を初手で引き当てる確率なんて、1/658008だぞ!』

三者が信じられない、と騒ぎ出す。ディヴァインは激しく抗議した。

「こんな…、認めない! 私は認めないぞ! こんなのはイカサマだ!!」
「そうだね、イカサマだよ」
「なっ…!?」

意外にもわらしはあっさり認めた。

「でも、あなたにこのイカサマは絶対に見抜けない。何故なら、これこそが私がデュエルから遠ざかっていた大きな理由の一つだから。……サイコデュエリストだって、デュエルディスクを用いなければ、普通のデュエルをすることができるのは知ってるよね。だけど私はデュエルそのものから遠ざかっていた。そうする必要があったから…」
「まさか…お前はサイコデュエリスト以上の力を…!?」

わらしは目を閉じ、苦笑する。そして次の瞬間には、強い眼差しをディヴァインにぶつけた。

「さぁ、報いは受けてもらうよ」

ディスクを通じてエクゾディアが実体化される。巨大なモンスターがわらしの頭上に現れ、ディヴァインを見据える。ディヴァインは恐怖のあまり、硬直している。

「ま、待て…待ってくれ…!」
『グォオォォォオォォオ....』


怒りの業火 エクゾード・フレイム!!


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


エクゾディアの炎に焼かれて、ディヴァインの体は吹き飛んだ。

>>7

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