くのいち教室で、当たり障りのない生活が始まって三日。私は、途方に暮れていた。
何故かというと、忍術学園にいるという夫の想い人が誰かわからず、検討もつかないのだ。

忍術学園の生徒は、それはそれは多い。私が予想していたよりも多くの生徒がいて、夫の想い人がここにいることは間違いないのだけれど、目星がつかない。夫から聞いた僅かな情報を照らし出したのだが、それに合うくのたまが見つからなかったのだ。
夫が言うには、相手は医療に長けている。それなら、と最初に思い浮かんだのが保険医と保健委員、またはそれに準ずる者。だけど、保険医は男で、保健委員も皆忍たまから構成されていた。
次に、忍として向いていないという夫の言葉だったけど……そもそも向いてないのなら、とっくに辞めている。今学園に残っているくのたまは、みな一人前のくのいちを目指し、鍛錬を積んでいる子たちばっかりだ。つまり、くのたまの上級生に成績の悪い生徒はいない。

となると、完全に手詰まりか。あとは、地道に聞き込みなどをして、探していくしかないな…と、そんな事を考えながら、忍たまとくのたまの共同地区を歩いていた時だった。
地面から、人の声がする。


「おーい、だれか、そこにいる?」


声と気配がする方に振り向けば、そこには見事な穴が出来上がっていて、声はその中からする。何だろう、これ。落とし穴?
穴に向かって足を進めると、中の人は私に気付いたようだった。覗きこめば、ふわふわとした茶色の髪。六年生の制服を着た生徒が、顔に泥を付けてこちらを見上げていた。


「どうしたんですか?」
「落とし穴にはまっちゃってね…はは、悪いけど、助けてくれないかな?」
「わかりました」


私は縄を用意し、それを垂らして生徒……先輩を引っ張り上げる。先輩は助かったよ、と私にお礼を言ってから、転がったトイレットペーパーを持ち直して、改めて私をまじまじと見る。


「あれ?そういえば君、見ない顔だけど…」
「先日、5年のくのいち教室に編入した、蛙吹といいます」
「そっか。僕は善法寺伊作。保健委員長をやってて…こうして落とし穴にはまるのは、実は初めてじゃなくてね…」
「そうなんですか?」
「学園内は競合区域だから、あちこちに色々な罠が仕掛けられているんだ。僕は不運だから、それによく引っ掛かって…君は大丈夫だと思うけど、一応注意してね。学園のこと、まだよく知らないと思うから、教えとくよ」
「ありがとうございます」


自分から不運だという人はどうかと思ったけど、忠告してくれたから悪い人ではないと思う。物腰も凄く柔らかで、話しやすい。
少しだけ話をした後、それじゃ、と言って私たちは別れた。
くるりと踵を返して長屋に向かおうとしたところで、すぐ後ろから叫び声が聞こえた。振り向けば、たった今気を付けてね、と言ったばかりの善法寺さんが、さっきとは違う落とし穴にはまっていた。足を上に向けて、ぴくぴくとしている。近くにあったトイレットペーパーは……これはもう、使えないな。


「大丈夫ですか?」
「う、うん…」
「怪我してるみたいですし、手当しましょう。保健室まではまだ道がわからないので、連れて行ってもらえますか?」


穴から引き揚げた善法寺さんが、足を痛めていたようなので、私は彼に肩を貸して保健室まで行った。
善法寺さんは、後輩である私に二度も助けられたことが恥ずかしかったようで、ずっと照れていた。本当は、私の方が年上なんだから、気にしなくていいのに。


「なんだか、悪かったね。僕の尻拭いさせちゃってさ」
「大丈夫ですよ。怪我をしている人を放っておくこともできませんし」
「そうだよね…僕も大概がそうだから、その気持ちわかるよ」
「善法寺先輩、優しそうですから、そういう人なんだろうなって凄いわかります」


そう言ってにこっと笑ったら、何故だか善法寺さんは少し顔を赤らめた。



世界みたいな少女


嗚呼、それにしてもあの人の想い人は一体どこにいるんだか。
私の頭に浮かんだのは、それだけだった。


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