「それじゃ行ってくるよ」
「いってらっしゃい、あなた。気をつけて」
「梅雨も、私がいない間は戸締りをしっかりね」


朝早く、夫は私を置いて仕事に行ってしまった。
夫は、タソガレドキ軍の忍組頭で、皆をまとめ忍務を行うという、大変多忙な立場にある。同時に、命の危険もつきまとい、妻である私の心配が尽きることはない。
城主様から信頼され、部下からも慕われているのは良いのだけれど、毎度怪我をして帰ってきやしないかと不安になるのだ。長期忍務の時なんていつもそう。
それでも私、雑渡梅雨は、そんな仕事一筋な夫、昆奈門を心の底から愛しているから、仕事から帰って来た夫が少しでも疲れた体を癒せるよう、気を休める場所となれるよう、夫のことを想っていつも帰りを待っている。あなたが安心すると言ってくれた笑顔をどんな時も絶やさず、ただひたすらに帰ってくるかわからないあなたを待っているのです。

だけど、それなのに。
あなたの心には、いつの間にか知らない人がいる。
怪我をしたあなたを手当てしてくれたのは、一体どんな人なのでしょう。
あなたはその人を、忍に向かないと言いました。きっと、とても優しい人なのでしょうね。私があなたを想うよりもずっと、優しくあなたを癒してくれるのでしょうか。
とても、気になります。
だから、私は決めました。忍術学園に行って、あなたの心に巣食う人がどんな人なのかを見定めることにします。

わたしたちは恋愛結婚ではなく、いわゆるお見合いで結婚した夫婦でした。
だから、いつかあなたの心が私から離れてしまうのではないかと、心配していました。私は初めて会った時から、あなたのことしか考えられないくらいずっとあなたを愛していますが、あなたはどうやらそうではなかったようですね。
あなたはもう私を愛してはくれない。そう思ったら、悲しみと同時に、様々な感情が浮かび上がってきました。それでも何とか理性が打ち勝っていたから、全ては自分の胸に閉じ込め、笑顔であなたを送り出します。
ごめんなさい。私はあなたが思う程、綺麗な人間ではなかったようです。とてもとても醜いくのいちです。
あなたの想い人に会えば、きっとその清らかさに潔く身を引くことでしょう。感情に任せて暴れる、なんてことはしません。これでも私、優秀でしたから。

だから、これが最後のわがまま。
あなたの留守を守れない私を許して下さい。
私は、私の選ぶ道を進みます。



心臓の微熱


(嗚呼、胸が、酷く痛い)

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