満月が映える夜、隣のぬくもりが薄くなって、ふと目が覚めた。
重たい瞼を開けてみれば、仮にも忍の暮らす家だというのに、堂々と障子が開いていた。適当に着流しを羽織っただけの夫が、窓辺で月を眺めていた。
それはもう、機嫌の良さそうに。


「…あなた、どうかしましたか?」
「うん?あぁ、起こしてしまったね」
「いえ、それはいいんです……ただ、とても楽しそうでしたので」


何を考えていたのだろう、と純粋に思った。

普段、夫は夜は忍務で中々家にいない。たまに帰ってきても、最近は言葉を交わすことが少なくなり、肌を重ねる回数も減った。それでも私は夫に対する愛は出会った頃とずっと変わらないし、死ぬまで一緒にいたいと思う。
だから、こうして二人っきりで過ごせる時くらい、ずっと側にいて欲しかった。目を覚まして隣に、あなたの顔があって欲しかった。

夫は私の質問に、そうだねぇと曖昧に言葉を濁した。


「実はこの間、とても面白い子に出会ったんだ」
「面白い子?」
「そう。忍術学園に通っているくせに、一番忍に向かないタイプだ。怪我をしている人を見かけると、誰構わず手当てしたくなるんだって」
「…あぁ、」


その話なら知っている。
数ヶ月前、珍しく足に怪我を負って帰ってきた夫を、出迎えた私がどれだけ心配をしたことか。幸いにも傷は致命傷には至らず、完治すればまた今まで通りに動けるようになったのだが、いつ大怪我を負って忍としてやっていけなくなるかわからない。下手したら死んでしまうなんてことは、この世界では当たり前だった。
それなのに。夫は、怪我をしたことを、何一つ悔いてはいなかった。それどころか、療養中もどこか陽気な雰囲気を漂わせていて、包帯を替える私のお尻を撫でては叩かれる、という平穏な日常を送っていた。
私は、最初誰に包帯を巻いてもらったの?と聞いたが、のらりくらりとかわされて、はっきりとした返事をもらったことがなかった。
ただ、誰か親切な人が手当してくれたのだと推測することだけができた。

それが、月夜の晩にこうしてさらりと喋ってくれるなんて。
どうにもこうにも、しっくりこない。それは、私との事後にまで思いふけるような内容なのだろうか。


「どうして、今さらそれを?」


聞けば、今日はその手当てをしてくれた恩人に会う為に、忍術学園に行ってきたのだという。久しぶりに会った相手は、驚いたけど、夫の話を聞いて茶まで出してもてなしてくれたそうな。不運だけど、とっても優しいと言っていた。
私はそんな夫の話を聞いている内に、心にどろどろとしたものが渦巻くのを感じだ。あぁ、わかってる。これは誰がみても、嫉妬という感情なのだろう。
重くどす黒い気持ちが、私の中で暴れていた。


「…梅雨?」


夫が私の名を呼ぶ。私は、布団を肩までかけて背を向けた。


「ごめんなさい、あなた。私、もう寝るわ」
「そうだね…梅雨にはおやすみの時間だ」
「あなたも、体を壊さない内におやすみなさって」
「あぁ」


短い返事を聞いて、目を閉じた。

変だな。目頭が熱い。寝ると言ったのに、全然眠くない。私の中の負の感情が、私の全てを叩き起こしていた。


(あぁ、嫌だな)


本当なこんなこと思いたくないのに。愛する夫が、知らない人間を想い、私の側から離れるなんて、苦しくて仕方がなかった。それでも、この感情を言葉にすることがどれだけ愚かしいことなのかは理解していた。
だから、私は黙って闇に意識を預ける。
もう何も思い出したくはないというように。

月の光が差し込んだ部屋は、いつもより随分と明るかった。


真夜中に星を数える癖

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