何だかんだ言って、人とは慣れる生き物である。

三郎を愛し、三郎を立派な忍に育てることに人生をかけていた梅雨は、気づいた頃には伊織のこともしっかりと手塩にかけていた。
やれ食事の作法だの、茶の嗜み方だの、様々なことに関して口や手を出す。しかしこれも三郎同様、最初はとても優しく、伊織が理解できるまでとことん付き合う。決して無理意地はしない。
実家でそれなりに躾けられていた伊織とはいえ、一日の大半を三郎とともに過ごすようになってからは、梅雨が第二の母となった。
将来の姑として、伊織は梅雨のことを尊敬している。けれどそれ以上に、自分の両親より博識な梅雨に驚き、今まで以上に懐くようになったのだ。
おばさま、おばさま、と呼べば梅雨は優しくどうしたの?と振り向く。その笑顔が、伊織はたまらなく好きだった。


「おばさま、なにをしているの?」
「三郎と伊織のために、新しい着物を仕立てているのよ」
「わたしたちのために?」
「えぇ、二人とも成長するのが早いから、すぐに新しいのを用意しないとね」
「でも、わたしは…その、おばさまのこじゃないのに…」
「子どもが余計な心配をしなくていいのよ。ほら、伊織には三郎が好きな色で仕立ててあげるから、それを着て二人で遊びなさい」
「は、はいっ!」


ぱっと明るくなった伊織に、梅雨はよし、と頷く。
するとどこからかパタパタと駆けてくる足音が聞こえて、三郎が現れた。


「ははうえも伊織も、何してるの?」
「!」
「あら、三郎」


三郎が現れるや否や、伊織はバッと三郎から視線をそらす。三郎は何だ?と思ったが、特に気にした様子もなく二人に近づいた。
そんな三郎に、梅雨はちょうど良かったと言って、ものさしをとりだした。


「三郎、いいところにきたわ。採寸させてちょうだい」
「えー、また?この間もはかったじゃん」
「子どもはすぐに成長するの。そんなこと言ったら、三郎の丈は短くなるけど、いいの?」
「わかった。でも、すぐに終わらせてよ。この後変装の練習したいから」
「はいはい」


昔と比べて随分と小生意気になった三郎の背を測りながら、梅雨は手際よく事を進める。その横で伊織はそっぽを向きながら、二人が終わるのを待っていた。

伊織が三郎をどう思っているかなんて、梅雨には手にとるようにわかっていた。伊織は幼い時から三郎と一緒に遊んで、忍者になる修行も梅雨に教わりながら共にし、様々なことをした。次第に大人になっていく三郎を前に、頬を赤らめることもあった。
嗚呼、この子は本当に三郎が好きになったのだな、と梅雨は思う。初めて三郎と顔を合わせ、震えていた頃とは違う。少女は三郎に淡い恋心を抱き、これからも三郎を愛するのだろう。許嫁であることを喜びとともに受け入れているのだ。
対して、三郎がどう思っているのかはよくわからない。こういったことは女の方が早熟であるから、まだ伊織に対するものは、仲の良い友達としか思っていないのだろう。おかしいな、許嫁ということはちゃんと説明したはずなのに。三郎の態度は友達に対するそれと変わらなかった。まぁ、狭い里の中にいる今ではまだわからないのかもしれない。

あっという間に三郎の体周りを測り終わった梅雨は、三郎にもう行っていいわよ、と告げると三郎はさっさと消えてしまった。その後ろ姿を眺め、ぼんやりとしている伊織に話しかける。


「伊織は、本当に三郎のことが好きね」
「え!う……」
「いいのよ、そんな畏まらなくて。あなたは三郎の許嫁なんだから」
「でも…わたしなんか、さぶろうにはつりあいません…」
「あら、そんなことないでしょう」
「だって、りょうりもおさいほうも、おばさまみたいにうまくないし、へんそうだって、すぐにわかっちゃうし…」
「それはそうでしょう。伊織はまだ、どれもこれも始めたばっかりよ。すぐにうまくできるようにはならないわ」
「う……」
「でも、続ければちゃんとできるようになる。三郎だって、変装の術を始めた頃は何もできなかったんだから。気にすることはないわ」
「………」


伊織は、裁縫を続ける梅雨の隣で黙って座っていた。
梅雨の裁縫の腕は、自分の母親以上に上手で、手際もいい。もう二百年以上生きて自給自足をしてきているのだから、当然と言えば当然なのだが、それを知らない伊織は梅雨を完璧な人だと思っていた。料理も、裁縫も、忍術の腕も全てが完璧。
梅雨は大丈夫だと言ったが、伊織には梅雨のようになれる自信はない。ただ好きだから三郎の側にいたい。三郎の元に嫁ぐとなれば、それなりに色々こなせるようになっていなければならないと、わかってはいるのに…

暗くなった伊織を見て、梅雨はやれやれと苦笑する。女というのは、好きな男のことを考えるだけで、喜んだり落ち込んだりするものだ。
その気持ちをくみ取って、梅雨は優しく声をかけた。


「伊織、そんなに落ち込まなくても、三郎はあなたのことを嫌いになったりしないわよ」
「おばさま…」
「伊織の存在は、十分三郎の心に居ついているわ。何も不安になることなんかないの」
「はい……わかって、います」
「だったら、そんな顔をしてないで、笑いましょう?落ち込んだ顔をしている伊織を見たら、三郎は悲しむわ」
「はい…、」
「ね?やっぱり、女の子は笑っているのが一番だわ」


ふふ、と微笑んだ梅雨の顔を見て、伊織は何だか優しい気持ちになれた。自分も、梅雨のように笑えるだろうか。こんな笑顔をしてみたい。そう思ったら、自然と口を開いていた。


「ねぇ、おばさま。わたしに…おさいほうをおしえてくださいませんか?」


少しでも近付きたい。僅かでいいから、梅雨のようになりたい。

梅雨は笑って、もちろんよ、と頷いた。
伊織が三郎の許嫁で良かった…と心から思う。伊織を好きになれてよかった。

そして二人は仲良く並んで、着物を仕立てるのであった。

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