夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ、再び春が巡ってくる。季節は繰り返されども、重ねた年月は戻らない。
幾度かの四季を経験した三郎は、今日では6才となっていた。
背が伸び、体も以前よりしっかりし、体力もついた。何より忍者としての修行を積み、変装の腕は大分上がった。梅雨が変装していても、気配で読み取ることもできるようになった。

けれど、いくら成長して技術を身に付けたところで、内面はまだまだ子供。
時折、駄々をこねることがある。それは、修行をしたくないといったことや、遊びに行きたいということが主だったが、梅雨に優しくされたいという願望からも来ている。
梅雨は三郎の年相応の欲求を満たしつつ、甘やかすのは3回に1回にして、それ以外は厳しく修行をつけた。今日も、そうやって躾けたところだ。
一日の修行を終えたのは、夕方のこと。まだ梅雨が明けず、空気全体がじめじめとしていた。

裁縫をしている梅雨の横で、三郎は寝入っているたまをいじりながら、声をかけた。


「ねぇ、ははうえ」
「なぁに、三郎」

「……子どもって、どうやってできるの?」


その瞬間――梅雨の手はピタリと止まった。

子どもの、作り方…?

突然の、しかもとても答えにくい質問に、梅雨は表情に出さずとも酷く戸惑っていた。聞いた三郎にしてみれば、わからないことを梅雨に聞くのは当然のことであって、悪いことを聞いた気にはなっていない。
しかし、珍しく硬直している梅雨を目の前にすると、もしかして聞いてはいけないことだったのかと、焦った。
梅雨はすぐに落ち着きを取り戻すと、逆に問い返した。


「子どもがどうやってできるか、なんて……突然、どうしたの」


梅雨が自分の方を見ずに聞いたので、三郎もなんとなく視線はたまに向けたまま答える。


「えっとね、雷蔵が…」
「雷蔵くんが?」
「雷蔵には、妹がいて…遊びにいくといつも見るんだけど、それが小さくて、可愛かったの。雷蔵も妹のことは凄く好きで、大切にしてて……だからわたしも、雷蔵みたいに妹が欲しいなぁって思って…」
「………」
「ははうえ?」


雷蔵の妹のことを思い出しながら、少しだけ照れるような気持ちで胸の内を語った三郎。
しかし、三郎の話を聞いた梅雨は相槌を打つことも忘れ、黙っている。
もしかして、やっぱり言ってはいけないお願いだったのか…と、三郎は困り出した。だがこの時、梅雨が考えていたことは、三郎が想像しているような事とは全く別のことであった。

(三郎から兄弟を欲せられるだなんて、思ってもなかった…)

お願いされたところで、梅雨は妹を産んでやるどころか、子どもを作ることすら不可能だ。
作るための相手はいないし――弥之三郎とは形だけの夫婦――何より、経験がない。

かつて、人魚の血を与えられた梅雨が、人魚から聞かされた‘不老不死’の条件。それは、純潔を守ることだった。
男と交わってしまえば、不老不死の体はそこまで。再び人間の体に戻り、成長と老いを取り入れ、やがては死を迎える。その為には血を飲む前から純潔な身でなければならなかった。
当時16であった梅雨は、幸運にも最低限の条件を満たしていたので、人魚の血は彼女を不老不死の体へと変えた。

しかし今、何らかの形で純潔を失ってしまえば、子を成すことは果たせども、不老不死の体は捨てることになる。
二百余年生きていて、人の死を沢山目の当たりにしてきた。今さら人の体に戻り死を受け入れられるかといえばそうでもなく、多大な抵抗がある。
選べるのなら、ずっと生きていたい。人間なら当然の欲求である。孤独は、約束が癒してくれる。
何より大切な三郎を守るためには、自分の命などどうなっても良いと梅雨は考えていた。三郎が一人前になるまでは、絶対に人に戻ろうなどとは思いもしない。命を懸けて守り抜くと決めたのだ。

(だから、私には三郎の願いを叶えてあげることはできない。……だけど、)


梅雨は思い付くと、瞬時に考えをまとめて立ち上がった。
今まで押し黙っていた梅雨が急に神妙な顔をして立ったので、三郎は驚いて目を見開く。それから、声を掛ける間もなく、梅雨は三郎に振り向いて凛とした口を開いた。


「三郎、ちょっとでかけてくるわね」
「今から?だってもう、夕餉の時間…」
「えぇ、悪いんだけど、今日は一人で食べてちょうだい。ごめんなさいね」


それだけ告げると、梅雨はさっさと裁縫道具を仕舞い、部屋を出て行ってしまった。
残された三郎は一人ポカンとしている。
今までに、こんなことはなかったのに……一体どうしたというのだろうか。

その後梅雨が屋敷に戻ってきたのは、三郎が風呂から上がり、床に入る直前のことだった。

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