追いかけられて、追い詰められて。
その度に何度も逃げてきた。怖いから。
でも、三郎を相手にいつまでもその手が通用するとは思っていない。
彼は焦っていた。私が欲しくてたまらなかった。それを拒否するのは、いささか酷であるということは…わかっていた。つもりだった。


「もう逃がさない」
「何が?」
「いい加減とぼけるのはやめろ。お前、全部わかってんだろ」
「だから、何のことよ」


大分苛々している三郎に向かって、何も知らない振りを決め込むのは自殺行為だ。怖い。
平気な顔して言葉を交わそうとしているけど、心臓はばくばくいってるし、足だって震えそう。余裕のない三郎だから今まで見破られていないだけで、本当はいつバレたっておかしくないのだ。
それほど、三郎は盲目的になっている。
ただ一つ、私という存在を手に入れたくて、躍起になっている。


「…三郎、私帰るね。今日はお母さんがカレー作ってくれるって言ってたから…」
「嘘だろ、それ」
「嘘?なんで私が嘘つかなきゃ「お前んちのお親に、今日は俺んちで飯頼むってうちの親が朝言われたんだよ」
「………」
「なぁ梅雨、これでもまだ嘘つこうって言うのかよ」


三郎は低い声を出して一歩、近づいてきた。
まさか、こんなところで嘘がバレるだなんて。もっと違う嘘をつけばよかったと思うのもつかの間、三郎の手が私を教室の壁に押し付ける。突然の衝撃に、あぁ痛い、だなんて呑気には思っていられない。
すぐ目の前には、三郎の顔が迫っていた。

私は目をそらして、三郎の顔を視界から消す。


「なぁ、なんで?」


少しだけ泣きそうな三郎の声が耳元で聞こえた。


「なんで梅雨は、俺から逃げようとする」
「………」
「だんまりか。お前はいつもそうだ。肝心な事には一切答えてはくれない」
「…だって、答えなくちゃいけないの?」
「いいや…もう、返事はいらない。これからは俺のしたいようにするから」
「それどっ――んぅっ!?」


顔を上げた瞬間に触れた唇。熱い。反射で思いっきり目を見開いたら、薄く目を開けた三郎と視線が交わった。

そんな。
嘘でしょ?
やだ…


「さ、ぶろ…あっ」
「今まで散々逃がしてやったんだ。もう逃がさない」
「そんな…んっ、うぅんっ…!」


三郎の唇が容赦なく私の唇を食べつくす。
ぎゅっと目をつぶった。
熱い唇と舌が何度も私の中を蹂躙して、体の力が抜けた。
頭がぼーっとして、くらくらする。
私が私でなくなる感覚。
背中がぞくぞくとして、嫌なのに、本当はもっとされたくて、無意識に伸ばした腕は三郎の頭を絡め取る。
三郎は私の頭と体を支えて、何度も何度も丁寧に口づけを繰り返した。

…こんなはずじゃなかったのに。
溺れるのが嫌だから、離れられなくなるのが嫌だから、ずっとずっと逃げていたのに…とうとう捕まってしまった。
逃げ出す方法なんてない。
私はこれからずっと、三郎のものだ。


「っは、逃げてた割には…積極的だな、」
「んん、あっ…ん…ちゅ…」
「好きだ、梅雨。ずっと好きなんだよ…」
「ん…はぁっ、さぶろ…んっ!」


本当は。
本当は、私も好きだった。

そう言ったら、三郎はきっと口を釣り上げて知ってるって言うんだ。
だから言わない。
言えないもの。
そんなの、恥ずかしすぎて……今さら私が言うことじゃないと思うんだ。それでも。


「さぶろ…すき…っ」
「ははっ…やっと言ったな、ずっと待たせやがって…」
「ごめ…すきっ…さぶろ、」
「もー黙れ。これでチャラにすっから」


三郎の吐息が頬にかかる。私は目を閉じて、受け入れる。
三郎はずっと焦っていた。私という存在を手にいれたくて。逃げ続けるしかできない私をどう捕まえていいのか迷って。

そんな三郎がずっと求めていた言葉なら、私は恥ずかしくても、言葉にしてあげる。
三郎がくれた何倍も、全身全霊で返してあげる。
怖かったけど、逃げてたけど、それでも私だって、ずっと三郎が好きだったんだもの。


教室のカーテンが揺れた。
ここには私と三郎しかいない。
二人だけの鬼ごっこは、今日ついに私が捕まって終わりを告げた。三郎という、とてもとても優しい鬼…に。


鬼ごっこ
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