「ははうえ、はやくはやく!」
「もう…そんなに急がなくても、町は逃げないわよ」


先を行く三郎に苦笑しながら、梅雨はゆったりとした足取りで、急かす我が子の後を追った。



――三郎がらいぞうと出会ってから、一か月が経った。
三郎は家に帰ってからずっとらいぞうに会いたがっていて、今日という日を心待ちにしていた。ちょうど一カ月が経った今日は、朝早くから梅雨の袖をひっぱり、まだうまくない変装を自ら試みた。結局、三郎が一人で行った変装は、変装といえる代物ではなかったので、梅雨が手直しをしたのだが。
一か月前と同じ顔になりきって、三郎は梅雨とともに屋敷を出た。


「ははうえ、らいぞうはわたしのこと、おぼえてるかな…?」


段々と歩く速さが遅くなってきた三郎と手を繋ぎながら、梅雨はどうして?と問う。


「だって、らいぞうはわたしのことおぼえてなかったら、きっとあそんでくれない…」
「大丈夫よ。らいぞうくんはいい子だから、三郎のことを忘れたりしないわ」
「でもわたし、じぶんのかおじゃないし…」
「今日はらいぞうくんと会った時と同じ顔でしょう?三郎が素顔で会いに行った方が、びっくりしちゃうわ」
「うん…」


時々不安になる三郎を宥めて、二人は町へ向かう。
しばらくすると、町の入り口が見えた。三郎は落ち着かずそわそわと辺りを窺うが、以前らいぞうと出会った場所は覚えていない。どこに行けば会えるのだろうか、と思っていた時だった。


「さぶろう!」
「っ…!ら、らいぞう!」


ちょうど町の入り口付近にいたらいぞうが三郎を見つけて、駆け寄ってきた。


「ほんとうにきたんだ!ずっとまってたんだよ!」
「わ…わたしだって、ずっとまちにきたかった!」
「きょうはずっとあそべる?」
「うん!」


再会した二人は手を取り合って、笑った。その光景を梅雨は微笑ましい表情で見守っていた。
らいぞうの視線が自分の方に向いたのに気付くと、膝を折って目線を合わせた。


「こんにちは、らいぞうくん」
「こんにちは!」
「三郎との約束、覚えてくれてありがとう。今日は一緒に遊んであげてね」
「はい!」


らいぞうは元気よく返事をした。
それから、らいぞうはこの町に住んでいるから道に迷うことはないだろうと判断し、梅雨は三郎と別れて行動することになった。以前のようなことにはならないよう、夕方になったら町の入り口にくるようにと言って。


「じゃぁ二人とも、気をつけて遊んでらっしゃい」
「はい」
「ははうえ、いってきます!」


三郎はらいぞうに手を取られて、らいぞうの遊び場所へと連れていかれた。
梅雨はただただ、そんな二人の背中を見つめて目を細めるのだった。

正直なところ、らいぞうのことは既に調べてある。
不破雷蔵。町に住む不破夫婦の息子で、年は三郎と同じ。一つ下に妹がいるが、彼女はあまり家から出たがらない為に雷蔵はいつも一人で遊んでいる。近所の子供と遊ぶこともあるが、あまり関わっているようにはみえない。
両親は普通の町民。決して忍の家系ではなく、半忍半農をしている訳でもない。
ゆえに、雷蔵が三郎の遊び相手となったことに、問題は何もなかった。この一カ月、忍んで雷蔵のことを調査していた梅雨は、ほっと胸をなでおろした。
せっかくできた三郎の友達である。万が一にでも引き離すことにならなくて、安心したのだ。


「彼が忍にならないという可能性は、全くのゼロではないけれど…」


子供の間なら、大丈夫だろう。そう、まだ子供のうちなら。
高く昇った日に目を細めながら、梅雨は呟いた。




夕方。
買い物を終えた梅雨が町の入り口近くの茶屋で休憩していると、泥だらけになった三郎と雷蔵が戻って来た。


「おかえりなさい…あらあら、二人ともいっぱい泥つけて。沢山遊んだのね」
「うん!ははうえ、あのね、らいぞうといっしょにいっぱいはしったんだよ!たまににたねこもみせてもらったし…」
「さぶろう、いくらはしってもつかれないから、ぼくがしってるとこぜんぶつれていったんです」
「そう。こんなに笑っている三郎を見るのは久しぶりだわ…ありがとう、雷蔵くん」


梅雨は三郎と雷蔵のために甘味を注文し、今日あったことを二人から沢山聞いた。そして、夕暮れが近くなると、暗くなる前に町を後にする。


「それじゃぁ雷蔵くん、三郎がきたときには、また遊んでね」
「はい!」
「らいぞう、つぎは、もっともっとあそんで!」
「こんどは、いもうとにもあわせるよ!」


二人はまた会う約束をして、手を振って別れる。雷蔵は、二人の姿が見えなくなるまで町の入り口に立っていた。
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