ある日のこと。 三郎はたまを探して屋敷の中を走り回っていた。 パタパタパタ… 「ははうえ、たましらない?」 「たま?三郎と一緒じゃなかったの?」 「ううん。きょうは、いちどもみてない…」 三郎は不満そうな顔をして答えた。 たまは、三郎が初めて飼った動物だ。毎日世話をし、一緒に遊んで、昼寝をする……大切な家族だった。 そのたまが朝から姿を見せない。餌をやろうとした時には既にどこかに消えてしまっていたようで、三郎は餌の入った器を持ったまま、だらんと手を下げた。 「たま、いないの」 「きっとお出かけしたくなったのね。今日はいい天気だから」 「でも、ごはんたべてない」 「大丈夫よ。お腹がすいたら戻ってくるわ」 「たま……ひとりでどこにいるの。さびしく、ないのかな…」 「三郎…」 「わたしのこと、きらいになったのかな…」 思った以上に気落ちしている三郎の体を抱き寄せ、梅雨は頭を撫でた。何度も大丈夫よ、と繰り返し、器を持ったまま離さない三郎の体をぎゅっと抱きしめる。 「三郎、たまは三郎のことを嫌いになったりしないわ」 「…ほんとう?」 「えぇ。だって、三郎はいつもたまの世話をしているじゃない。それに、嫌いだったら昨日だって一緒にお昼寝してないわよ」 そう言われて、三郎は少しだけ安心する。 たまは少しお出かけをしているだけ。きっとそのうち、腹をすかせて帰ってくるだろう。そう思うことにして、器を置く。 「たま、いなくなったりしないよね…?」 「大丈夫、きっと帰ってくるわ」 三郎は梅雨の言葉を信じていた。 しかし、その日たまは屋敷に戻ってこなかった。 その次の日も、三郎が一日中たまを気にしていても、鳴き声一つ聞かせない。次第に、空は曇り始めた。 そして、たまがいなくなってから三日目の昼ごろ。ついに、雨が降り始めた。 「………」 三郎は縁側で、膝を抱えてうずくまっていた。本当ならこの時間、梅雨と共に変装の練習をしたりするのだが、たまがいなくなってからというもの、三郎の心はたまから離れられなくなっていた。心ここに在らず、と言った感じで、何を言われても頭に入らない。たまのことが心配で、たまのことしか考えられなかった。 そんな三郎を心配した梅雨は、そっと三郎の側に寄り添って、一緒にたまの帰りを待った。 他にもやるべきことは沢山あったけれど、落ち込んでいる三郎をそのままにしてはおけない。三郎はまだ幼く、心も未熟だ。それ故に、初めて感じたこの悲しみや不安といった感情を、いかにして克服するかを知らない。誰かが側にいてやらねば、三郎は己の感情に飲み込まれ、壊れてしまうだろう。 梅雨のぬくもりを感じた三郎が、そっと顔を上げた。 「ははうえ……たまは、もうかえってこないのかな……」 弱々しく呟かれた三郎の声に、梅雨は何も言うことができなかった。 三日前は、すぐに帰ってくると思っていた。けれど、二日三日と時が経っているにも関わらず戻ってこないとなると、その可能性はどんどん低くなっていく。特に猫は、自分の死を隠したがる傾向にあることを梅雨は知っていた。 もしも、たまが何らかの形で自分の死を予知していたのなら、考えられないことではない。自ら姿を消したとなれば、そう思わざるを得ないところだってある。もちろん、それは極僅かな可能性だとわかっていても。 梅雨は黙って三郎を抱き上げた。 くしゃくしゃになった変装の顔からは、必死にこらえようとしている涙が窺える。三郎は幼いながらにも、泣くのを我慢していたのだ。これは癇癪を起した時とは違う反応だった。 小さな体を抱きしめて、梅雨は三郎を寝かしつける。外では、風と雨がごうごうと音を立てていた。 「ん…」 朝日が眩しくて、三郎はゆっくりと目を覚ました。 隣にいる梅雨がいない。けれど、不思議と温かい。何故だろうと思って振り向くと、そこにはすやすやと眠るたまの姿があった。 「たま!?」 三郎はびっくりして飛び起きた。 「たま、どうしてここに…かえって、きたの…?」 恐る恐る手を伸ばした三郎は、寝ているたまの体に触れ、それが生きているとわかって安心した。同時に梅雨が戻ってきて、目を覚ました三郎を見るとふっと笑みを零して言った。 「おはよう、三郎」 「ははうえ…おはよう!ねぇ、たまが、たまが!」 「えぇ、そうなのよ。昨日の夜遅くに帰ってきてね…雨に濡れてたから、体を拭いて、布団に入れてやったのよ」 「そう、だったの……たま、かえってきた…」 「…三郎は、ずっとたまの帰りを待っていたものね」 「うん……わたし、まってた。ずっと、たまのかえりをまってたんだよ…たま」 じわじわと溢れてくる涙を拭い、鼻水を垂らしながら三郎は嗚咽を漏らした。たまは三郎のすすり泣く声にぴくりと耳を動かしたが、疲れきっているのか、目を覚ます様子はない。 三郎はそんなたまの体を思いっきり抱きしめ、わんわんと泣いた。 「たま!たま!もう、ぜったい、いなくなっちゃ、だめなんだからね…!」 さすがにその声には、たまも目を開いてにゃーと鳴いたのだった。 |