三郎は悩んでいた。 どうしたら、自分はもっと変装がうまくなれるのか。時間をかけずに、仕上げることができるのか。自分の技量では梅雨のようにはできない、と… 変装を始めた頃は、梅雨に変装の全てをやってもらっていた三郎だが、慣れてくると、手伝ってもらいながらも自分の手でやっている。けれど、これが中々難しい。 少し気を緩めてしまえば、イメージしたのとは全然違う顔になってしまうし、真剣にやったつもりが左右では別人になってしまったり。紅がはみ出て、おばけのようになってしまったこともある。 三郎はまだ子供なので、変装するのは子供の顔のことが多いが、時々梅雨の顔を真似することがある。 大好きな梅雨の顔を作る時は、いつも以上に真剣に挑む。けれど、年が離れしかも異性の顔となると、三郎にはまだまだ技量不足で。梅雨は自分の顔に化けた三郎を見る度に、苦笑してしまう。あらあらと言って、おかしいところを直してやるのだ。 しかし、当の三郎にしてみれば、梅雨の顔だからこそうまく化けれるようになりたいし、上手になったと褒められたい。もしも本当に梅雨に化けれるようになったら、たまも寄ってくるだろうかと考える。…体のサイズが違いすぎるから、驚いて逃げてしまうかもしれないが。 とにかく、うまくなりたい。 そう思って湯船に浮かぶ自分の顔を見ていると、梅雨の手がにゅっと伸びてきた。 「どうしたの、三郎。熱い?」 「ううん、ちがう…」 「じゃぁ、疲れちゃったのかしら。今日はいっぱい修行したものねぇ…湯から上がったら、早く寝ましょう」 濡れた頭を撫でながら、梅雨は言う。そこで三郎は思い切って聞いてみた。 「ねぇ、ははうえ」 「なぁに?」 「ははうえの、そのおかおは、ほんものなの?」 「どっちだと思う?」 「うーん…たぶん、ほんもの?」 「どうして?」 「ゆにつかるときは、わたしも、すがおだから。ははうえも、へんそうしないで、はいってるのかなぁって…」 三郎の言葉に、梅雨はよくできました、と笑った。 「そうね。今のこの顔は、本物よ」 「じゃぁ、ははうえはいつも、へんそうしてないの?」 「えぇ」 「どうして?いえのものはみんな、へんそうしてるっていってるのに、わたしも、へんそうしなくちゃだめだって、いってたのに」 「そうねぇ…変装してない訳じゃないのよ。でも、あんまり変装する必要がないの」 「どうして?」 次々とされる質問に、梅雨は少しだけ苦笑した。 子供というのは本当に何でも知りたがる。 「三郎といる間は、私もほとんど外に出ないから、変装しなくていいのよ」 「じゃぁ、そとにでなければ、わたしもやらなくていいの?」 「三郎は、まだ変装がうまくないでしょう?練習しないといけないから、だめよ」 「れんしゅうって、いつまでするの?」 「三郎の変装が上手になるまで…どんな時にでも素早く、誰の顔にでも変装できる…そうなれるようになったら、練習する必要はもうないわ」 その代わり、その頃には自分の素顔を晒して歩く方が怖くなっているだろう。変装の術が上達するにつれ、年齢や意識も自然と上がる。自分の立場を本当の意味で理解したならば、変装したくないなどとは口が裂けても言えないはずだ。 「わたし…ははうえのへんそう、みたことがない」 「あら、これでも時々してるのよ?」 「うそ!いつ!?」 「たまに…屋敷の外に出る時とかね。出かける前や、帰ってきたときには、変装を解かないで一度そのまま三郎に会ってるんだけど…」 「うー……わかんない」 「そうでしょうね。まだ、気配の区別もつかないだろうから」 「けはい?」 「あぁ、これはまだ三郎には早かったかしら」 そこまで言って、梅雨は三郎を抱いて湯船から出た。 優しく髪を拭いてやりながら、まだ納得してない様子の三郎に向かって、小さな苦笑を零した。 「大丈夫よ。三郎は、すぐに変装が得意になるわ。その他のことだって、うまくできるようになる」 「ははうえのへんそうも、わかるようになるかなぁ…」 「えぇ。もし変装していても私だってわかるようになったら、とっても嬉しいわ」 その為にも、毎日練習しないとね。 梅雨の言葉に、三郎はうん、と頷いた。 そして再び考える。変装がもっとうまくなりたい…うまくなって褒められたい。そして、梅雨の変装を見破れるようになれば、梅雨がどんな姿をしていたって、すぐにわかるのだ。寂しい思いをする時間は、今よりも減る。 だから、頑張ろう。 この日、三郎が『梅雨の変装を見破ること』を目下の目標にしたことを、梅雨には知る由もなかった。 |