変装の仕方を教わった三郎は、毎日違う人間の顔に化けるようになった。
他人の顔になることは嫌で仕方なかった三郎だが、どんなに抵抗しても梅雨が許してくれることはなかった。なので最初は渋々と、諦めの気持ちが強かった。
けれど、手本として梅雨から色々な人物の顔を見せてもらううちに、変装することが楽しいと思うようになったのだ。それからは自ら進んで人の顔を真似ている。
それに、上手く変装ができると梅雨が喜んでくれた。それが嬉しくて、何度も練習を重ねる。

そうして変装は少しずつ、三郎の中に溶け込んでいった。




「あったかーい…」
「気持ちいいわね。あ、ほらちゃんと肩まで浸からないと」
「ははうえ、かず、かぞえていい?」
「じゃぁ今日は二十まで数えて出ましょうね」

ひとーつ、ふたーつ… 子供の声が響く。
梅雨は三郎を抱きしめたまま、湯の中でうっとりしていた。まだ慣れない三郎は、風呂では変装を解いている。文字通り二人の間を隔てる物は何もなく、楽しい風呂の時間を満喫していたのだ。


「じゅうく、…にじゅう!」


たどたどしく数えていた三郎の声が途切れ、梅雨は瞼を開けて優しく微笑んだ。


「よくできました」
「やった!」
「さ、上がりましょう」


喜ぶ三郎を抱えて風呂から出る。すぐに手拭いで三郎の体を拭き、褌を付けさせる。浴衣を羽織らせてやれば、後は三郎でも帯を結べるので梅雨は自分の体を拭いていた。
風呂から上がった三郎は、浴衣を着ると狐の面を付ける。変装をしていない時は常に付けているように、と言い付けられたものだ。
面を顔に宛てると、後ろの紐を結ぶのは梅雨の役目だ。三郎にはまだ一人ですることができない。

そうして、着替えを済ませた二人が部屋に戻ると、布団を敷いた。白い敷布の上に、三郎が横になる。


「三郎、何か欲しいものはある?」
「うーん…すこし、のどがかわいた」
「水分をとらないとね。待ってて」


梅雨が湯呑みに水をくんで持ってくる。
二人で並んで布団に入っていると、三郎がピタッと体を寄せてきた。狐の鼻が当たって少し固い。もういいか、と踏んで梅雨は面の紐を緩めた。


「ふふ、どうしたの?甘えてくるのね」
「おふろにはいったときもそうだったけど、ははうえはやわらかくて、きもちいい…」
「三郎も温かいから、抱いてて安心するわ」
「ははうえは、わたしのことすき?」
「えぇ、誰よりも好きよ。愛してるもの」
「…わたしも、ははうえが…いっとうすき……」
「三郎…あら、」


緩く頭を撫でていた三郎から言葉が聞こえなくなったので、ふと自分の胸元を見てみると、梅雨の胸に顔を埋めて眠る三郎の姿があった。すやすやと、気持ち良さそうな寝息を立てている。

いっとう好きなのは、私の方…

幸せそうな我が子を抱いて、梅雨も目を閉じた。

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