三郎の三才の誕生日が近付いた頃、梅雨は三郎を連れて山のとある場所に来ていた。
そこは山の中とはいえ、人の通る道からは外れ、けれど少しだけ開けた場所であった。
一見ただの平地かと思いきや、よく見るとところどころ漬物石程度の石が転がっている。
三郎は初めてくるそこへ興味津々で―――正確には山の中全体に、である―――目はころころと映すものを変えている。

梅雨はある石の前まで三郎を連れてくると、静かに膝をついた。

――石には、鉢屋の中でも一部の者にしかわからない暗号が彫られている。

そこに刻まれているのは、とある女性の名だった。
当主である弥之三郎が唯一愛し、その男の子を産み、亡くなった……奥方の名前が刻まれている。

何故暗号なのかといえば、ここが鉢屋宗家の墓であるからだ。
歴代の当主とその妻たちの骨がここに埋まっている。
万が一誰かがここを通りかかったとしても、それが鉢屋の墓だとはわからせないための処置なのだ。
そもそも、転がっている石が墓石とさえ気づかないだろう。

なんとも寂しい…けれどとても現実的な墓だ。
それが、今の梅雨にとっては好都合だった。


梅雨は三郎を横に立たせると、そっと目を閉じて祈る。

お久しぶりでございます。
私が弥之三郎様の元に来た時のご挨拶以来ですね、と静かに言葉を念じた。


今回は、三郎様の成長した姿をお見せしようと思い、参りました。
三郎様はお立場ゆえに、次にお見えできるのは恐らく十年は後になることでしょう。
あとひと月もすれば、三郎様は三つになられます。
なれば、鉢屋の跡取りとしての厳しい修行が始まるとともに、真実を知らせることができる年になるには、まだまだかかります。
実の母であるあなた様のことを三郎様に何一つお伝えできないこと、どうかお許しください。
私は、三郎様を私に引き合わせてくださったあなた様に感謝しております。
責任を持って、立派に育てあげてみせますゆえ。
ここまで大きくなられた三郎様のお姿を、今しかと見おさめ下さい。
あなた様が命を賭してお産みになられたお子は、とても可愛らしく、忍としても素晴らしい素質を持っておいでですよ。
将来が大変楽しみです。

ですからどうか、安心なさってお休みください。
そしてこれからもどうぞ、三郎様をお守りくださいませ。
あなた様のご冥福を、心より祈っております。





風が吹いた。
梅雨は三郎を抱き上げると、今一度墓石に向かって頭を下げる。
三郎はきょとんとした顔をしていたが、梅雨にならって自分も頭を下げた。


「さて、帰りましょうか」


三郎を抱きしめた梅雨の表情は優しく、穏やかで。
三郎はつられるようにして笑った後、何かに気付いたように、一度だけ…墓の方を振り返ったのだった。

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