「う……はぁ、」 「三郎…」 「ははうえ…あつい、よ…」 年の瀬に近い日のこと。 三郎が熱を出して寝込んだ。 「うぅ……やだ、くるしい…っ」 「嗚呼、三郎……可哀想に、」 三郎の育児を任されている梅雨は、熱に苦しむ三郎の看病を続けながら、我が子の姿に悲しんだ。 子供というのは、ちょっとしたことで体調を崩しやすい。 特に三郎は、免疫力がまだ他の子供に比べても相対的に低かったこともあり、その頻度はより高かった。 つい先日、一緒に遊んだことが嘘のように感じられる。 濡れた手ぬぐいを交換しながら、梅雨は汗で固まった髪を梳いてやる。 「ははうえ、わたし…しんじゃうの…?」 あまりの苦しみに、三郎の口からそんな言葉が漏れた。 「熱くらいでは、滅多なことでは死なないわよ。大丈夫」 そう言って努めて明るく振る舞った梅雨だったが、内心では最悪の可能性も考慮している。 何せ熱を出してからの三郎は酷く衰えていくばかりだったし、熱は三郎の体力を容赦なく奪う。 薬を与えてはいるが、子供に大人と同じだけの量の薬を与えることはあまり良いとはいえず、微量な量では熱は下がってくれない。 梅雨は三郎が残した粥を片づけて、山に入る準備をした。 「ははうえ、どこにいくの…?ここにいて…」 梅雨がどこかに行ってしまうと気付いた三郎が、泣きそうな顔で見上げた。 それを見た梅雨はすぐに三郎の手を取って、頭をなでる。 「大丈夫よ。ここにいるから…」 「本当に?いなくならない?」 「えぇ」 「ははうえ…」 三郎は小さな声で梅雨を呼んだ。 人は体が弱ると、気持ちまで脆くなる。 それは子供も大人も変わらない。 けれど、三郎はまだ2才なのだ。 母を恋しいと思い側にいて欲しい気持ちは人一倍だ。 梅雨は三郎が眠るまでずっと手を握り、完全に寝入ったことを確認すると冷たい風が吹く外へと出て行った。 三郎のためにも、早く薬を用意してあげなければならない。 外に出た梅雨は、解熱に必要な薬草を集めて山の中を歩きまわった。 冬場は木々が枯れ、植物自体が少ない。 その中ですぐに見つかり、解熱として使えるものは……と考えて、クズが思い当たった。 クズの根は葛根(かっこん)といい、発汗・解熱作用がある。 昔から風邪薬の特効薬として使われていて、梅雨が子供の頃からなじみのある薬草だった。 さらにクズは多年草とあって、繁殖力も強く、すぐに見つけられる。 梅雨は三郎に与えるだけの必要なクズを手に入れると、すぐに屋敷へと戻った。 手足は冷たくかじかんでいる。 部屋を暖めていた火鉢に近づくも、さっと暖をとると作業に入った。 とってきたばかりの葛根を手早く処理していく。 本当は干してから摩り下ろすのが良いのだろうが、そうも言っていられなかった。 「……ははうえ……?」 しばらくして、三郎が目を覚ました。 「どこ……いない…」 「ここにいるわ、三郎」 か細げな三郎の声に反応して、梅雨は柔らかい笑みを向けた。 起きた三郎を着替えさせ、粥を与えて薬を飲ませる。 三郎は葛根を煎じた薬に酷く顔をしかめたが、母である梅雨が無言で見詰めていたので我慢して飲み込んだ。 そうして一通りの動作が終わると、三郎は再びうつらうつらとしてきた。 顔色は、先ほどよりも良くなっている気がする。 「さ、もう寝なさい。風邪をひいた時は寝るのが一番よ」 「そばに…」 「いてあげるわ。ずっと、三郎が寝た後も」 だから安心しておやすみ。 梅雨の声に、三郎は重たくなった瞼をゆっくりとおろし、夢の中へと入っていった。 数日後には、元気になった三郎の笑い声がまた聞こえてくるのだった。 |