それから八左ヱ門が私の部屋を訪れたのは、三日後のことだった。天井裏からやってきた彼は既に顔面蒼白で、私を見るなり土下座してきたのだ。

「…何のつもり」
「すまん!!!」
「何のつもりかって聞いてるの」

私は自分でも思ったより低い声が出て、目の前の八左ヱ門に問い掛けた。多分、やってきた理由はわかる。大方今になって私の誕生日や約束を思い出したのだろう。私はとうに涙は枯れ果て、ようやっと落ち着きを取り戻したばかりだと言うのに…間の悪い男だ。

「梅雨の誕生日…今朝になって思い出して、それで、あの時何で梅雨が怒ってたのか、ようやくわかって…」
「誰に聞いたの?」
「え?」
「誕生日。…どうせ八左ヱ門が自力で思い出した訳じゃないんでしょ。八左ヱ門に私の誕生日を教えたのは誰」

意地悪だけど、これだけは譲れないと思って私は聞いた。八左ヱ門はしばらく黙った後、それでも弱々しく「雷蔵に…」と答えた。途端、私の胸はきゅうと締め付けられた。あぁやっぱり、自分から思い出してくれた訳じゃなかったんだな。八左ヱ門にとって、私なんて所詮そんなものか…と自嘲した。
八左ヱ門は顔を上げないまま、言葉を続ける。

「ごめん…謝って許してもらえるとは思ってないけど、本当に悪かった」
「………」
「梅雨の約束だけじゃなく、誕生日を忘れるなんて…どうかしてた。あの時のお前は、俺を引き止めたかったんだよな…」

弱々しく謝る八左ヱ門の姿は、いつになく頼りない。体は大きいのに、口にしているのが謝罪の言葉だからだろうか。
私はいい加減黙るのを止めて、口を開いた。

「あの時だけじゃないわ…本当は、いつだって行かないで欲しい。でも八左ヱ門の仕事も理解しているつもりだから、今までずっと我慢してた…」
「梅雨…」
「八左ヱ門にはわからないでしょうね。いつも目を覚ました時には一人の私の気持ちなんて……せめて、あの日くらいは一緒にいれると思って、期待してたのに…あなたは微塵も覚えてはくれなかった。期待した私が馬鹿だった…」
「ごめん、本当にごめん…」
「…好きじゃなかったらこんなに怒らない。だけど、八左ヱ門は私がどうしようもなく好きで愛してる人だもの…悲しくならないはずがないわ、」
「あぁ…」
「出て行った後も、ここに来るまで三日もかかるし…私がその間、どんな気持ちでいたか…」

ボロリと、涙が零れる。もう水分なんて出し切ったと思っていたのに、まだいくばくか残っていたらしい。涙腺が崩壊し、とめどなく溢れ落ちるそれを、着物の袖で乱雑に拭った。八左ヱ門がゆっくりと顔を上げると、彼は私以上に酷い顔だった。

「な…んて、顔してるのよ…」

思わず言ってしまったその言葉。撤回するには遅く、八左ヱ門は私を抱きしめた。

「ごめん…好きだ、別れないでくれ…」
「っ、八左…」
「嫌だ。好きなんだよ、俺…お前以外に好きになれる奴なんかいない…お前に見放されたら、俺、は…」
「…ふ、ぅぅ…」
「梅雨…好きだ…」

ぎゅぅぅぅ、と強い力が腕にこめられる。私は決して抵抗をしなかった訳じゃない。ただ、八左ヱ門が絶対に離さないというようにきつく抱きしめるから、元々あった男女の力の差以上に、私は抜け出せなかった。
二人して子供みたいに涙を流す。変なの、何で私たちこんなことしてるんだろう…

「八左ヱ門は、まだ私といたいと思ってくれる…?」
「ったりまえだ…!」
「じゃぁ、もう約束を忘れないで。誕生日、覚えていて。あんなに悲しい思いはもうしたくない…」
「ごめんな…もう絶対忘れねぇ。梅雨に寂しい思いなんてさせないから」
「うん…」
「誕生日…やり直そうな。祝わせてくれるか?」

八左ヱ門が耳元で囁いた言葉に、私は静かに頷く。ただ小さく、あなたの口から聞けた誕生日を祝う科白が、じんわりと私の心を満たしたのだった。

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