ほんのりと朝日が差し込む気配で目が覚めた。ふと隣を見れば、昨夜あった温もりは既になく、あぁ今日も生物の世話かと思った。
私と恋仲にある竹谷八左ヱ門という男は、5年生にして生物委員会の委員長代理を務めている。責任感があり、後輩の面倒見も良い彼が朝早く生物の世話に行くのなんて、もう当たり前のこと。さすがに実習で学園にいなければ、その任は後輩に移るのだけれど、それ以外は八左ヱ門の仕事だ。朝早くの義務を、まだ成長しきっていない後輩たちに押し付けるのは嫌だと言っていた。
だからこうして、私の部屋にやってきた翌朝も、私に気付かれないよう、こっそり抜け出しては生物の世話に行ってしまう。休みの日だって例外はない。眠る時は二人でも、朝起きると私はいつも一人だ。

別に八左ヱ門が悪い訳じゃない。生物の世話をしている彼が私は好きだし、とても大切な仕事だと思う。だけど、朝起きた時、たまには隣にいて欲しいとも思うのだ。毎回目が覚めれば寝間着にも袖を通さぬ女が部屋に一人残され、男の方はとっくに部屋を後にしている。幸福の余韻さえ浸れない。
過去に私はお願いをしてみたことがある。一度でいいから、私が誕生日の朝くらい、一緒にいてと。八左ヱ門はちょっと困った顔をした後、それでも『梅雨にはいつも寂しい思いをさせてるもんな』と言って了承してくれた。その日だけは後輩に仕事を頼んで、一緒にいてくれると。果たして彼はその約束を覚えているのだろうか。

誕生日まで、あと三日。予定ではその日は学園が休みで、八左ヱ門とは逢い引きの約束をしている。だとすると、前日の夜にはまた私の部屋に忍び込んで一緒の布団で眠るのだろう。あの時の約束を覚えていれば、その翌朝までずっと。僅かばかりの期待が胸を高鳴らす。早く時間が進めばいいのに。そんな子供じみたことを考えながら、私は今朝も一人の朝を迎えた。



※※※※※



目を覚ましたのは、多分奇跡的だったと思う。緊張して深く眠れなかったのかもしれない。
空が白み始める前に意識を覚醒させた私は、布団の横で身支度を整える八左ヱ門の背中を見つけた。その瞬間何やら嫌な予感がして、布団の中から八左ヱ門の装束に手を伸ばした。

「どこ行くの、八左ヱ門…」
「ん、梅雨…起こしちまったか」
「ねぇ、そんなことはいいの――こんな時間に、着替えて、どこに行くの…?」
「どこって、飼育小屋だけど」

八左ヱ門はきょとんとした顔で答えた。さも、それが当然のことのように――確かにいつもは当然のことだ。けれど、今日は…今日だけは違ったはず。私の誕生日だ。
私は八左ヱ門が約束を覚えていなかったことに酷く衝撃を受け、俯いた。

「どうして…行くの、」

絞り出した声は震えていたかもしれない。

「どうしてって、世話してやんないと死ぬだろう。生物なんだから」
「それはわかってるよ…」
「じゃぁ何だ?梅雨は俺がいつも生物の世話をしてるの知ってるだろ?」
「知ってるよ…でも、今日くらいは私を優先してくれたっていいのに…」
「あー…何だ拗ねてんのか。珍しく俺が帰る前に起きたから」
「っ、八左ヱ門のばか!」

ばちん!
と私は八左ヱ門の頬を容赦なく叩いた。突然のことで八左ヱ門は目を丸くしている。しかしすぐに状況を理解すると、いつもとは違った顔で私に掴みかかろうとした。

「な…にすんだよ!」
「やだ、やめて離して!」
「何に怒ってんのかは知らないけど、今のはないだろ!何だよ、俺が何したって言うんだよ」
「何もしないからでしょ――!?」

押し倒されたまま、私は八左ヱ門を見上げた。感情に任せてひっぱたいたけど、私の目には多分涙が浮かんでいる。八左ヱ門がハッと息をのんだのがわかった。こんなこと、初めてで戸惑っているのだろう。だけど私だって譲れない。

「…って」
「は?」
「帰ってって言ったの!早く生物の世話でも何でもしたら!?もう顔も見たくない!」
「な…!」
「十秒以内に出て行かないと大声を出すわよ!もう出てって!!」

私は外に漏れない程度の、けれど限界まで張り上げた声で八左ヱ門を威嚇した。私のそれを本気と受け取った八左ヱ門は、小さく舌打ちをするとすぐに身を翻し、私の上から退く…と同時に、荷物をまとめて天井裏へと消えた。その間、きっかり十秒も経っていない。筆記ではあまり成績の良くない八左ヱ門だが、さすがというか、身のこなしだけは良かった。
八左ヱ門がいなくなった部屋で、私はボロボロと涙を零す。せっかく、今日は八左ヱ門と楽しい一日が過ごせると思ったのに…朝は恋仲らしく、桃色の会話を交わせると思ったのに。午後だって、逢い引きして、色々なところを回りたかったのに…全部、八左ヱ門と。
そして何より、一番に誕生日を祝って欲しかった…おめでとうって言って欲しかった。
八左ヱ門は約束どころか、私の誕生日すら忘れていたみたいだけど…そんな人じゃないって信じてたのにな。

広い部屋に一人取り残された私は、鳴咽を漏らして泣きながら、人生で最悪な誕生日を過ごした。

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