くのいち教室の放課後は、比較的ひまである。
特別な理由がない限り委員会に所属することもなく、出された課題を終えれば後は十分好きな時間に使うことができる。
毎日演習やら実習やらで多忙な忍たまに比べたら、座学が主な私たちは体力を使うこともあまりない。もっとも、基礎的な体力作りや技術向上の為の練習はするけど。
上級生ともなると、放課後は集まって雑談をする方が多い。それが一番の暇潰しであり、情報の収集源となるのである。

そんな中、私は一人あき教室の縁側に座ってまどろんでいた。
昨夜はあまり眠れなかったので、朝から睡眠との格闘だった。何とかシナ先生の授業では起きていられたが、その他は怪しく…特に食後である午後の授業はたまったもんじゃなかった。
何度あくびを噛み殺したことか。

私は疲れてたり、眠かったりする放課後はよくこの場所に来ていた。あまり人通りはなく、心地良い風が通るのだ。
このまま少し寝てしまおうかと思った時、慣れ親しんだ声に呼ばれた。


「あれ、梅雨?」


閉じた瞼を開ければ、傷んだ髪が特徴の竹谷が映る。
目を擦りながら頷けば、彼は笑顔を向けながら駆け寄ってきた。手には割り箸を持って。


「こんなところで昼寝してたのか?」
「うん…少しだけ眠くて」
「いいけど、だったら長屋に戻った方がいいんじゃねぇか? 布団だってあるんだし」
「ほんの少し、のつもりだったからね…、竹谷は今日もそれ?」
「ははは、その通り…」


割り箸をさして言えば、苦笑しながら頭をかいた。
どうやら今日も生物委員会の生物が脱走してしまったらしい。伊賀崎いわく、脱走じゃなくてお散歩なんだそうだけど。


「大変だね、手伝おうか?」


竹谷たちの苦労を知っている私は、すぐにそう申し出た。けれど竹谷は首を横に振って、大丈夫だと言う。


「気持ちはありがたいけど、万が一毒を受けたりやかぶれたら危ないからなぁ。特にくのたまはそういうのに気を遣ってるだろ?」
「それはそうだけど」
「俺も、梅雨の肌に傷でも付いたらやだし、痛い思いはさせたくないしな。大丈夫だ、いつものことだし、みんなで終わらせられる」


竹谷はそう言って、ぽんと私の頭を撫でた。
いつもながら、優しい恋人である。
それから、どこに脱走した虫たちがいるかわからないから、ここじゃなくてくのたま長屋に戻るように言われた。


「じゃぁ、気をつけてね」
「おう、またな」


竹谷に手を振って別れを告げる。
一人で長屋まで帰る途中に、今度は鉢屋と出くわした。


「よう。何してんだ?」
「長屋に戻るとこだよ」
「八左ヱ門には会いに行かないのか?」
「竹谷は今、虫さんたちと追っ掛けっこだから」


そう言えば、鉢屋もすぐに理解したようで少しだけ表情を崩した。


「やれやれ、またか。あいつも懲りないな」
「生物委員会の予算も少ないしね。大掛かりな補強でもしないと無理じゃない?」
「まぁ、その通りかもしれないが」
「鉢屋も手伝ってあげればいいのに」
「冗談じゃない! 私は先週あいつらと一緒に夜中まで探し回ったんだぞ。しばらくは手伝ってやらない」


その時の事を思い出してか、鉢屋は忌ま忌ましいものでも見るような顔をして、盛大に否定した。


「じゃぁ、梅雨は結局暇なのか」
「そうでもないよ。軽く昼寝したら課題に取り掛からなきゃいけないし」
「そうか、なら邪魔はできないな」
「鉢屋のいたずらには手を貸さないからね」
「そう言うなって」


そんな他愛のない話をして、鉢屋とも別れた。

鉢屋は、無理に私を連れ出そうとはしなかった。
以前なら強引に学級委員長委員会の部屋に連れて行かれて、そこでよく一緒にお茶を飲んだり雑談をしたけど、私が竹谷と恋仲になってからは一切なくなった。
一応、そういうことには気を遣えるんだと感心したけど、当の竹谷はほとんど委員会でいないし、私は余計暇になってしまったのだ。
だからと言う訳でもないが、鉢屋も声はかけてくれるらしい。私もたまになら遊びに行って、にんたまの後輩たちに会う事を楽しみにしていた。
そんな日常が幸せだった。





――気付いてしまったのは、いつからだったのだろう





夜、布団に入ってからのこと。
一人部屋の私は話し相手もおらず、いつも本を読んでから寝る。借りてくる物は色々だが、どうやら今日のはイマイチだった。
つらつらと続く文章をぼんやりと眺めていると、油に燈された火が僅かに揺れた。風だろうか、と思うより早く天井の板が外れて、そこから人影が見えた。


「よっ」


やってきたのは竹谷だった。
私は薄く微笑んで、読みかけだったそれを閉じて招き入れる。


「大丈夫、見つからなかった?」
「あぁ、さすがにこれだけ通えばな」
「そっか。あ、昼間の毒虫たちはちゃんと見つかった?」
「もう大丈夫だぜ。さすがに疲れたけどな〜…あいつらどうしていつも勝手に出て行っちまうんだ…ちゃんと鍵も閉めてんのに」


疲れ切った顔をした竹谷の背中をさすり、まぁまぁと宥めた。


「お疲れ様。でも、それが生物委員会のお約束ってやつじゃない?」
「梅雨〜」


くすくすと笑うと、竹谷はぼふんと布団の上に寝転がった。そのまま私の体を引っ張り、一緒に横になる。


「せっかく来たんだから、ちゃんと癒させてくれよ」


どこのオッサンよ、と思った言葉は飲み込み、竹谷の体に身を寄せた。
そうすれば後は、二人の時間だから。

――私とここにいる男、の…





竹谷の抱き方は、二通りだった。
色々試しながら激しくするか、優しいのに段々激しくなるか。前者の時は私が何をしても竹谷は受け入れてくれるし、喜ぶ。けれど後者の時は、あまり体にも触らせない。
私は最初、竹谷のその日の気分だと思った。

けれど、そんなある日、気付いてしまった。
あまり体を触らせない日の竹谷の顔が、作り物の皮だということに。見ただけではわからないくらいの、ほんの少しのズレが、私の指先に触れた時…私は一瞬で私を抱いているのが竹谷ではないことに気付いた。
髪も、顔も、声も確かに竹谷なのに、中身が違う…驚いて突き飛ばそうになった。けれど、その時聞こえた掠れた声がやけに耳に残って、できなかった。


『っ、梅雨…好きだ、梅雨…』


その瞬間、私は相手が誰なのかを理解した。
竹谷と同じくらいの背格好で、こうも完璧に変装できるのは…一人しかいない。鉢屋だ。
けれど、何故。答えなんて、今この状況を見れば、一つしかなかった。

突然判明した事実をどう対処して良いのかわからなかった私は、結局その日、竹谷になりきった鉢屋に今まで通りの私を演じ切り、空が白む頃帰した。

一体いつから竹谷の姿になって私の部屋を訪ねて来ていたのだろう。
気付かなかった自分を責めたが、正直完全に竹谷になりきった鉢屋を見破ることなどできない。普段でさえ、彼が変装した他の人物にいつも騙されていたくらいだから。


それからは、色々と悩み考えた。
このことを竹谷に言えば、彼は私を怒ることはないかもしれないが、間違いなく二人の間で喧嘩となる。彼等が日常で仲良くしていることを知っている私は、そうなることを望んでいなかった。
また、鉢屋があそこまでしてきたからには彼なりに限界だったのだろう。そう思うと、鉢屋を責めることも憚られた。
だって、そりゃよく騙されたりいたずらに巻き込まれたことはあるけど、彼は決して私のことを傷付けたりはしなかった。むしろ思い返せば、甘やかされてばかりだった。

だからこそ、言ったところで鉢屋が素直に頷いてくれるかわからなかった。私が気付いてしまったことすら悟られたくなくて、私はずっと騙してきた。
竹谷も、鉢屋も、両方。
そして今夜も…



「ん…はぁ、あっ、ねぇ…」
「ん?」
「私のこと、好き?」
「あぁ…好きすぎて、狂っちまいそう…」
「あっ、あん、や、はち――」


八左ヱ門、鉢屋。
どっちに聞こえるかは、あなた次第。


鉢屋の腕に抱かれながら、今も虫たちを探しているであろう竹谷に、私は心の中で懺悔した。


不条理な関係

(ごめんなさい…)




相互して下さった潮ちゃんに捧げまする!
遅くなってごめんよ><
竹谷か鉢屋のはずが、はからずも両方(むしろ鉢屋オチ?)になってしまった…だ、大丈夫だろうか;
書き直した方が良ければ遠慮なく言ってね!
では、これからもよろしく!!(^O^)

2011.05.15
みどりーぬ

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