喜八郎は八左ヱ門から視線を外すと、手当たり次第に部屋の中の物に触れたり、美味しそうなまんじゅうを勝手に食べ始めました。 「すいません、遅くなって」 「ようやく戻ったか」 「で、伊作は見つかったのか?」 「はい。穴に落ちてました」 「穴に…」 「あいつはとことん不運なやつだな」 「それで、お前が連れてきたあいつは誰だ?」 「綾部喜八郎というそうです。伊作先輩が落ちた穴を掘った張本人の…」 「何だと?」 「俺も手がいっぱいいっぱいだったので、手伝ってもらったんですよ。そんなに悪い奴じゃありません」 「なるほどな…」 ちらり、と仙蔵を始めとする仲間たちは黙々とまんじゅうをほうばる喜八郎を見ました。 そこへ、お腹をすかせた王子様が現れます。 「えへへ、おまんじゅうおまんじゅう〜♪…って、あぁっ!」 王子様の声に一斉に視線がそちらに向かいます。 「私のおまんじゅうが〜!せっかく福富屋から貰った、おいしいって評判のおまんじゅうだったのに!!!なくなってる!」 「おやまぁ。このおまんじゅう、雪男さんのだったの?おいしかったよ」 飄々と答える喜八郎に、王子様はじだんだを踏みました。 「酷い!人のもの勝手に全部食べちゃって!それに私は雪男じゃないもん!!」 「いや、だからお前その格好で言っても説得力ないぞ…」 「うるさいモップ!」 「俺もう完全にモップ扱い!!」 「怒ったわ!あんた、福富屋に代わる美味しいお菓子を私に献上しなさい!さもないと、お家取り潰しの刑よ!!」 「それは困ったね」 自宅には喜八郎の帰りを待つ三人の娘がいます。 上の二人はどうでもいいのですが、末娘の雷蔵だけは酷い目に遭わせたくありません。 そこで喜八郎は考え、わかったと呟いたのでした。 「すっごくいいの持ってくる」 「本当?」 「僕のお墨付きだから大丈夫」 「それ何か怪しいけど…いいわ、待ってる。早く持ってきてちょうだい!」 王子様は期待をこめて喜八郎を家に帰しました。 が。 「あのー、こんにちは。不破ですけど、喜八郎が言ってた城ってここで合ってますか?」 「そうよ。あれ、喜八郎は?」 「ビクッ(熊!?)え、えっと、掘りたい穴があるとか言って、代わりに僕が伺いに来たんですけど…」 「何だと!?あいつ庭中を穴だらけにする気か!!」 「わっ!あああアヒル…!?」 雷蔵は突然現れたアヒルのおもちゃが騒いだので、驚きました。 「あー、怖がらなくていいわよ。あれはああいう仕様だから」 「え、あ、うん」 「おいこら梅雨!だれがそういう仕様だ!」 「ビクッ」 「ほら、留先輩が怒るから雷蔵がまた怖がるでしょー」 「す、すみません…!」 雷蔵は謝りながら、変な人たちに関わってしまった気分でした。 とりあえず用件を伺おうと、口を開きます。 「あの、それで僕はここで何をすればいいんですか?」 「ん?」 「え、美味しいお菓子は?」 「あ、すみません手ぶらで…何しろ喜八郎にはすぐに城に行ってきてとしか言われなかったんで、何も持ってきていないんです」 申し訳なさそうに謝る雷蔵に、王子様はガーン! という音が似合いそうな程壮絶な顔をしました。 全身を覆う毛のせいで、雷蔵には見えませんでしたが。 「お…お菓子持ってきてないの!?」 「え、あ、ないです…」 「そんなぁ〜!じゃぁ何で雷蔵が!?」 「ふむ…大方身代わりにでもされたか」 「み、身代わり?」 「ちょうどいい。ずっとこんな格好で退屈していたんだ。不破は私が貰うぞ」 「えー、ずるい!私はバレーボールをしたいぞ!」 「ボールがバレーボールしたいなんて言うなよ…」 雷蔵の理解できないところで話はどんどん進んでいきます。 一方で、王子様は床に転がって暴れ出しました。 「いやぁぁぁ!喜八郎の嘘つき!騙された!!」 「あ、あの…」 「私のおまんじゅう全部食べちゃったくせにー!」 「え!」 「やだやだやだやだ、甘いものが食べたいよー!」 ごろごろごろごろ。 毛の塊は、床を転がっていきます。 しかし切っても切っても次々と伸びてくる王子様の毛は、動いているうちに絡まって、さらに色々なものを拾い集めるので、酷い状態でした。 そう思っていると、今もまた床を這っていた虫が一匹、仲良く王子様の毛と一体化しました。 「ギャァ!」 王子様は悲鳴を上げて助けを求めました。 「ヤダ、虫!ちょ、いやいやいや誰か取ってよー!た、竹谷ァ!!」 「竹谷は今厠だぞ」 「何でモップが厠に行くのよ!」 「だから掃除しに…」 「あいつ自分の体で厠掃除までしてんの!?馬鹿じゃない!?」 王子様は叫びますがモップは戻ってきません。 うっすらと涙を浮かべそうになった時、横からひょいと雷蔵の手が虫を取りました。 「へ…?」 驚きのあまり、声にならない王子様。 雷蔵は苦笑して、取れたよと言いました。 「自分の髪に虫がつくのは嫌だよね。僕も湿気で髪が広がる度に同じ目に遭ってるから、その気持ち凄くわかるよ」 「………」 「後ろを向いてくれる?まだついてるかもしれないから、見てあげるよ」 と、雷蔵が手を伸ばしたその時です。 ぶわっ、と、まるで音がしたように王子様の毛という毛が床に落ち、そこには雪男や熊と称されたあの毛むくじゃらではなく、元の姿に戻った王子様が佇んでいたのです。 じっと雷蔵のことを見つめながら。 「え!?い、一体何が…」 「素敵…」 王子様は手を組んで雷蔵に詰め寄ります。 「私のために…こんな優しい人、今までに出会ったことがないわ。惚れた」 「え、えぇ!?」 「オイコラ、それは俺達に対する厭味か」 横を向けば、いつの間にか魔法で人外に変えられていた文次郎たちまでもが、人の姿に戻っていました。 しかし王子様はそれを一蹴しつつ、 「ギンギン先輩は黙ってて!…ねぇ雷蔵、私と結婚しましょう」 「結婚!?」 「私、あなたの為なら身も心ももっと女らしくなれる気がするの」 「え、だ、だって…えぇ!?」 迷ってうろたえる雷蔵をいいことに、畳みかけます。 後ろで傍観していた仙蔵たちは、魔法がとけたことと、王子様が少しでもおしとやかになるならと、誰もが賛成する勢いです。 「なに、安心しろ。梅雨はこれでも王子だ。不自由な生活にはならんさ」 「で、ですが…その、急に言われても…」 「素直にこいつと結婚してくれれば、喜八郎が食べたまんじゅうの件については不問にしてやるが」 「そ、そうだった…!」 雷蔵は頭を抱えて悩み、ついには大雑把な性格をあらわにし、あっさりと結婚することにしてしまいました。 「まぁいいや…結婚なんて、しちゃえば割と馴染むかもしれないし」 「いや、その考え方は間違ってる気がするが…」 「とにかく、雷蔵は私と結婚する!これで一件落着ね!」 「全ての元凶が偉そうにまとめるんじゃねえ!」 一方その頃、厠の掃除をしていた八左ヱ門は床に頭をこすりつけて泣いていました。 「チクショウ…何でモップ部分が俺の髪の毛なんだよ…俺ずっと逆立ちしてたってことか…?」 その後、雷蔵は無事王子様と結婚しました。 結婚披露宴ではいとこの三郎が乱入したり、二人の姉が騒いだり、父親は相変わらず穴を掘り続けていますが、それも余興の一つです。 二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。 めでたしめでたし。 |