昔々、ある所に梅雨という、とてもだらしない王子様がいました。
王子様は美容を大切にする魔女・山本シナに注意されても、中々身嗜みを整えようとはしませんでした。
放っておいても自分を世話する髪結いのタカ丸や、豆腐好きな兵助が食生活を始めとして何から何まで面倒を見てくれるからです。

「そんな状態で、好きな人ができたらどうするんです」

ある日とうとうシナは怒って、王子様を許せずにはいられなくなりました。

「梅雨さん、少し反省なさい」
「ふぇ?」

シナは王子様に毛がもじゃもじゃ生える魔法をかけると、自分は老婆の姿になってさっさと消えてしまいました。
残された王子様は自分の姿を見てキョトンとします。
全身の毛という毛がもっさり生え、まるで雪男のようにふさふさしてたのです。

「なんじゃこりゃ!?た、タカ丸ー!!」

王子様は慌ててタカ丸を呼びました。
しかしタカ丸は中々現れません。
どこからか声は聞こえてくるはずなのに…

「ちょ、動きにくいしこれ…兵助でもいいから、誰か来てってば…何なのよもう…」

王子様は諦めて自分の足を動かします。
すると、どこからか「大変だー!」と騒ぐ声が聞こえ、振り返るとそこには走るモップがいました。
モップが…。

「あ!お前梅雨か!?大変なんだ!」
「いやあの…私さすがにモップに知り合いはいないんで…」
「何馬鹿なこと言ってんだよ!?お前だってそんなもじゃもじゃなくせに…俺だ、竹谷八左ヱ門だって!!」
「え…ハチなの?」

確かに声、話し方は八左ヱ門のものでした。
しかし…外見はやっぱり、ただの走るモップです。
王子様が顔をしかめると、一々反応するのももどかしく、八左ヱ門は状況を説明しました。

「お前っ、また山本先生怒らせただろ!城の中じゃぁみんなこんな姿だ!」
「みんなモップなの?」
「違う!兵助は豆腐に、斎藤はバナナに、勘右衛門はうどんに…それぞれ特徴あるものに変えられちまったんだ!!」
「よりによって食べ物ばっか…」
「そんなこと言ってる場合か!このままじゃみんなずっと物の姿のままだ…お前何とかしろよ!」
「そう言われても…」
「お前の責任だろうが!」
「…モップに言われてもねぇ…」
「何だと!?」
「っていうか私、どうしたらみんなが元に戻るかわかんないし」

王子様は投げやりにそう言いました。
八左ヱ門から詳しく話を聞くと、シナはどうやら王子様の教育を放り出して少し遠い温泉に行ったようです。
その間に改心しなさいという意図でしょう。

「えー、じゃぁシナ先生帰ってくるまで待つしかないじゃん」
「魔法がとけるのはそれだけじゃない…お前が改心すれば、その時点でとけるって言ってた。大体、堪忍袋の緒が切れたシナ先生が、帰ってきたところで魔法をといてくれると思うか?」
「それは…」

王子様も言葉を詰まらせます。

「そういう訳だ。何とか早いとこ改心してくれよ。このままじゃ兵助にカビが生える」
「それは泣きそうだね」

しかし、改心すると言っても王子様には具体的に何をしていいのかわかりません。
一時的に身嗜みを整えることが改心になるのでしょうか?

「とりあえず、私ははさみで自分の毛を整えてみるから、ハチは後のこと頼んだよ」
「あっおい!」

ズリズリ。
長い毛を引きずって、王子様は浴室に向かってしまいました。


一方その頃、城の麓にある町では。

「はっはっはっ、この私に勝る美なんてこの世には存在しない!なぜならぁ…っ」
「うるさい!お前はいつもいつもそうやって…少しは黙ってろ!」
「何だと!?三木ヱ門のくせに!」
「何をう!?」

「ふ、二人とも、やめなよ…」

町で美人と評判高い三姉妹の上二人は、いつも互いのことで言い争っていました。

「何やってんの?」
「あ…綾部。いつもの喧嘩だよ」
「ふうん…目障りだよね」
「(うわ、ズバッと言っちゃったよ)」
「そういえばこれから僕穴掘りに行ってくるから」
「え、今から?」
「うん」
「外もう大分暗いし…まぁ綾部だったら心配いらないと思うけど、気をつけてね」
「だーいじょーぶ」

三姉妹の父、喜八郎はのんきにピースを作ると、シャベルを担いで外に出ました。
今日はどこを掘ろうか。
そんなことを考えていると、夜でも明るい城が目に入りました。

「よし、今日はあそこに決めた」

喜八郎は黙々と穴を掘り続けました。
すると掘りかけの穴に、上から何やら落っこちてきます。

「うわぁぁぁ!?」
「?」

とん、
そんな軽い音がして喜八郎の頭部に当たったのは、一つのトイレットペーパーでした。
声の主はどこに?
キョロキョロ見回しますがいません。
すると今度は、穴の外から誰かを呼ぶ人の声が聞こえてきました。

「伊作せんぱーい!…ったく、あの人どこいっちまったんだ?ん?」

すぐ近くで聞こえた声に、喜八郎はひょっこり顔を覗かせます。

「何やってるんですか?」
「うおっ!?人がいたのかよ…ビビった」
「モップ?」
「誰がモップだ誰が!!って、こんな姿じゃ仕方ねぇよな…俺は竹谷八左ヱ門だ。訳あって今はこの姿だけど、ちゃんとした人間だからな」
「おやまぁ…私は綾部喜八郎」
「喜八郎はこんなところで何やってんだ?一応ここ、城の庭なんだけど」
「穴を掘ってました」
「あなぁ?」
「そしたら頭上からこんなものが」

と、喜八郎が差し出したのはトイレットペーパー…もとい、八左ヱ門が探していた伊作でした。
八左ヱ門はびっくりして声をあげます。

「わっ!伊作先輩、そんなとこに…転がるからあれだけ動かないで下さいって言ったのに、見事に落ちてるし」
「なぁに。これも人なの?」
「あぁ、伊作先輩だ。綾部、悪いけどそれ持ってついて来てくんねぇ?見ての通り、俺は手が埋まってて…」

モップの竹谷の手には、既に眼鏡と包帯がありました。

「こいつら、そろいも揃って不運でよ…あちこち嵌まってるから、探してくるの大変だったんだ」

説明すると、喜八郎にしては珍しく素直に八左ヱ門の手伝いをしました。
いつもなら、穴を掘っている最中には、他のことには気を取られないはずなのですが。

先を歩く八左ヱ門の後をついて行くと、中にはおかしな光景が広がっていました。
そろばんや扇子、あひるのおもちゃたちが揃って、何やら話し合っているのです。
八左ヱ門はすぐにその輪の中に入っていきました。



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