昔々、海の中に三郎という人魚姫がいました。
三郎という名前は、三人姉妹の末っ子…だからという訳ではありませんが、一番年下の三郎は何かとつけて、二人の姉に弄られて育ちました。

「三郎見ろよ!生きた虫を海底まで持ってこれたんだぜ!」
「すぐ死ぬからやめろって言ってるだろ!」
「ねぇねぇ、それより何か食べるものない?俺アワビばっか食べて飽きちゃってさ〜」
「あ!お前また俺たちの分まで食べたな…しかもよりによって俺の大好物のアワビを!!」
「いやー、そこに置いてあったからさぁ」
「笑ってごまかすなよ!」
「なぁなぁ、三郎はどんな虫が好きか?今度俺がとってきてやるよ!」
「もうお前は黙ってろ馬鹿左ヱ門!!」

…毎日毎日、姉の尻拭いをさせられる三郎。
性格は少しだけ歪み、早くここから出たいと思っていました。

そんな三郎が15の誕生日を迎えた日、三郎はようやく少しの自由を貰えるようになり、手始めに海上視察をしました。
どうにかして陸上で生活できないかと考えたのです。

「っても、俺の尻尾じゃ地面は歩けないし」

ビチビチと跳ねる人魚の尻尾を見て、溜息を吐きました。上半身は人間にそっくりなのに、下半身は似ても似つきません。

その時、三郎は視界の隅で動くものを見付けました。
近寄ってみると、バナナボートにしがみついて海上を漂う不審な女がいました。
三郎が警戒しながら声をかけると、女はパッと顔を綻ばせます。

「良かった!人がいたわ!」
「は?つーか、お前誰?」
「私はそこに見える城の王子様よ!」
「えぇー…お前みたいなのが?」
「何よ。文句ある?」
「べっつに。で?その王子様が何でこんな沖合にいるんだよ。船は見えねーし、まさか一人か?」
「うぅ…そうなのよ。実は海で遭難してしまって、帰ろうにも帰れない状態で…」

王子様はバナナボートにしがみつきながら言いました。
三郎は何だか厄介なものに話し掛けてしまった気が大いにしましたが、一応話は聞くことにします。

「ちなみに遭難の理由は?」
「その…海賊王を目指して…」
「海賊王!?そのバナナボートでか!?」
「このバナナボートで、です…」
「…帰る。くだらなすぎて付き合ってられない」
「あ!ちょ、ちょっと待ってよ…!」

再び海に潜ろうとした三郎を呼び止め、王子様は慌てて頼み込みました。

「お願いだから陸まで私を連れてってぇ〜!!」
「はぁ?何で俺が…」
「連れてってくれたら、何でも言うこと聞くから!私に出来ることなら何でも…!」
「別に俺に望みなんて…」

言いかけて、三郎は言葉を止めました。
いいことを思い付いたのです。

「わかった。お前を陸まで連れてってやる」
「本当!?」
「その代わり、約束は守れよ」
「もちろん!」

返事を聞いて、三郎はバナナボートを引っ張って泳ぎ始めました。
王子様は安心したのか、機嫌よく三郎に話しかけたりして、二人はすっかり打ち解けました。
やがて陸にたどり着いた時、王子様は三郎にお礼を言います。

「やっと着いたー!地上だ!ありがとう三郎!!」
「いや」
「あ、そうだ私の名前は梅雨ね!言い忘れてたけど…」

王子様はにこっと笑って、三郎の手を取りました。
三郎はじゃぁ、と言葉を紡いで、自分の望みを言います。

「梅雨、俺と結婚してくれ」
「ぷぎゃー!」
「変な声出すなよ」
「え、だってだって…何で?え??」
「俺は海の中じゃなくて地上で暮らしたいんだよ。その為には協力者が必要だろ」
「で、でもそしたら別に結婚なんかしなくても…普通に協力くらいするのに…」
「あのなぁ、俺だって仮にも人魚姫だぞ?庶民の暮らしが合うか」
「ひどっ」
「贅沢できなきゃ地上に出てきても意味はない」
「そ、そーですか…」

王子様は半分脱力しかけで頷いた。
世間知らずと思いきや、随分と現実を知っている…

しかし約束は約束。
王子様は三郎と結婚することを了承し、三郎に贅沢な暮らしを保障することになりました。

「とりあえず俺は一度海に戻る。あ、でもその前にあれを用意してくれ」

三郎は王子様に耳打ちをします。

「それから、俺がいない間は、虫よけに隣国の姫と婚約しとけよ。事情を話せばわかってくれるはずだから」
「え、何。三郎、雷蔵のこと知ってるの?」
「雷蔵は俺のいとこで、元々人魚なんだよ。俺にそっくりだからすぐわかるはずだ」
「へー…私は名前しか知らなかったけど、そんな顔してるのね」

王子様はまじまじと三郎の顔を見てから頷き、それも了承しました。
それから、三郎に頼まれたものを用意しに行きます。

「すぐ戻るから、待っててね!」



「おい、兵助いるか?」

シンプルな貝の家に来ると、三郎はノックも無しに入りました。
ここは海の魔女・兵助の家です。
兵助は寝そべって海底チャンネルを見ていましたが、三郎が来たことを知ると顔を上げました。

「何だよ三郎」
「実はな、兵助。俺はお前に頼みがある」
「頼み?どうせロクなことじゃないんだろ」
「まぁそう言うな。なに、俺に一つ、人間になる薬を作って欲しい」

途端、兵助は顔を真っ青にしてブンブンと首を振りました。

「嫌だよ!俺、あんなに面倒臭いもの、絶対に作りたくない!作るとしたら伊作先輩の手を借りなきゃいけないし…」
「兵助」
「それに、三郎が人間になったらはっちゃんも勘ちゃんも淋しがるだろ!」
「俺は早くあの二人から離れたいんだよ!」
「だけど…」
「いいから作れってんだよ」

ぐしゃ

狼狽する兵助の顔に、白い豆腐がヒットしました。兵助はわなわなと震えています。

「こ、これは幻の豆腐…!」
「まだあるぞ。ほら」
「こっちもまた豆腐!わっ、な、なんだよ、三郎。俺のことを喜ばせたいのか…!?」
「それは前金だ。残りの豆腐は…」

ちらりと、兵助を見ます。

「わかった!人間になる薬作るから!だからその豆腐を俺に…!!」
「よしよし、いい心掛けだ」

三郎はニヤリと笑うと、兵助を早速伊作の元に送り出しました。

「早くしないと豆腐の消費期限切れるからな」

その言葉で、兵助は寝る間も惜しんで薬作りに励んだのです。

一方その頃。

「わー、ほんとにそっくり」
「はは…よく言われるよ」
「でも笑い方が違う。雷蔵の笑いは何か、苦労が滲み出ているような…?」
「そりゃぁね。三郎にはどれだけ手を焼かされたか…ようやっと離れたと思ったのに、今度は地上に出てくるだなんて…」

雷蔵は苦笑いしていました。

「でも、仲は悪くないんでしょ?」
「うん。凄く仲が良かったよ」
「じゃぁ、再会するのは楽しみだね」
「…そうだね」

と、婚約した王子様と雷蔵は仲睦まじく話をしていました。

数日後、ようやく人間になる薬が完成した兵助は、それを持って三郎に渡しに行きました。

「三郎…で、できたぞ…」
「おーおー、やっとか」
「これをやるから、早く俺に、豆腐を…!」
「ったく、お前ってやつは…ほらよ、好きなだけ食え。お前の為に用意した豆腐だ」
「豆腐ぅぅぅぅ!!!!」

数日間不眠不休で絶食していた兵助は、豆腐の山に突っ込み、嬉しさからついに気を失ってしまいました。
三郎はやれやれと肩をすくめます。

「ま、ともあれこれで人間になれるな」

三郎はさっそく地上に出て薬を使うと、痛みもなく簡単に人間の姿になりました。
初めて使う足は多少慣れないところがありましたが、それでも何とか雷蔵の元に行き、生き別れの妹として城に入ることに成功しました。
そして雷蔵と婚約していた王子様は、いつの間にか三郎と結婚することになったのです。

「ねぇ、思うんだけど雷蔵の妹になったんなら、別に私と結婚しなくてもあっちの城で不自由ない生活を送れたんじゃない?」
「あぁ?何言ってんだよ。雷蔵と一緒にいたら何もかも制限されるに決まってるだろ。ま、再会できたことは嬉しいからたまに会いに行くけど」

三郎はうきうきと表情を綻ばせます。
王子様は何となく雷蔵の気持ちを察して、そう…と答えるしかありませんでした。
その時、海岸から三郎を呼ぶ八左ヱ門と勘右衛門の声が聞こえてきます。

「三郎ぉぉぉ!戻ってこいよ!!!」
「三郎の大好きなアワビまたとってきたからさぁ!!!」
「俺だって虫とってきたぞ!ほらこんなに沢山!!」
「実はアワビに飽きたらいけないと思って、半分はもう俺が食べちゃったんだけどね!!」

ギャーギャーと何やら聞こえてきます。
三郎は軽く溜息を吐くと、ちらりと海を眺めました。

「ったく、あの左右コンビはいつまでも煩いな」

その表情を見た王子様は、でも三郎は優しいから、いつかまた彼らに会いに行くのだろうと何となく察しがついて、ふふっと笑ったのでした。

めでたしめでたし。

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