兵助と別れてよ
どうせあなたは体だけの
相手なんでしょ?
私は兵助が上京するまで
兵助と付き合ってたし、
兵助とはお互いに初めて
の関係だったんだから



件名もなく絵文字も用いない、シンプルでわかりやすい文面。
だけど頭に入ったその内容に、返信するべき文章が浮かばなかった。
だって…馬鹿とは思ってたけど、まさかこんなメールまで送ってくるなんて。


「………」


人の携帯を勝手に見るの
は違法よ
兵助はこのこと知ってる
の?

うるさい!
別れるの?
別れないの!?

別れるつもりはない
それに、あんたの話は信
じてないから

じゃぁ今から兵助とやり
直してくる
あんたがどう言ったって
、兵助が別れるって言え
ばそこまでなんだからね





それ以上、私は何かを送ったりはしなかった。
こんな馬鹿なやりとりをしたのは生まれて初めてだ。伊織は確かに学力はあるのかもしれないけど、根本的な意味でどこかおかしい。兵助を好きだという気持ちが全てなのだろうが、それにしたって…普通、しないだろう。こういうことは。
阿呆らしくなって、私は携帯をベッドに放り投げて自身も横になった。今日もバイトで疲れている。こんなメールを相手にしている場合ではなかった。
うとうとと意識がまどろみ始めたころ、嫌がらせのように鳴り響く着信音。アドレスを見れば相手は先程までやり取りをしていた伊織で、しつこいな、と思いながら開いたメールに……私は絶句するしかなかった。

メールには写真が添付してある。上半身裸の兵助が…それも、今の兵助よりまだ若い頃の。


「…なにこれ」


明らかに、情事の後だとわかる写真。
震える手でファイル情報を確認すれば、その日付は兵助が高校生の時のものだった。どういうこと…
まさか、二人は本当に…


「!」


続けてもう一通届いた。
恐る恐る開いてみれば、予想通り伊織の辛辣な言葉が、私を見下すように短く、いくつも並べてあった。
嘘だと思うのに…兵助が伊織を関係を持ったはずがないと思うのに、否定できる材料はない。信じたいのに信じられなかった。

(私は兵助が初めてだったけど、兵助はそうじゃなかった。そこは割り切ってたつもりだった)

通っている大学は違うし、出会ったのも伊織に比べたらずっとずっと遅い。
だけど、だからと言ってこんな予想外なことを、すんなり受け入れられる訳がない。受け入れたくない。
それなのに兵助とはろくに話もできない状況で、私の心はボロボロだった。

私は震える手で携帯を閉じた。何も言い返しはしまい。
ただただ、耐え切れず零れた涙を隠すように拭った。



それから数日経って、兵助からメールが届いた。
伊織が試験の日に、久しぶりに会えないかと。私と時間を過ごしたいと言ってくれた。長く続いた緊張もこれでようやくひと段落だとも。
私は内心、兵助のことをまだ信じきれてなかったが、このままうやむやにしてしまうのも良くないと思い、会って真相を確かめることにした。
もし兵助と伊織の間に、過去に関係があったのだとしたら、今更部屋に泊めた兵助を私は許さない。だけどあの写真は何かの間違いで、二人は潔白だというなら、兵助に洗いざらい話してしまった方がいいだろう。今後のことを考えて。

再会は兵助の部屋だった。もう一ヶ月近くお邪魔していない、彼の部屋に行くのには何故か少しだけ勇気が必要だった。
万が一部屋の雰囲気が大きく変わってたらと思うと、気が気じゃなかった。ただでさえ恋人が他の異性と一時期的にも暮らした部屋だ。

私は、兵助に会ったらまずあの写メのことを聞こうと思いながら、兵助の部屋を訪ねた。始終気持ちが乱れっぱなしの私を、兵助は以前のようにあたたかい笑顔で迎えてくれる。少し、痩せただろうか。


「ちゃんとご飯食べてる?」
「必要な分はとってるよ」
「とか言って、毎日豆腐だけじゃ足りないんだからね」


そんな冗談を言いながら、一歩部屋に入って絶句する。


「あぁ、ごめん…梅雨が来るまでには、って思ったんだけど、ちょっとまだ散らかってる」


俺も伊織も余裕なかったからな…と背後で呟いた兵助の声に、私は何も応えられなかった。
兵助にしては珍しく散らかった部屋。とは言っても大きな物は片付けられているし、それ程までに汚れた気はしない。
ただ、その中で目に付いたのは、ところどころに散乱した私の私物で…置きっぱなしにしてた化粧品だとか、着替え、あげくの果てには兵助とお揃いのカップまでもが、明らかに使われた後だった。


「何…これ……」


呆然と佇む私の言葉を聞きそびれた兵助が、何が?と聞き返した。


「何が…じゃないよ、何でこんなことになってるの!?」
「こんなこと、って?」
「私が兵助の部屋置いてた私物…服も化粧品も、全部勝手に使われてるじゃん! あの子が使ったんでしょ!?」
「そうだけど、伊織は元々持ってきた荷物が少なかったし、買ってくる余裕も…」
「そんなの関係ないよ!」


兵助の言葉を遮り、私はぴしゃりと言い切った。


「いくらなんでもこれは酷いよ兵助…」


私が啜り泣く声をしたからか、兵助はぎょっと目を見開き、慌てふためいた。


「いくら幼馴染だからっていってもさ…相手は女の子なんだから。ちょっとの間泊めるって言ってもホントは凄く嫌だし、我慢してた…なのに勝手に私の物まで使わせたりするから。私今、凄く気分が悪い」
「それはでも、仕方がなかったことだから…」
「仕方なくないよ。言ってくれれば私が買い物に行ったし、ご飯だって作った」
「そこまで梅雨に迷惑はかけられない」
「迷惑とかの問題じゃない! …兵助は、全然わかってないよ。私が何をこんなに嫌がってるのかを」
「………」
「勝手に私の物を使われたのは嫌。でもそれ以上に、兵助が他の子と一つ屋根の下で暮らしてるのが堪えられない。兵助の部屋に泊まれる女の子は、彼女である私の特権だと思ってたから。こんな風に部屋の雰囲気も変わっちゃって…悲しいし、悔しい。私だって嫉妬するんだよ、兵助…」


零れ落ちそうになる涙を堪えて、兵助から顔を反らした。


「恋人なんだから、もっと頼って欲しかった…」
「梅雨、」
「ごめん、しばらく会いたくない。今日はもう帰るね」


所在なさ気に伸びた手をかわし、私は入ってきたばかりの玄関から出て行った。
随分と兵助を傷付く言葉を投げ掛けてしまった。去り際に見えた兵助の表情は酷く落ち込んでいて、傷付いているのは明らか。
兵助は兵助なりに頑張ったのだろう。そこは認めるし、素直に褒めてあげたいくらいだ。
だけど、今回のことはさすがに許してあげることができない。きっと今わかってもらえなければ、一生わかってもらえない。そうなったら私は、いずれ兵助とは別れなければならない。
女の子にだらし無い人とは、ずっと一緒にはいられないもの。


その日、兵助からは何の連絡も入らなかった。
数日後送られてきたメールには、伊織の前期試験がうまくいかず、後期試験に向けてこのまま続けて勉強をみることになったと書いてあった。そして、そのせいで旅行には行けなくなったと。

私はもう何も返信することはなかった。
そして兵助と一切連絡をとらないまま、新学期が始まってしまった。


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