スーパーで夕飯の献立を考えながら、材料を籠に入れて行く。今日は月末だからあまり贅沢な物は買えそうにないな。ただし、これは忘れてはならない…と、陳列された1番安い豆腐に手を伸ばしたところ、横から待ったがかかった。


「そこの豆腐はあんまり美味しくないから、上のやつにしよう」


言って、兵助は特売になっている豆腐ではなく、上段の高い豆腐に手を出した。


「ちょっと、そんな高いのダメだよ。月末なんだから、節約しないと」
「…これくらい平気じゃないか?」
「そう言う前に、お豆腐なんて大して味変わらないんだから、安いので十分でしょ」


とは、口が裂けても絶対にそんなことを言えない私は、「しょうがないなぁ」とちょっと高めの豆腐が籠の中に入れられるのを承諾した。
下手に豆腐の話を兵助に切り出すと、反論から説得までをもの凄い勢いと熱意で語られてしまうので、決して逆らわないことにしている。兵助と付き合い始めて得た教訓だ。
私は籠の中の食材と睨めっこしながら、今日は冷えるし鍋にしようかと提案した。


「豆腐と、ネギをたっぷり入れてさ」
「別にいいけど、何でネギなんだ?」
「風邪予防。あったまるしね」


最近は風がどんどん冷たくなって、本格的な冬に入った。
週末だけ兵助の家にお泊りをしている私は、今日も今日とてそのつもりで、学校帰りの彼とこうして夕飯の買い出しをしているのだ。
スーパーを出た帰り道、二人で手を繋いで歩いた。口では寒いね、と言ってたけど、心はほかほかだった。自分でも随分と稚拙な表現だと思うけど、それだけ幸せだということだ。

兵助の借りているアパートの前まで来た時、それまで穏やかだった雰囲気が一転した。兵助の部屋の前に座り込んでいた人物が、突然私たちの前に飛び込んで来たのだ。


「兵助っ!」


その声は、女の子のものだった。暗くて、顔はよく見えなかったけど…
彼女は兵助の名前を呼んだかと思えば、突然彼に抱き着いて騒ぎ出したのだった。


「良かった! もっと遅くなるかと思ったから…」
「え、まさか…伊織か? 何で此処にいるんだ!?」
「お願い兵助、しばらく兵のところに泊めて! 私…家出してきたの…」
「はぁっ!?」
「いえ、で……」


さすがにその言葉には私も驚いて呟いた。
というか彼女は一体何者なのだろう。兵助の知り合いみたいだけど、突然現れて泊めて欲しいだなんて…

兵助が慌てて彼女を引きはがすが、女の子の方も負けじとくっついて来て、結局三人で兵助の部屋に入ることになった。いつまでも玄関先で騒ぐ訳にもいかない。
その際、女の子はちらりと私の方を見たかと思うと、さも興味なさそうに視線を外し、兵助に擦り寄った。その直後私は確信した。

(なるほど…彼女の狙いは兵助ってことか)

何だか訳わからないことに巻き込まれるのだけはごめんだと思いながら、今週末は兵助とゆっくりできそうにないな、と冷静に考えている自分がいた。




兵助の元に押しかけて来た女の子は、伊織といった。
兵助とは幼馴染で、小さい頃からずっと一緒に育ち、兵助が進学の為に上京するまではよく面倒を見てもらったらしい。ちなみに現在高校三年生…受験生、ということだ。


「突然来るから、びっくりしたじゃないか。それにもし俺が今日帰って来なかったらどうするつもりだったんだ?」
「だって…事前に言ったって、兵助は泊めてくれないじゃない」
「当たり前だよ。女の子を簡単に泊める訳にはいかない」
「でも、他に行くとこなかったし…私だって、家出するつもりはなかったもん…」
「じゃぁ何で、」
「お母さんが…兵助の学校は、受けちゃダメって言うから…」


伊織は細々と家を出ることになった経緯を語った。
何でも、彼女は兵助と同じ大学に通う為に受験しようと思ったらしいが、彼女の両親は一人娘なのを心配して、大学は自宅から通える範囲内にしてくれと言ったらしい。
しかしどうしても兵助と同じ大学に通いたかった伊織は、荷物をまとめてこっそりと上京…もとい、家出をし。兵助から教えてもらっていた住所を頼りに、アパートを探しあてたというのだ。


「でもねぇ…勝手に家を飛び出して来ちゃって、それこそ親御さんは心配してるんじゃない?」


私が横から口を挟むと、伊織はキッと私を睨み付けて言った。


「あなたに言われなくても、わかってます!」
「!」
「おい、伊織…」
「大体、あなた兵助の何なんですか? こんな時間に男の部屋を訪ねたりして…あなたこそふしだらじゃないですか!」
「ふ、ふしだらって…」
「伊織、いい加減にしろ!」


兵助が怒ると、伊織はしゅん、と小さくなったが、それもつかの間のこと。兵助に対してとんでもないことを言ったのだ。


「兵助が部屋に女を連れ込んでるって、おばさんに言い付けちゃうもん…」
「!?」
「ちょ、それは…!」


途端、兵助は目に見えてうろたえ始めた。
私たちの付き合いは、互いの両親は知らない。私も実家を離れて一人暮らしをしている身なので、兵助の話は出したことがないのだ。
そんな二人の態度に気を良くしたのか、伊織はさらにもましてわがままな口調で、「兵助の家に泊まる」「あなたは出てって!」とまくし立てた。

仕方なく、私は荷物を持って兵助の部屋を出る。


「梅雨!」


玄関先で兵助が私を呼んだ。玄関は閉めて、中にいる伊織には聞こえないように謝った。


「ごめん…せっかく来てもらったのに」
「…仕方ないよ。あの子見てたら、絶対に私ここにはいられないって思ったし」
「ごめん」
「私のことはいいから、兵助はあの子を説得するの頑張ってね? きっと凄く大変だよ…」
「あぁ。そこは覚悟してる」


兵助は苦笑して、私を抱き寄せた。


「今日のところは帰るけどね…浮気しちゃダメだからね?」
「しないよ」


くすり、とお互い笑みを零して、近付いた唇が触れそうになった時――


「兵助っ! 遅いよ! 何してるの!?」


玄関から、不機嫌な顔をした伊織が現れた。


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