その日、僕は久しぶりに彼女の姿を見付けた。

「あ…」
「どうしたんだ?伊作」
「ううん、何でもないよ。留三郎」

思わず漏らしてしまった声に反応して、隣にいた留三郎が振り返ったけど、僕は何でもなかったように振る舞った。
留三郎はそうか、と一言告げると、また前を向いて歩き始める。

僕はこっそりと、先程視界に入れた彼女を、もう一度だけ振り返り見た。
彼女は先程と同じように木の根本に突っ立って、何をする訳でもなくぼんやりとしている。

(…珍しい)

いつもは一度視界に入れた後は、すぐに消えてしまって、その後に見掛けるまで随分と時間が空くというのに。
今日は二度も見れた。
何かあったのだろうか、と心配に思った矢先のことだった。

彼女の視線がふっと僕の方に向かい、視線がかちあった。

「………」

お互い無言。
というか、この距離だからただ見つめ合ってるだけなんだけど…
彼女ははっきりと僕の姿を捉え、そして逸らすことはなかった。
これも彼女にしては初めてのことで、僕は内心うろたえてしまう。
声をかけるべきなのかどうなのか、足を止めて迷っていると、前を歩いている留三郎が「伊作!」と僕の名を呼んだ。

振り返ると、その瞬間顔面にもの凄い衝撃を受けて、僕の体は吹っ飛んだ。

「ぶっ!」
「おい伊作、大丈夫か!?ったく、お前は…!」

前を見ていないからだ!と留三郎の声がして、暗かった視界にまた光が戻ると、地面に転がったバレーボールが見えた。
…そうか、痛いのはこのバレーボールが顔に当たったからなのか…
不運だ……

「いったぁ〜〜」
「おーい、いさっくん大丈夫ー?」
「小平太!お前バレーやるなら気をつけろよ!」
「ごめんごめん、つい熱中しちゃってなー!ボールとってくれー!」
「ったく、もう人に当てたり何か壊したりするなよ!絶対だぞ!?」

留三郎は最後の方は強く念を押して、小平太にボールを投げた。
留三郎も用具委員で、小平太にはよく困らされているから…
僕程とは言わないけど、割と不運だと思う。
もしかしたら、僕の不運が移っちゃったのかもしれないけど。

「ほら伊作、立てるか?医務室に行くぞ」
「ありがとう留三郎」

留三郎の手を借りて、僕は立ち上がった。

また自分の体を手当てしなくちゃいけないのか…と思いつつ、ふと気付いて木のあった方を見たけど、その時には既に彼女の姿はなかった。
ああ、またか。
僕は内心で溜息を吐く。

彼女は僕の存在に気付くと、いつも真っ先に姿を消してしまう。
もう慣れてしまったことだけど、彼女が気になる僕にとっては、彼女の行動がどこかしこりのように感じて、いつも寂しく思った。
僕を受け入れてくれることは一切なく、避けられている。
それはもう、随分と前から。
僕たちがまともに会話をしたのは、学園に入学して、一度だけだ…
それ以来、彼女は僕を避けている。
姿すら、視界に収めさせてくれないのだから。

(…なら、さっきは何で僕を見ていたんだろう。目が合っても、逃げなかった)

何か、あったんだろうか。
気になる。
でも聞きに行くことはできない…

彼女がいた校庭を後にしながら、僕はずっとこのことがくすぶっていた。

そして夜、僕はその理由を知る。
くのたまの房中術の実習の相手に選ばれたと、通知がきたのだ。

僕の相手は、彼女だった――


カウントダウンはしめやかに

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