空気の乾いた日に、火は良く燃える。 秋も十分深まったそんなある日、僕は朝から紙を燃やし続けていた。 大切な彼女が書き続けていた日記だ。 どうやら彼女は、学園に来た時からかかさず記録を付けていたようで、まとめたらかなりの量があった。 それを、くのいち教室の山本シナ先生が、僕に譲ってくれたのだ。 本来ならこれは、彼女の家族に届けられるもの。 けれど彼女の母親は二年前に他界しているらしく、山本先生は僕が譲り受けるのが適任だとおっしゃってくれた。 僕はそれを、幾晩もかけて全てを読み切った。 そこには僕の知らない彼女の気持ちが、約6年分にも渡って綴られていたのだ。 それから僕はしばらく、何も考えられない日々が続いた。 「…お、やってんのか」 「留三郎…」 「今日は天気もいいし、良く燃えるなぁ」 「うん…」 「きっと、彼女も見ているさ」 留三郎は柔らかい表情で、僕の側に佇んだ。 先日、何もかもを打ち明けた留三郎は、彼女のことも、日記の中身だけではあるが、知っている。 「父には、先日僕から文を出した」 ぽつりと呟けば、留三郎は静かに視線をこちらに寄越した。 「短い返事だったよ。そうか、だって…」 「………」 「きっと、父も悪いとは思っているんだ。でも、どうしようもなかったから…」 「伊作…」 「きっと、誰も彼女を救えなかった。あんなに、いい子だったのに。結局僕は彼女を苦しめただけだったのかもしれない…」 「だが、彼女は幸せだったんだろ?その日記に書いてあったじゃないか」 「………」 「短い間でも、彼女は幸せだったんだ…その気持ちは認めてやれよ」 「…そうだね」 大切だったあの子。 もう二度と会えないあの子は、一体何の為に自分は生まれてきたのか、ずっと悩んでいたに違いない。 自分の存在理由も、存在意義も見出だせないまま、つらい時期を過ごしたんだろう。 毎日が幸せだった僕とは違い。 でも。 (誰からも愛されていないなんて、それは嘘だよ) 彼女の日記の中に残された言葉。 僕は全力でそれを否定する。 だって、彼女は僕からも、留三郎からも、くのいち教室の子や、先生たちからだって…十分愛されていた。 誰も邪魔な存在だって、思っていない。 その姿を、髪を、顔を隠すことだってなかったのに… 彼女は僕に対する想いと、自身の孤独感から自分を捨てた。 そんな弱くて儚い子だったんだ……僕が愛していたのは。 白い煙が柱となって天に昇る。 最後の日記を燃やした後、僕は彼女に宛てた手紙も一緒に、炎の中に投げ入れた。 手紙には沢山の謝罪と、愛を記す言葉を綴った。 もう二度と会えない彼女へ向けて、僕自身の想いを。 最初で最後の恋文だった。 「届くといいな」 「そうだね」 最後まで隣で見守っていてくれた留三郎は、しばらく沈黙した後、いつもの優しい表情で話し掛けた。 「よし、今夜は一杯やるか」 「突然だねぇ」 「まぁいいじゃねぇか。文次郎や仙蔵たちも呼んでさ…景気付けにパーッと。俺たちも来週から、実習が始まる訳だし」 「そうだね…じゃぁ、とっておきのお酒を出そうか」 「おっ、いいなそれ」 僕と留三郎はニッと笑い、すぐに仲間に声をかけに向かった。 正直、変わらぬ態度で接してくれる留三郎が凄くありがたい。 きっと、ちょっとでも変な態度を取られたら、泣いちゃいそうだったから。 情けないけどね。 彼女に見られたら、きっと呆れられてしまう。 でもそれこそが一番僕らしいと、自分で思うよ。 だから僕は僕で、この先も精一杯生きてゆくから、君にはこの空の上から見守っていて欲しい。 大空を羽ばたく、鳥のように… |