三郎に出て行かれた私が頼れるのは、雷蔵だけだった。
情けない話だけど、私はやっぱり三郎が好きだ。
他に女がいるとか、私と別れたかったのかもしれないということはさておき、私が三郎から離れるということは、今までに一度も考えたことがない。
軽く疎遠になっていた時でさえ、私の隣は三郎しか考えられなかったから。

「どうしよう、雷蔵…」
「梅雨、落ち着いて」
「三郎があんなに怒ったの、初めてよ…」

泣きそうになる私を宥め、そっと背中を摩ってくれるのは雷蔵。
三郎と出会う前に、付き合っていた恋人だ。

雷蔵と私は幼馴染の延長線上で付き合って、別れた。
私はそれから三郎と付き合うまでに色々な男の人と経験して、最終的に今の状況に落ち着いていた。
三郎のことをとやかく言うつもりはないが、私だって、ここまで長く付き合えたのは三郎が初めてだ。
今でも、どうしようもなく愛しくて、別れるなんて嫌で、必死だった私は雷蔵にすがった。

雷蔵とは一時期確かに男女の仲ではあったけど、幼馴染としての関係の方が格段に長いので、人には言えないことも、雷蔵になら話せてしまう。
私のことをよくわかってくれる、数少ない友人なのだ。

雷蔵はベッドの上に無造作に放り投げられた避妊具を遠目に見て、まだ捨ててなかったんだね…と呟いた。

「あれ、雷蔵が残してったやつだっけ…?」
「そうだよ。僕がゴムを付けるのを忘れて、梅雨が怒った時があったじゃない。あれから、梅雨の部屋にも用意するようになったんだよ」
「…だって雷蔵、持ってくるの忘れたからって、なくてもいいやなんて言うから…」
「うん。ごめんね、それも沢山言われた」

雷蔵はちょっと困ったように笑いながら、もうそんなことはしないよ、と囁いた。

雷蔵は、幼馴染のひいき目を差し引いても、凄くいい人だ。
優しいし、柔和で、穏やかで。
その分、迷いやすいという欠点もあるけど、基本は誰からの目に見ても、いい人なのだ。

そんな雷蔵が避妊具を付けなかったのは、将来的に責任を取るとか、そんな理由じゃない。
彼は、大雑把すぎる性格ゆえに、私を不安の渦へと陥れたのだ。
避妊もされず、中に出された私は、生理がくるまでずっと悩みっぱなしだった。

どうして、こんなことするの。
雷蔵は、そんな人じゃないと思っていたのに。
どうして…
毎日思い詰めて、苦しかった。

結果、私たちは別れて、雷蔵も私も新しい恋人を見付けた。
幼馴染なのに、知らなかった雷蔵の一面。
知っていた部分はあまりに狭く、限定的で、わかった時には、許せる状況ではなかった。


「ねぇ、梅雨。三郎と別れたら、もう一度僕と付き合おうよ」

私の体を押し倒した雷蔵は、そんなことを言いながら、目を細めた。

「正直、僕は待ってたんだ。二人の仲がこうしてこじれることを。だって、僕はやっぱり梅雨が好きだから…」
「雷蔵…」
「他の女の子と付き合ってみて、よくわかったんだ。梅雨がどんなに僕にとって大切な子か。梅雨以外にはいないって…」

ちゅ、と額にキスを落とされる。
ねぇ雷蔵、何を言っているの?
雷蔵は、私の味方じゃないの?

「もちろん、僕はいつだって梅雨の味方だよ…それ以上に、僕は僕の味方であるけど」
「っ、」
「ねぇ、もう遅いんだよ。こんな状況でこんな格好で梅雨の部屋に呼び出されたら…止める気はないからね」
「らい、」
「さ。久しぶりに二人の時間を楽しもうよ」

雷蔵はにこにこと笑いながら、力の入らない私の体を抱きしめ、覆いかぶさった。
抵抗しようと思えばできるはずなのに、体が強張って言うことをきかない。

ずっと側で慰めてくれてたのは、この為?
梅雨と三郎は仲がいいね、と言ってくれた笑顔の裏では、そんなことを考えていたの?
もう、何を信じていいかわからない…

雷蔵に触れられながら、私はどこかで、三郎が助けに来てくれることを期待していた。


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