私と三木ヱ門が付き合い始めて、一ヶ月が経った。
同じ委員会で顔を合わせていた手前、お互いのことはそれなりに把握していたつもりだった。
けれど男女の仲になると、知らないことは多いようで、私たちは四苦八苦しながら、互いのことを知っていった。
何だか、新鮮な気分である。

そんな折、未来からやってきたと言っていたもう一人の梅雨――今は久々知の恋人である蛙吹梅雨だ――は、ある時強い光に包まれて、忽然と姿を消してしまった。
学園総出で彼女を捜したけれど、手掛かりは何もなし。
あまり彼女とは関わりたくなかった私にしてみれば、骨折り損というやつだ。

「多分、梅雨は元の世界に戻ったんだ…」

食堂にいた時、偶然聞こえてしまった久々知の声は大分沈んでいた。
そういえば、前に梅雨さんが現れた時にも、同じ光に包まれていたと久々知が言っていた。
もし今回がそれと同じなら、彼女はもうこの時代にはいないのだろう。

食事を終えた私が部屋に戻ろうかと廊下を歩いていると、三郎に呼び止められた。

「お前、兵助に何か言ってやれよ」
「何かって何よ」
「それは自分で考えろ…少しは慰めてやろうって気にはならないのか?」
「どうして私が久々知を慰めなきゃいけないの?」
「お前は兵助の彼女だろう」
「それは私じゃない‘梅雨’でしょ」
「何言ってんだ、兵助の恋人は‘蛙吹梅雨’だろう」
「…話にならない、知らない、じゃぁね」

私はため息を吐いてその場から立ち去った。

‘蛙吹梅雨’は久々知兵助の恋人である…その認識は間違っていない。
しかし、久々知が愛していたのは、私ではない蛙吹梅雨だ。
名前は同じでも、容姿や性格、存在そのものが違う。
もし久々知が‘蛙吹梅雨’という少女が好きならば、他を捜せばいいと思う。
私はもはや、久々知兵助を愛していた蛙吹梅雨ではない。

部屋に戻ろうとして、やっぱり足を止めた。
せっかくだから、三木ヱ門に会って行こう。
そう思って踵を返せば、ちょうど食堂を出た久々知に会った。

「あ…」

久々知は私を見ると目の色を変えた。
そして、大きな声で梅雨!と叫んだ。

「良かった、最近会えなかったから、どうしたのかと思ってたんだ…」
「………」
「昼食はもう取ったのか?時間があるなら、これから二人で少し話をしないか。久しぶりにゆっくりと…」
「悪いけど、久々知と話すことなんて、何もないわ」
「梅雨…?」

呆然とする久々知を前に、私は冷たい言葉を浴びせる。

「だって、ねぇ。会えなかったって、久々知が私のこと、ほったらかしにしたんじゃない。私じゃない梅雨に愛を囁いて、一緒に出掛けて、私のことなんて、微塵も気にかけなかったくせに…」
「違う、それは違うよ梅雨…」
「違わなくなんてない。久々知があの人と一緒にいるのを見る度に、私がどれだけ寂しい思いをしてたか、知らないでしょう?久々知を想って泣いたことだってある、でも久々知は来てはくれなかった…私が泣いていたことだって、知らなかったでしょう」
「………」

久々知は言葉を失って、私を見る。
そんな久々知に、私は最後とばかりに言ってやった。


「ねぇ、久々知が愛してる蛙吹梅雨って誰?梅雨って女の子なら、誰でもいいの?だったら、私以外の梅雨を探して…それでいいでしょう?だって私はもう、久々知を愛してる梅雨ではないんだもの」


言い切ったところで、後ろから三木ヱ門がやってきた。
瞬時にこの状況を理解して、私の肩を抱き寄せ、鋭い眼光を久々知に向けた。

「私にはあなたがどうしたいのかわかりませんが、梅雨先輩は私の大切な人です。あなたみたいな人には、絶対に渡しませんよ」
「田村…」
「少しはご自分がなさったこと、思い返してはどうですか」

失礼します、と言って三木ヱ門は私を連れて長屋へと連れて行った。
三木ヱ門は不機嫌だ。
そりゃ、こんなことがあって笑っていられる人なんていないと思うけど。

「後悔していますか?」

私を抱きしめる三木ヱ門が、ふいにそう聞いてきた。

「後悔?どうして?」
「…梅雨先輩は、まだ久々知先輩のことが好きなのかと思って…」
「だったら、あんなこと言ってないよ」

本当はずっと前から、私たちのこと見てたでしょ?と聞くと、三木ヱ門は困った顔をして、梅雨先輩がどういう決断を下すのか気になって…と言いよどんだ。
こういうところは、三木ヱ門の可愛いところだ。

「三木、私は三木が好きだよ」
「梅雨先輩…」
「ユリコやサチコが大好きで、忍術学園のアイドルだと豪語する、委員会の後輩である三木が、私は好き。他の誰でもない、私を愛してくれる田村三木ヱ門が、私の愛する人」
「私も…気丈なのに、泣き虫な梅雨先輩が好きです。会計委員になった時から、ずっと面倒を見てくれた梅雨先輩が…」
「うん。ねぇ、じゃぁそれでいいじゃない。お互い想い合っているのなら、名前も立場も身分も違ったって、愛し合えるわ」

私は三木ヱ門の頬に口付けて、笑った。
さっきまでの重苦しい空気はどこかに行き、三木ヱ門は私を押し倒す。
この体勢は初めてだ。

「梅雨先輩、あの…好きです」
「私も。三木が一番好きよ」
「はい…」

だからこのまま、ひとつになれたらいい。

互いの気持ちを確認して、私は三木ヱ門に全てを委ねた。


僕たちだって偽者なんだよ


だから言葉を交わし、体を繋げ、愛し合う。
いつだって、心だけはあなたに伝わるよう、最上級の愛をこめて。

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