幸せを願う


不運だなぁと思う。

伊作が好きになったのは、ちょっと化粧が濃くて性格も気が強くて割と派手な子だった。可愛いらしく笑顔が似合うような、そして優しさも割と持ち合わせていた。
伊作が彼女のことを好きになったのはすぐに気付いたし、多分彼女もわかっていたと思う。二人はそれなりに仲も良かったんだ。

けど、伊作は彼女に告白することを躊躇った。理由は定かではない。推測するに、勇気がなかったのかタイミングが合わなかったのか、それとも単にまだ片思いでいたいと思っていたのか。
私は伊作にアドバイスはしなかった。
伊作には幸せになって欲しいけど、告白することが幸せになるとは限らなかったからだ。多分、それを知っていたのは私だけ。他の友人たちは口を揃えてじれったいと伊作をけしかけていたし、伊作は伊作で焦っていた部分があったのだろう。
もはや時間の問題だ。周りからは、そう囁かれていた伊作と好きな女の子の関係。

私だけが、二人がうまくいかないことを知っていた。



※※※



今朝唐突に私の家にやってきた伊作は、寝起きの私などお構いなしに部屋に上がり込み、男泣きに泣き出した。理由は単純。フラれてしまったから。


「うっ…絶対、うまくいくと思ったのに…」


伊作は私が貸したタオルに顔を押し付けて泣いている。床には鼻をかんだティッシュが幾つも転がっていて、あまり散らかさないで欲しいと思ったが、口にすることはなく私はそっとごみ箱を伊作の側に置いた。
伊作はずっと、あの子のことを話していた。


「告白する前にっ、お互い意識し合ってるようなこともあって、こんな私でも、彼女は好きになってくれると思ったのに…」
「ねぇ伊作、私は一度も伊作とあの子がうまくいくとは思わなかったよ。あの子は伊作には合わないもの」
「な、何でっ?…」
「伊作は知らないと思うけど、あの子キャバクラで働いてるよ。伊作が思うような純情な子じゃない」
「キャバ…う、嘘でしょ!?」
「ほんと。何度かお客さんと歩いてるの見かけたことある。それに、意識されてるように思ったのだって、あっちはそう‘思わせる’ことに慣れてるから。きっと、伊作の気持ちがばれて遊ばれてたか適当にあしらわれてただけだよ」
「そんな…あの子が、そんな訳ないよっ!梅雨は何でそんなでたらめ言うんだよ!そんな訳、絶対にある訳がない!!」


伊作は怒って私を怒鳴り付けた。
好きな女の子にフラれた上、その子を悪く言われてしまえば当然の反応だ。伊作はぐしぐしと顔から溢れでたものを乱暴に拭いながら、その怒りをさらに私に向けた。


「あの子のことを知りもしないで、よくそんなことを言えるんだね。梅雨がそんな子だとは思わなかった」
「だから、そうやって決め付けるの、伊作の悪い癖だよ。人はみんな隠してる一面を持ってる」
「だけど梅雨の話はどこにも根拠がない。ただあの子の事を悪く言っているだけだろう」
「そうじゃない」


伊作は頑なとして私の話を信じようとはせず、聞く耳も持たない。私は伊作がどれだけあの子のことを好きだったのかを知ってるから、そこに関しては突っ込まないけど、それでも歪んだ気持ちを、自分の望みを相手に押し付けるというのはどうしても許せなかった。
これ以上、伊作を傷付けたくはなくて。


「ねぇ、じゃぁ何て言ったら伊作は私の言葉を信じるの?あの子がお客さんといるところを見せたら?それとも、あの子が働いているお店に連れて行く?」
「やめてくれよ」
「伊作。伊作はもしかしたら人より少し不運かもしれないけど、私は伊作がとてもいい人だと知ってるよ。だから、あの子のことは忘れて、早く立ち直って欲しいの。伊作には、絶対もっといい子ができるから」


伊作の頭を撫でながら私がそう言うと、伊作はしばらく黙って俯いていた。ぐずぐずと鼻水をすする音を立て、息を荒くし、時折鳴咽を漏らす。
大丈夫。彼ももうわかっているのだろう。この恋は、真実がどうあれ、きっともう成就しないことを。今はまだ、受け入れることができてないだけだと。

しばらく伊作が生み出す音だけが部屋を支配した後、伊作はぽつりと言葉を漏らした。


「梅雨は、最初から私の恋には何も言わなかったね。きっと最初からこうなることがわかってたんだ…」
「伊作…」
「教えてよ梅雨、君はどうしていつもそうやって全てを見透かしたように一線を引いているんだい?私は元々、あの子を好きになる前は君のことが…」
「伊作」


顔を上げた伊作の言葉を強い口調で遮る。伊作は驚いた顔をしていた。何でそこで遮るの?と…


「梅雨、その、」
「伊作、私は誰かを好きになるつもりはない。誰かに愛されたいとも思わない。私が私として生きていくと決めた時から」


そう。だから私はあの時、一線を引いた。伊作の気持ちに応えられないとわかっていたから。
これ以上私に好意を寄せさせないように。伊作を傷付ける前に終わらせてあげたかった。


「私、ソープで働いているの」


伊作は目を見開いて私を見た。

あの子よりずっと深いところまで、私はどっぷりと浸かってしまっている。人並みの幸せよりも、自由を選んでしまった。
人はそれを不憫と言うだろう。けれど本当に不幸なのは、二度も報われない相手を好きになってしまった伊作だ。
伊作は私とは違い、ただ全うに、人としての幸せを望んでいる。愛する人との満ち足りた日々を。ささやかな日常を。
私に伊作の領域を壊すことはできない。


「だから、ねぇ、伊作。泣かないで、伊作は伊作の幸せを掴みとって。伊作なら、絶対にそれができるから」



そこに私はいないかもしれないけれど。

大切な人に幸せになってもらいたいというのは真理。
その大切な人を裏切ってまで自分の道を選んだのだから、彼女は二度と伊作の前に現れることはない。
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