『今夜、用具倉庫の裏で』




息がすっかり白くなったこの季節。私は同室の友人が眠るのを待って、そっと部屋を抜け出した。
向かうのは人気のない用具倉庫の裏。
待っているのは、恋仲の三郎だ。

私は三郎に会いたくて、夜着に薄い衣一枚を羽織った格好で夜の学園を走った。昼間会わないのは、私たちの関係を隠しているから。
そう言い出したのは私だ。三郎から告白された時、嬉しかったけどどこか自信が持てなくて――三郎はその前に色んな女の人と関係を持っていたから――私が納得するまで、秘密にしていようと。万が一付き合ってすぐ別れてしまったら、凄く悲しいもの。そういうことは、例え仲の良いくのたまにだって知られたくない…。


用具倉庫の裏にくると、ひんやりとしていて余計に空気が冷たかった。ところどころ生えてる草に足が触れる度、声を出したくなった。

「三郎?」

暗い空間に向かって声を掛けてみる。返事はなかった。
人の事を呼び出しておいて、遅れるだなんて。
少し奥まで歩いて行った時、くしゃみが出た。やっぱり薄着だったかも、と思った時、ふわりと暖かい何かに包まれて――

「そんな格好じゃ風邪引くだろ」
「三郎!」

振り向いた私に、笑みを零しながら私の唇に人差し指を突き付けた。

「静かに。声、聞かれてしまうぞ?誰にもばれたくないんだろ?」

その言葉にこくりと頷き、私も口元を緩ませた。三郎の気持ちに半信半疑なところがあるとはいえ、好きな人に会える喜びは私にも当然あるのだ。
三郎が綿の入った羽織りを私に着せて、冷たくなった手を握った。

「こんなに冷えているじゃないか…」
「三郎がもっと早く来てれば、こんなに冷えなかったよ」
「だけど、この薄着はないだろう。せめてもっと厚着してきてくれないと、私が心配だ」
「そうは言っても、夜中に厚着して部屋を出て行くのは不審だし…」

付き合って、密会を始めた頃は良かった。季節は初夏の匂いが充満してたから、夏は蚊が欝陶しかったけど、寒さに震えることはなかったから。

「三郎はいいよね。夜中にどれだけ部屋を抜け出しても、‘散歩’で済ませられるんだから」

私と恋仲になる前からしょっちゅう夜中に外をほっつき回っていた三郎。その理由が女の子でも、ただの散歩でも、同室の不破くんは一切気にしなくなったらしい。
素行が悪いくせに、要領はいいんだから納得できないな…。
三郎はははっと声を潜めて笑う。

「まぁ、そこは私と雷蔵の仲だからな。何も言わなくてもわかってくれるさ」

三郎の笑顔が癪である。




寒い夜だというのに、恋人同士の話は不思議と弾む。気付けばもう大分時間が過ぎていた。

「そろそろ戻らないとな…」
「そうね。私も、同室が心配するといけないから」
「…なぁ梅雨」
「なぁに?さぶろ、」

好きだ――

私の体は、三郎の腕に抱きしめられていた。
ほとんど触ることも許していない私に、今の三郎の行動は大分突発的だった。けれど私もこの時は何だか、三郎の熱を突き放す勇気はなくて、されるがままに三郎の気持ちを受け入れる。


「梅雨…」
「三郎…」
「好きだ…好きなんだ…」
「………」
「嘘じゃない…本当に私は梅雨が好き…」
「うん…」

抱きしめられた腕から、耳元に囁かれた言葉から、三郎の気持ちが伝わってくる。

「もう、私たちの仲を隠すのは止めにしないか?」
「それは…」
「梅雨が心配する気持ちはわかる。以前の私は、裏で酷いことばっかりしてたから…でも、梅雨は本気なんだ」
「………」
「誰にも言えないことがつらくて、梅雨のことばっかり考えてしまう」
「だから、隠したくないの?」
「もちろんそれだけじゃない。私たちの仲を知らないやつが、梅雨に近寄りはしないかと、いつも不安なんだ」

だからもう、許して欲しい――
受け入れて、と三郎は言った。泣きそうな声だった。

本音を言えば、私だって三郎との関係をいつまでも隠しておくつもりはない。頃合いを見て、仲の良いくのたまには打ち明けてもいいと思った。
だけど、それがいつが良いのか思案している内に、時間はすっかり経ってしまった。
三郎は最初私と約束したことを律義に守っているし、体の関係がなくても一緒にいてくれることを考えると、やはり本気なのだと思う。
ただ、ほんの少し、私の勇気が足りなかっただけで…――
それが三郎を不安にさせているというなら、私も少し、強くなるべきである。

「三郎…」

抱きしめたままの三郎の背中に、そっと腕を回した。私からは初めて。ぴくりと三郎の体が反応した気がした。

「ずっと、待っていてくれてありがとう。不安にさせてごめんね?私も、三郎のことが好きよ」
「梅雨…」
「三郎が望むなら、もう私たちの関係を隠して…なんて言わない。三郎の気持ちは十分伝わってきたから」
「梅雨は、それでもいいの?」

三郎の不安そうな瞳が私を見つめる。うん、と頷いた。

「これからは、もっと明るいところで会いましょう」
「薄着で出てきても大丈夫なところで」
「三郎が風邪を引く心配もないわ」
「それは私の台詞だって…。二人でいればあったかいけど、」
「…そこはまだ、ゆっくりとね」
「あぁ」

ギュッと力を込めて抱きしめられる。三郎の体温、匂い、雰囲気、全てが心地良い。
愛されていると感じることが、この上なく幸せだった。
自分から三郎の頬に擦り寄せる。

「三郎、好きよ…好き……」
「私も、」

手を添えられた顎を持ち上げられ、優しい口付けが落とされた。
誰も知らない、二人だけの逢瀬。いつまでも甘い時間だった。


満月の夜に



不具合報告をして下さった、理沙様へ捧げます!
リクエストありがとうございます(^O^)
三郎で甘、とのリクエストでしたが、いかがでしょうか?
短めですが、リクエストをいただいてから真っ先にこの話が浮び、書かせてもらいました。
久しぶりに勢いで書けて楽しかったです!
これからもnornirをよろしくお願いします☆

みどりーぬ


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