「あちっ」

うっかりお茶で口の中を火傷してしまった。
仕事も一段落した午後、休憩中にいただいたおだんごを喉に詰まらせそうになったので、いれてからまだほとんど時間の経っていないお茶を慌てて流し込もうとしたら…こうなってしまった。
元々猫舌なのに、慌てて気が回らなかったのが情けない。舌の先がひりひりする。

「梅雨ちゃん、大丈夫?」

今度は冷たい水を飲んでいたところに、店の先輩が心配して声をかけてくれた。

「はい…ちょっと口の中を火傷しちゃっただけですから」
「あら、じゃぁしばらくは食事が大変ね。味付けの濃いものは食べれないじゃない」
「そうですね…雑炊で済ませましょうか」
「いいけど、雑炊も熱いんだから…それ以上悪化させないよう、気を付けるのよ」

それから、火傷の時は果物を食べなさいと先輩は言ってくれて、私は素直に頷いた。
しばらく食事には気を遣わないといけないけど…そこはまぁ仕方がない。
それよりも私には他に心配しなければいけないことがある。勘ちゃんのことだ。

私と恋仲である尾浜勘右衛門という男は、私より一つ上で、全寮制の学校に通っているらしい。何の勉強をしているのかは教えてくれないけど、「将来の役に立つことだよ」とだけ言われ、それ以上の追求はしていない。多分、聞いても教えてくれそうにないから。
そんな勘ちゃんは休みの日や、平日の午後にふらっと町に出て来て、私に会いにくることがある。近所の茶屋で働いている私は、そこで勘ちゃんに声を掛けられた訳だけど、その時はまさか恋仲になるとは思わなかった。世の中とは不思議である。



「どうしよう…勘ちゃん、今日はうち来るって言ってたよね」

私は長屋に一人暮らし。勘ちゃんが夜訪ねてくるということは、そういうことにもなる訳で…
私は困った顔で口元に手を添えた。
今口吸いなんてされたら、火傷した舌がしみて痛いはず。だからと言って、こんな理由勘ちゃんに話せないし…今日は、眠るだけで済ませられないだろうか。無理かな。

勘ちゃんが来るのを待って、私は薄味の雑炊をきちんと冷えるまでおいてから食べた。勘ちゃんはいつも夕飯を食べてくるから、夜は一人だ。
しばらく繕いものなどをして時間を潰していれば、外から静かに声が掛けられた。

「梅雨…起きてる?」
「勘ちゃん!」

入口が開いて、優しい笑顔を浮かべた勘ちゃんが入ってきた。

「待ってたよ、お疲れ様」
「本当はもうちょっと早く出たかったんだけどね…途中で三郎に捕まっちゃって」
「あぁ、鉢屋さんね。勘ちゃんたち、みんな仲がいいもの」

勘ちゃんのお友達もよく私が働いている茶屋に顔を出してくれるから、お互い顔見知りだ。

「ね、それより早くこっちに来て。ずっと会いたかったんだから」

勘ちゃんの腕を引っ張って、敷物の上に座らせる。すぐにお茶を入れて、隣に腰掛けた。
そんな私を見て勘ちゃんはくすくすと笑う。

「今日の梅雨、いつもより甘えただね」
「だって…最近は勘ちゃんが忙しいって、中々会いに来てくれなかったから…」
「淋しかったんだ?」
「そうよ…」

だからもっとギュッとして、勘ちゃんの温もりで私を満たして欲しい。それが私の望み…だけど、

「んっ、」


触れるだけの口付けをして、おでこをくっつけたまま勘ちゃんは囁いた。

「俺も。…梅雨に会いたくて、ずっと我慢してたよ」
「勘ちゃん…」
「少し早いけど、布団敷こうか」

立ち上がった勘ちゃんにはっとして、私は慌てて彼の着物を引っ張った。

「あ、あのね勘ちゃん…!」
「ん?」
「その…実は私、今日は…」

火傷で、口の中が痛いから…そういうことはできないんだ。
伝えるか迷ったけど、勘ちゃんは何かを察したように「あー、そっかぁ…」と言って頭をかいた。

「じゃぁ、布団は二組敷く?」
「一緒に寝てくれないの?」
「そうしたいのは山々だけどさ…俺も男だから、理性きかなくなっちゃうし」
「でも…」
「梅雨だって、無理矢理は嫌だろ?」

そりゃ…痛いのは嫌だ。口の中、少しだけど皮もめくれちゃったし。
でも、それ以上に私は、勘ちゃんといたかったのに…せっかく明日もお休みで、沢山構ってもらえると思ったから。

のんびり雑談をして過ごした後、予想通り勘ちゃんは布団を二組敷いて、その片方に体を滑り込ませた。

「梅雨も、早く寝よ?せめて手を繋いでおきたいんだ」
「うん…」

若干淋しい思いをしながら、私は隣の布団に入って、ぴったりと横にくっつけた勘ちゃんの布団の方に手を伸ばす。私より大きな手に包まれて安心した。

「勘ちゃんの手、あったかい…」

本当はもっと沢山、話したいことはあったのに。気付いたら、私の意識は落ちていた。

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