三回目の誕生日はあっという間に過ぎた。新しい地でできた友人たちが開いたホームパーティーで、私の誕生日を祝ってくれたのだ。祝いの言葉やプレゼントを貰い、とても楽しい一日だった。
そんな夢のような一夜が明け、今日は休日。のんびり散歩でもしようかと思った私の前に現れたのは……
別れたはずの、久々知だった。


「………」
「……あのさ、」


カタン、と手にしていた傘が倒れる。呆然と立ち尽くしていると、久々知はそれを拾って、私に差し出した。けれど私がそれを受け取ることはなく、ただただ狼狽した声が零れるだけだった。

「な……んで、ど、して、え?嘘、そんな…」
「梅雨…」
「嘘でしょ!?どうして久々知がここに…!」

いるの、と言葉を紡ぐ前に、私の体は抱きしめられていた。久々知兵助の手によって。

「――良かった…」
「…久々知…」
「ずっと、もう駄目だと諦めてた…見付からなくて、もう会えないんじゃないかって…」
「………」
「ごめん、誕生日には間に合わなかったけど…三年間ずっと捜し続けてたんだ……許してくれないか」
「そんな、許すだなんて…」

裏切ったのは、私の方なのに―――

私は久々知に何と言っていいのかわからず、言葉を詰まらせた。代わりに久々知が何度もまた私への想いを、愛の言葉とともに囁き、今でもずっと私を好きだと言った。


「俺はあの時梅雨を何度も傷付けた…梅雨が俺と別れたいと言ったのもわかるし、俺のわがままが通らなくて当然だった。でも、気持ちだけはずっと変わらなかったんだ」
「………」
「梅雨、好きだ。頼むからもう一度やり直して欲しい。みんなにはちゃんと言ってきた。梅雨の居場所を探し出せたのも、そいつらのお陰なんだよ。みんなが手を貸してくれたから…」
「……久々知の、奥さんだった人も、?」
「あいつは……納得してくれなかった。でも、邪魔をしたりもしていない。そういうことは、ちゃんとわかるやつだから」

久々知があの人のことを理解しているのが、この上なく嫌。過去の私なら、迷わずそう思っただろう。
でも、今の私はそんな些細な嫉妬心よりも、二度と会うまいと思っていた久々知との再会、とりわけ罪悪感が私の心を締め付け、喜びも何もなく、ただ事実の情報にだけ耳を傾けた。どうしよう。どうしたらいい。
私の心は日本を発ったあの日、すっぱりと切り捨ててきたつもりだった。けれど臆病な私は、今更現れた久々知の腕を振り払うことができず、流されたままの状態で静かに心を閉ざすのである。

私なら、できない。恋人に捨てられたとわかっていながら、三年間も相手を捜し続けることなど。ましてや、愛してるからという理由で。益々自分を傷付ける結果しか見えないのに、そんなこと。恐ろしくて。

そこまで考えた私はふと思いついた。私が今ここで、久々知の想いを受け入れなかったら、どうなるんだろう。
私の知っている久々知はとても誠実な上に強情な人なので、多少強引に突き放そうとも必ずまたやってくるだろう。それこそ約束の誕生日に。どれだけ月日が経とうとも、想いが変わらぬままなら、彼は絶対に諦めない。
幸いにも無理意地をされる心配はなかったが、久々知は時折私がゾッとするくらい、しつこい一面を持っていたのだから。

「久々知…私……」

突き放そうとした手を上げかけて、私は力を抜いた。手は重力に従って再びだらんとしなだれる。気持ちは既に灰色だ。
私は何もかもを捨てる覚悟で、久々知の体に身を預けた。


「…私、またあなたの側にいることにする」
「梅雨…!」
「今まで、ごめんなさい…」
「いや、俺の方こそ…悪かった」


久々知はぎゅうぎゅうと力強い腕で私を抱きしめ、喜びからか、小さく掠れた声で返事をした。


久々知の想いは痛いほどわかった。わかったから、ここで彼を突き放すということはできないし、私もまた誰かに寄り掛かりたい頃であった。久々知でいいじゃない。妥協か諦めか、頭の中でそんな声が聞こえた。
私の気持ちは一体どこに向いているんだろう。




日本に帰国して早々、私たちは婚姻届けを役所に提出した。晴れて夫婦になる為に。久々知はその為の努力を惜しまなかった。

「梅雨、夜は早めに帰るから」
「残業もあまりしないようにする」
「家事の負担だって押し付けない」

「だから、仕事をやめて家にいてよ」

本気の久々知に反対できるだけの要素が私にはあるだろうか。

結婚する前、久々知は約束通り私を友人たちに会わせ紹介した。好奇の視線を向ける彼等はそれでも確かに私と久々知を祝福してくれたけど、私には居心地が悪くて仕方がなかった。既に出来上がった集団の中に一人入るというのは大変勇気がいるものだ。
その中でも、前世で久々知の奥さんだったという彼女からの視線や態度は、あまりに友好的過ぎて正直気持ち悪かった。久々知の話では恐らくまだ私たちの仲は認めていないのだろうが、このグループは女の子が少ないからと、気を遣ってくれている様子だった。

彼女は私に明るく話し掛ける。

「名前、梅雨さんで合ってるよね?」
「あ、はい」
「そう…何であんたみたいな何の取り柄もなさそうな女が兵助に気に入られるのかしら」
「………」
「兵助は、私のことを愛してくれると言ったのに…何で私じゃないの!?あんたなんかいなければ良かったのに…!」
「…すみません、失礼します」

飲んでいる集団から外れて、化粧室に入った時のことだ。彼女は私を追ってやってきて、このようなことを言われた。
正直、どこかでそんな予感はあったからあまり驚いてはいない。むしろあのままずっと友好的な態度を取られても困っただろう。だから、彼女の対応は至って普通で可能性としては十分に有り得たことである。

私は化粧室を出ると久々知に断って一人で帰ると言った。久々知は慌てて一緒に帰ると言ったが、仲の良い友人たちに囲まれて楽しそうな彼を見たら、私は首を横に振っていた。

「大丈夫よ。タクシー使って帰るから」
「でも…」
「ここは久々知にとって大切な場所でしょ?久々知はもう少しみんなといなよ」

どうせ一人は慣れてるし――

「ん。わかった。気をつけて帰れよ。着いたらメールして」
「うん」

私は二つ返事で頷くと、すぐに挨拶をして店を出た。その中に、久々知を好きなあの人の姿はなかった。



あの日から数ヵ月が過ぎて、私は毎日久々知の帰りを待つようになった。外見上はとても幸せそうに見える。私自身、幸せではないのかと自問することがあるが、どうしても答えを出すことができなかった。
幸せなはずなのに。久々知は毎日早く帰ってくれる。夜は一緒にいてくれる。
だけどやっぱり、週末の夜だけは彼等との約束を優先していた。「梅雨も来ないか」と誘われたことがあったが、私は全て断った。

だって、ねぇ。久々知。
あそこはあなたの居場所であって、私が入る隙はないのよ。行ってもつらいだけ。
だけどあなたが彼等との絆を大切にしていることを私は知っているから、もう何も言わずにあなたを送り出しているの。
私の居場所は、ここしかないから…




ピンポーン

久々知のいない週末に、インターフォンが鳴った。
誰だろう、と対応に出た私は玄関先に見えた顔に目を見開き、言葉を失った。
嘘。彼は……何、この感覚は…


「梅雨…だよな。俺のこと、覚えてるか?」
「っ…!」
「そっか、良かった。忘れられてんじゃねえかって、正直不安だったけど…ちゃんと‘思い出して’くれたんだな」
「っ、うん…!」

短い返事をして、たまらず私は目の前の彼に抱き着いた。彼は私の体を抱き留めて照れ臭そうに笑う。
懐かしい匂い。
嗚呼、どうして忘れていたんだろう。私にも、昔愛した人がいたことを。同じ仲間がいたことを。
私の居場所はちゃんとあったのだ。


「梅雨、みんな梅雨のことを探してたんだ…会いに行こうぜ」
「うんっ…!」


懐かしい彼の手を取って、私はかつての仲間に会うため、この家を出た。
私の居場所は、この手の先にある。


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