それからどれくらい経っただろうか。
私は俯いたままの久々知から視線を外し、膝元を見た。私の気持ちは変わらない。久々知には、私がどれだけ寂しかったのか、一度よくわかってもらわなければならない。

「久々知の言いたいことはわかったよ…私には理解しがたいことだけど、久々知がそう言うんだから、きっとそうなんだと思う」
「梅雨…」
「でも、信用はしてない」
「っ!」
「私は、やっぱり今の状況のままじゃ久々知の側にはいられない…こんな気持ちでズルズル続けたって、絶対にまた同じこと繰り返すもん」
「っ、梅雨が望むなら、今度こそあいつらに会わせるから!あいつにも、ちゃんと彼女がいるって…」
「はは、その台詞は、もっと前に聞きたかった…」

私は自嘲気味に表情を崩し、左手で自分の顔を覆った。いくら謝られたって、許してやるもんか。
仮に久々知の気持ちが本物だとしても、今の私には何の価値もない。欲しいとは思わないのだ。

「ごめん…梅雨、ごめん…」
「………」
「でも、好きなんだよ…俺はお前じゃないと駄目なんだ…」
「それは真実ではないと思うよ。私と別れても、久々知ならいつか素敵な女の子と巡り逢える。それは、あの人かもしれないし…全然違う人かもしれない。私である必要はないもの」
「嫌だ…そんなこと言うな」

久々知はいよいよ泣いているようだった。私も今までに沢山泣いた。だから、全然可哀相だとは思わない。


「お願い…梅雨、もう一度俺を好きになってよ…」
「………」


馬鹿だね、久々知は。嫌いになんて、一度もなってないのに、勘違いまで引き起こしてる。

私は右手に絡み付いた久々知の腕を振り払い、早く家に帰して欲しいと言った。これ以上話をしても無駄だ。
でも、そう…このままではそれも叶わぬというなら、私は一度だけ、たった一度だけ、久々知にチャンスを与えようじゃないか。


「…もし久々知が、どうしても私を好きで、やり直したいと思うなら……誕生日に会いに来て…」
「え?」
「それ以外は何があっても私は久々知に応えない。今のまま続けていくのは、私の気持ちが許せないから…一度、一人になろう。その方がお互いの為」
「梅雨…」
「これが私の、久々知に対する最大限の譲歩だよ」
「……」
「さ、早く行って」
「………わかった、」

再びエンジンがかかる。意外にも久々知は了承して、最後に必ず迎えに来ると言った。
私はその言葉を信じているし、同時にアテにもしていなかった。その場限りの嘘なんて、いくらでもつけるのだ。久々知も、私も――



久々知と別れて季節が一度だけ変わった。私は、かねてから希望していた海外支社への転勤が正式に決まって、誕生日を迎える前に日本を離れることになった。そこは私の第二の故郷といえるべき場所で、愛する祖父母も住んでいる。

私は久々知を裏切った。自分の言葉で条件を提示したくせに、それが永遠に叶えられないもにしてしまって、彼との絆を完全に断ち切った。後悔はしていない。だって、私は今一人でもそれなりに幸せで、充実した日々を送っている。隣に誰かがいて欲しいと思ったことはなくもないが、それが久々知である必要がどこにある?
彼は今頃、どうしているだろうか。あの人と幸せになっているだろうか。それとも…

考えれば尽きない想像は、久々知との出来事を思い出に昇華することによって、静かな情愛に留められるようになった。
私は確かに久々知を愛していた。けれど、人の心など単純で、一番欲しいものを相手から得られないと知った時、どうしようもない悲しみに変わる。私は久々知から確かな愛を欲していた。彼の言葉は信じられずとも、目に見えないところで愛してくれたのなら、まだ失望もしなかっただろう。最後には全てが信じられなくなった。何を信じていいのかわからなかった。
だから私は、私の一番信じる‘自分’を信じた。自分のした選択だ。後悔しない理由はここにある。


木枯らしが吹く。そういえば昔、こんな季節の中を久々知と一緒に歩いたなと思い出した。冷たくなった私の手を、久々知の手が温めてくれた。優しい思い出だ。

「でも、早く忘れなくちゃねー…」

新しい恋には、届かない。


日本を発ってから三回目の誕生日は、もうすぐだった。


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