とはいえ、私はこれでも久々知のことを好きでいるから、きっかけがないと中々切り出せない損な性格でもあった。
先日、久々知の車の中に仕掛けた盗聴器が今手元にある。昼間迎えに来て貰った時、回収したものだ。人のプライバシーを無断で覗き見ることは躊躇したが、私はもう迷ってはいられなかった。これ以上ありもしない影に怯えて、自分がみじめな思いをするのが嫌だったから。いっそ浮気をされているのならそれでもいいと思った。
それほどまでに私の中で久々知という男は、信頼に値しない存在となっていたのである。

盗聴器を回収して、これから一週間分の情報を解析する。集積した音声は既に自宅のパソコンに送信され、録音も済まされているが、二十四時間常にチェックできるものではない。今週は私と会っていなかった平日の夜にも友人と会ったと言っていたから、その日を解析すればいいだろう。

私は一人で軽い夕食を済ませ、早速パソコンを開いた。そしてその後、絶望を知ることになる――





梅雨から連絡が来なくなって、どれくらい経っただろうか。少なくとも二週間は顔を見ていない。仕事が忙しいのかとも思ったが、俺が送ったメールに返事が返ってこなければ、電話も無視される毎日。こうもあからさまに避けられれば、苛々とした気持ちも抑えられない。
俺は梅雨の住むアパートに向かった。節約が趣味の梅雨は、賃貸にそれほど値段をかけなかった。駅からは歩いて二十分もかかるというのに、バスは使わないと言っていた。
近くの駐車場に車を止め、梅雨の部屋のドアを叩く。だが返事はなかった。中からは物音一つ聞こえないし、人の気配はしなかったから、居留守ではない。
俺はため息をつくと、駐車場に戻り、梅雨が帰ってくるのを待った。けれど俺が友人たちと約束している時間が近付いて、エンジンを掛けた。何で帰ってこないんだよ。苛立ちながら、とんぼ返りをする。

それからも梅雨は俺の連絡を無視して、いつまで経っても会えない状況が続いた。




「また…入ってる」

携帯を開けば、最近頻繁に目につく名前。久々知兵助。恋人‘だった’人の名前だ。
私は彼から入っていた着歴を全て消去し、段々とキツイ言葉が混じるようになったメールも、今は読まずに消去している。一方的ではあるが、私は久々知と別れた。別れざるを得なかった。あんな会話を聞かされた後では。

――久々知の車の中には、女の人の声が入っていた。

『お待たせ〜』
『ん、今日はそんなに待ってないよ』
『あ、何その言い方!私がいつ遅刻したって言うのよ』
『…昔はよくしてたじゃないか。遅刻しなかった時の方がありえない』
『だからー、それはもうずっと昔の話でしょ?兵助ったら根に持つんだから』

彼女が久々知とどんな関係なのかは、この時はまだ判断がつかなかった。ただ、自分は呼んだことのない久々知の名前を軽々と呼んだことに、小さな嫉妬心が芽生えた。古い友人だからこそ、名前で呼び合うことは当たり前なのかもしれないけれど。

『そういえばさ、懐かしいよね』

女が切り出した。

『こんな風に二人でいるのって。あの頃は、車もなかったけど…』
『あぁ…』
『やっぱり車があるとないじゃ全然違うよね』
『お前も免許取ればいいだろ?』
『ん、でもいいや。兵助が運転する横にいるのが一番安心する』

ドキリとした。それは、私が思っていたことなのに。どうして彼女がそんな事を口にするのだろう?
嫌な汗が背中を伝う。

そして決定的な言葉が。


『ねぇ兵助…まだ、私のこと好きでいてくれる?愛しいと思ってくれる?』
『…当たり前だろ』
『ふふ、良かった。兵助に嫌われちゃったら、私生きていけないもの』
『大袈裟だよ、お前は』
『乙女心というやつよ』

ふふふ、と笑う女の声が耳をくすぐって――私はそれ以上聞いていられなかった。停止ボタンを押して、イヤホンを投げ捨てる。悲しかった。悔しかった。久々知は、他に女の人はいないと言ったのに――何故…

私は散々泣いて、今度こそ久々知と別れようと思った。それまでの強気な意志とは正反対に、私は臆病で、とても卑怯な手段しか思い浮かばない。でも、それでいいと思った。むしろそうするべきだと。

だって久々知はあの女の人が好きで、彼女は久々知を好き。邪魔なのは私の方だったのだ。


<< < 1 2 3 4 5 >
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -