久々知の気持ちは、一体どこに向いているんだろうか。


心地良いまどろみから目を覚ますと、時計の針より先に部屋に差し込んだ夕日が見えた。もうこんな時間かと布団の中で大きく腕を伸ばせば、隣にあったはずの温もりがない。いつものことだ。
のんびりと体を起こせば、きちんと身なりを整えた久々知の姿が目に映った。

「ん、起きた?」
「うん…」

久々知は私が起きたと知るや否、読んでいた本を閉じてキッチンに向かう。コップ一杯の水を渡して、私がそれを飲み干している間にバスローブを剥き出しの肩にかけた。

「梅雨、俺今日は飲み会があるから」
「何時から?」
「7時」
「そう…じゃぁ、夕飯は一緒できないね」

なんて、私は思ってもみないことを言ってみた。

――久々知が夜、私と一緒に過ごしたことがあるのは、今までに何回あっただろうか。

私と久々知は恋人のはずだ。しかし互いの仕事の都合上、会えるのはほとんど休日に限られる。たまに会える週末くらい、どちらかの家でのんびり過ごしたいと思うのは多分普通のことで、私にとっては当たり前の願いだった。
けれど実際には、久々知は週末に会っても、夕方には私を家に帰す。昼間から事に至ることも少なくないが、それでうっかり寝過ごしてしまわないよう、きっかり決まった時間には起こしてくれる。
何故彼がこのようにして私を追い出したいのかと言えば、夜は約束があるのだと言った。友人付き合いの浅い久々知にとって唯一深く長い付き合いのある旧友たちと、毎週のように飲みに出掛けているのだ。

最初、私は久々知が言っていることは全部嘘で、他に女がいると思っていた。だって、休日の夜に。それこそ私を追い出してまで、会いに行くのだから。
過去に一度それで大喧嘩したことがある。私は久々知を信用できなくなって、泣きながら別れると言ったのだが、久々知は頑なに違う、女じゃないと言い張り、別れることを了承してくれなかった。ならその旧友とやらに会わせて欲しいと言ってもそれは無理だと首を振られ、結局私は久々知と別れはしなかった。しかしあれ以来、互いの間には目に見えない溝があるように思える。
私は久々知に文句を言わなくなった代わりに彼に求めることを諦め、久々知は少しだけ優しくなった気がしたけれど、常に私の機嫌を窺うように、話し掛けられている気がした。こんなんで、私たちはいいのだろうか。
本当はあの時、無理にでも私が別れていれば…
私はもっと、違う道を歩めたのかな。久々知も無理をしないで済んだのかも。

シャワーを浴び終えてバスローブのまま部屋にもどると、久々知は二人で眠ったシーツを剥ぎ、新しいものに替えていた。私の服はソファに置いてある。せわしなく部屋の中で動き回る久々知を視界の隅に収めながら、一度履いて緩くなったストッキングに足を通した。



「それじゃ、忘れ物はないよな」
「大丈夫」
「駅まで送る」
「いいよ。久々知が使う路線は違うんでしょ?」
「でも…」
「いいから。…一人でのんびり帰りたいの」
「…そうか」

私たちは久々知のマンションの前で別れた。
久々知のマンションは、二つの路線の最寄り駅に挟まれている。私が使う駅は比較的利用客が少なく、乗り換えも不便だ。それに対して久々知が使っている駅は、毎日通勤・通学ラッシュに見舞われる、主要な路線だった。それなりの人数で集まって飲みに行くのなら、断然こっちの方が使いやすい。

「それじゃぁ、気をつけてな」
「久々知も」

別れ際のそんな会話も、もう慣れてしまった。本音を言えば恋人と別れる瞬間はいつだって寂しいし、できることなら私は彼の部屋で帰りを待っていたっていいとさえ思える。だけど久々知はそれすら許してはくれなかった。だから、一人で帰るのは私の意地である。
私は、久々知がいなくたって平気だから。そう勘違いして、いつか私に捨てられればいい。

私もたいがい、意地の悪い女である。


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