案の定、店は客の足が途絶えるや否や、すぐに閉じてしまった。私は店主から煮物やその他のおかずを分けてもらい、雨の中帰宅した。外は相変わらずどんよりとしており、まだそんなに遅くない時間だというのに、灰がかかったように暗かった。
長屋の一室を開けると、そこには既にくつろいだ様子の竹谷さんがいる。

「よう、お疲れさん」
「お待たせしました。あの、店の主人から煮付け等を貰ったので、今夜はそれでいいですか?」
「おう、構わないぜ」

私は入口で濡れたところを拭きながら、そんなことを口にした。
まるで夫婦のようなやりとり。竹谷さんが夫で、私が妻。絶対に有り得ない妄想を、頭の中でしてみる。

「あ…湯に立ち寄ったんですね。体は温まりました?」
「あぁ、さっぱりして気持ちいいな!」

ちょうど近くに誰でも使用できる小さな温泉がある。こんな小さな長屋だと風呂なんてないから、近所に済む人はみんなそこを利用していた。それでもこの町は勝手がいい方だ。温泉なんて町の中に早々あるものではないし、それがただで利用できるのだから。有名な温泉街だったら、それこそ入湯料なんて取られてしまうだろう。
竹谷さんはそこの手ぬぐいを首からかけていたから、私がいない間に行ってきたことがすぐにわかった。心なしか、表情がほくほくしている気がする。

土間から座敷に上がると、まだ夕方にもなっていないというのに、布団が敷かれているのに気が付いた。仕事に行く前には当然、片付けて行ったのだから、これは竹谷さんが敷いたのだろう。そしてそれは竹谷さんの意志を主張している。
怖ず怖ずと遠慮がちに近づけば、竹谷さんは屈託のない笑顔を浮かべて、「何でそんなに遠慮してんだよ」と言って私を抱き寄せた。着物越しとはいえ、重なった体温にかっと顔が熱くなる。それをごまかすように抱き着けば、いつもする獣の臭いがしなかった。

「竹谷さん、温泉のにおいしかしません…」
「ん?だって獣臭いと、梅雨も嫌だろ」
「私の為にわざわざ落としてくれたんですか?」
「まーな。って言いたいとこだけど、今日はこんな雨だし、体をあっためるのが優先だった」
「そうですよね…こんな雨の中、ずっと歩いてらしたんだし」
「あぁ。ついでに、あったまった体で梅雨の体もあっためたかったって言ったら…引く?」
「え!そんなことを考えていたんですか!?」

私は驚いて、どうしてわざわざそんなことを言うのだろうと、首を振って抵抗した。恥ずかしい…。

「そう抵抗すんなよ。どうせ全部見ちまうんだから」

竹谷さんは言いながら、私の首に顔を埋めて優しい唇を落とす。そのまま上に上がってきて、唇同士を重ね、軽く吸い合い着物をはだけさせる。
とん、と軽く押されるだけで私の体は呆気なく布団に倒され、覆いかぶさられた。

「竹谷さん…」
「梅雨、今日はちっと加減できねぇかもしれねぇ。いいか?」
「竹谷さんが触れてくれるのなら、何でも…」

そこで新たに唇が降ってきて、竹谷さんは私の体を隅々まで愛撫してくれた。手で、唇で、あそこで。私はいつもより沢山感じた。おかげで声を抑えられた自信がない。快感で何度意識を飛ばしそうになったかもわからない。
愛されてる、と思うのはおこがましいことかもしれないけど、今日の竹谷さんの抱き方は、何となくそう感じさせたのだった。



散々体を蹂躙し尽くされた後、私の体は熱くて仕方がなかった。

「あ…つい」

思ったことをそのまま口に出せば、竹谷さんは少しだけ布団をずらしてくれた。けれど抱きしめる腕は緩めない。

「疲れただろ。悪かったな」
「大丈夫です…ただ、竹谷さん、中にも出しましたよね」
「んぁ、出した」
「子供が出来てしまわないか…心配です」

口に出せば、不安は一気に広がった。
私は子供を産める年齢とはいえ、帯妻する竹谷さんの子を身篭ってしまうことはご法度だった。店の夫婦の悲しい顔が頭に浮かぶ。何より、もし身篭ったら、私は子供を産んであげられるのだろうか。周りからは堕胎しろと言われかねない。そう思うと、私が竹谷さんを愛していても、子を望んではいけないと思った。きっと、竹谷さんも嫌がる。

私の不安が竹谷さんに伝わってしまったのだろうか。竹谷さんは私の体をさらに引き寄せ、背中に熱い腕が回った。

「そのことなんだが…少し、話がある」
「話?」
「梅雨……俺の子を産んでくれねぇか?」

「えっ?」

唐突の竹谷さんの言葉に、私は目を丸くした。竹谷さんは今、何と言った?聞き間違いじゃないだろうか。
私が何かを言うよりも早く、竹谷さんは一気にまくしたてた。

「実はな…俺、先日嫁さんと離縁したんだ」
「りえ…っ!?」
「俺が仕事であちこちを行ってるのは知ってるだろ?そのせいで家に中々帰れないことも…そしたらとうとう、他の男ができたらしくなぁ」

ははっ、と竹谷さんにしては珍しく、自嘲していた。

「俺、子供が好きなんだけど。あいつにも一人にさせるのは嫌だったから、子供作ろうとしたんだ。だけどあいつは中々帰ってこれない俺の子は産みたくないと言った。父親の顔もろくに見ないで育つのは可哀相だし、あいつ自身が淋しいと泣いたんだ…」
「そんな…」
「そしたら、こんなことだもんなぁ。俺、やっぱり最初から最後まで酷い夫だったよ。家を空けている間、外で俺を慕ってくれる梅雨に手を出してた訳だし…」
「そんな、竹谷さんは悪くありませんよ……私が竹谷さんのことを好きになったから」

振り向いて欲しいと願ってしまった。
愛して欲しいと望んでしまった。
竹谷さんに抱かれたいと欲してしまった。
悪いのは、私の方だ…

「梅雨は悪くない。悪いのは俺だ」

それでも竹谷さんは自分が悪いと責める。私の言葉は届かなかった。
でも、では私に「子供を産んで欲しい」と言ったのは…どういうことなのだろう。
竹谷さんは語る。

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