誰にも言えない秘密が、ある。




 日の入ってこない室内でじっとしているだけでも汗がにじみ出てくるような、そんな夏のとある日だった。勘右衛門と俺と、そして梅雨は俺たちの部屋で課題をしていた。


「あつい…へーすけ、なんとかして…」
「そうだよ久々知、久々知ならなんとかできるよ…。お願い」


 黒の袖無し姿で床の上にごろりと寝転がった二人は、文机で筆を走らせている俺を恨めしそうに見上げながら言う。なぜ俺なんだ。そう尋ねれば、こんなうだるような暑さでもこうして平然と涼しげに過ごしているからとのこと。
 馬鹿か。俺だって暑いことには変わりないのに。


「…俺に期待しすぎだ。いくらなんでも都合良く自然の現象を変えることなんて出来ないぞ」
「お堅いなぁ兵助…違うよ、この暑さをなんとかする方法はさあ、そんなこと以外にもいろいろあるだろー?」


 勘右衛門はそう言いながら、これこれ!と何かを飲む仕草を繰り返す。なんだ、お前ら冷たいものを飲みたいのか。そうならばそうと言えばいいものを。
 ふう、とため息一つ。


「仕方ない…、待ってろ」
「うわあ兵助気が利く! かっこいい! よっ、色男…!」
「久々知愛してる!」
「……黙れお前ら」


 頼まれれば何故か断れない俺の短所。付き合いの長い勘右衛門は、どうやって言えば俺の腰を上げさせることができるかとうに熟知している。俺がよっこらせと立ち上がると、しめたとばかりにニヤリと笑って足に絡みついてきた。タコじゃないんだから。梅雨も気だるげに調子のいいことを言う。
 俺は顔をムッとしかめるようにして絡みつく腕やらをぶんぶんと振り払いながら部屋から日の差す廊下へ出ると、そのまま食堂へ向かったのだった。






「おばちゃん…、はやっぱりいない、と」


 食堂に着いて、裏口からひょこっと顔を覗かせる。なんとなくいないだろうなあということは分かっていた。人の気配はしなかったし、おばちゃんもおばちゃんで色々忙しい人なのだ。外出しているのだろう。
 俺は薄暗い室内へ入ると、色々棚をあさり始める。冷たそうなものはあまりなかった。冷蔵で保存しなければならないものは氷のある室で管理されている。だからここにあるのはあたり障りのないものだ。勿論豆腐もない。
 お茶うけは諦めよう。俺はそう結論づけると、外にある井戸水を汲んで部屋へ戻った。






「遅くなったな…、あれ」


 俺たちの部屋へ戻ると、気配が一つしかないことに気付く。ひょこっと覗くと、陰になっている部屋の中央で梅雨が一人丸くなって眠っていた。勘右衛門はどこぞへ出ているのか、姿が見えない。
 静かな部屋。梅雨の穏やかな呼吸だけが、かすかに聞こえてくる。
 それにしても、こんなところで不用心な。訳を知らぬ男が入ってきて、犯されでもしたらどうするのか。俺はため息一つついて障子を半分だけ閉めた。全部閉めてしまったら風が通らなくなってしまう。


「梅雨…、おい梅雨、起きろ」


 ぐっすり寝入っている梅雨には悪いが、このまま寝させておくわけにはいかない。梅雨はこの部屋に勉強に来たわけだし、せっかく冷えている水も温くなってしまうというもの。あとで文句を言われるのはたくさんだった。
 揺さぶると、うつぶせだった梅雨はむにゃむにゃ言いながらごろりと寝返りを打ち、横向きになる。俺は心臓が異様な鼓動を打つのが分かった。
 中着一枚の梅雨。折った腕がのっている膨らんだ首まわりから、かすかに胸の谷間が見えていたからだ。今日に限って梅雨はさらしを巻いていないらしい。目を逸らす。またちらりと視線をやる。再び目を逸らす。だがすぐに視線が戻る。俺はため息をついた。


「こういうことになるから嫌なんだ…、ほら、梅雨起きろ。…襲うぞ」


 しかし、梅雨の目蓋は一向に動かない。まるで一服盛られたかのようにぐっすりと寝入っている。耳を澄ませば聴こえる蝉の声。軒下に吊した風鈴が、風の流れを知らせていた。
 ふと、梅雨の首筋が光っていることに気付く。俺は、今度こそ自分の視線がそこに釘付けになったことに気付いた。梅雨が汗をかいている。きらきらとした玉が首を伝い、露出している胸の谷間へゆっくり流れていくところを、俺はじっと見ていた。

 ごくり、唾を飲む。得体の知れないどろどろとした薄暗いものに包まれていく、自分。

 梅雨、早く起きてくれ。じゃないと俺は…。


「む…」


 梅雨が何やら口元をもにょもにょとさせていた。ぽりぽりと掻いた細い首筋からまた玉の汗が生まれる。
 それを見て、パアンと何かが弾けたような気がした。それを切欠に、俺は吸い寄せられるように梅雨の肌へと舌を這わせ始める。


「ん…」


 ひたり、と湿り気を帯びた俺の舌が触れた瞬間、梅雨はぴくりと瞼を動かした。一度動きを止めると、すぐに穏やかな寝息が聞こえてくる。様子を見ながら、そろそろと上行していった。


(しょっぱい…)


 汗の流れ出た耳の付け根まで舌がたどり着くと、俺は一旦顔を離して梅雨の顔を覗き込んだ。安らかな寝息をたてて眠りこける梅雨。
 無防備な寝顔にはまだどこかあどけなさが残っていて、俺はその無垢なものを汚してやりたくて仕方なかった。
 梅雨が起き出さないように、そっと耳朶を唇で挟み込む。ピクリ、と瞼が反応するのを見ると、自然に笑みが浮かんだ。


「ん……、ん」


 じわじわとした刺激が梅雨の耳を襲っているのだと思う。焦らすような速度で梅雨の耳をじっくりと舐っていると、スヤスヤと寝ていたはずの梅雨が眉間に僅かな皺を寄せ始めた。唾液を絡ませてピチャリと音をたてれば、一瞬ピクンと身体を震わせる。刺激に忠実なのは、実に可愛らしいと思った。

 と、その時だ。投げ出されていた筈の手が耳元をもぞもぞといじりだした。すんでのところで身体をよけると、梅雨はすぐに腕を顔の横にパタリと置く。間一髪。そんなことを思いながら、俺は動かなくなった腕に視線を落とした。

 肩からすらりと伸びる白い腕。黒の袖無しは梅雨には少し大きいのだろう。脇の下の肌が大分露出していた。うっすらきらめく、色素の薄い肌。俺は、上側になっている柔らかな腕をそっと持ち上げる。
 日焼けするといけないから、と普段なかなか目にすることのない梅雨の腕。うっすらと引き締まっているようであり、しかし揉むとふにふにとして、実にいい感触をしていた。

 おもむろに、ごつごつとした俺のなんかより小さくて柔らかい指をしゃぶる。その股までを丹念に舐めあげるということを一つ一つ繰り返していれば、どこか恍惚とした感情が全身を駆け巡っていくのを感じた。

 あの梅雨に。無邪気な、男を知らない梅雨に。俺はこんなにいやらしいことをしている。そう考えると急に熱がこもり始める下半身。

 本人はおそらく一生気付かないのだ。自分が寝ている間に、男にこんな悪戯をされていることを。
 友達だと思っていた男に、こうして汚されていることを。


「ん…、はぁ…」


 梅雨が少し苦しそうな吐息を漏らす。重ねた腿をもじもじと擦り合わせていた。性感帯は何も局部や乳房だけではない。指もまた、立派な性感帯なのだ。
 指から手の甲、手の甲から前腕、前腕から上腕へと舐めあげていれば物欲しそうにくぐもった声を漏らす。いやらしい声。おそらく誰も聴いたことがないであろう、閨の声。
 その声に、自身が敏感に反応していることに気付いた。張り詰めたそれを、横合いから手を入れて、扱く。

 もっと、もっと梅雨の可愛らしい声を聴きたい。



「う……、ん、ふ…ぁ」
「……っ、はぁ、梅雨…っ」


 二の腕から辿って脇を一舐めし、そっと腕を下ろしてから無防備な首もとへ吸いついた。あくまで目を覚まさない程度の力で、だ。朱い花を咲かせたあとに鎖骨の線をツツーと舌で辿った。白い肌の、梅雨の顔。すぐ間近にある熟れた唇を自身の唇で挟み、しつこく舐めていく。
 苦しげに漏れる声。額に浮かぶ玉の汗。上気した頬。柔らかな唇の感触。淫靡さを感じさせる表情。

 梅雨は今、どんな夢を見ているかな。そう思うと、自然と息は荒くなり。


「……っあ、」



 熱に浮かされたようにぼうっとしていた。熱かった。びくんと一瞬身体が震えて、手の中にぷしゃっと吹き出る。どくどくと溢れていく白い欲望。かすかに震える筋肉。目を閉じて、背徳的な快感に浸る。
 俺の荒い呼吸と風鈴の音だけが、薄暗い昼下がりの部屋に響いていた。









「やあ、お待たせ…」


 勘右衛門が部屋に戻ってきたのはかなり経ってからだった。なんでも腹を壊して厠にこもっていたのだとか。勘右衛門の声で目を覚ましたのか、お大事にぃ、なんていう梅雨の気怠げな声が背後で聞こえる。
 俺は一人、みんなに背を向けて机に向かっていた。


「梅雨、ずっと寝てたの?
あれっ、首のところ刺されてるよ。ほら、早速腫れてる」
「えっ。やだ! ほんとだ…あれ、でも痒くない。
ね、それより二人とも、変な寝言とか、…変な声とか聞いてないよね?」
「変な? なに、いやらしい夢でも見たの梅雨、うっわ〜。
俺は今来たばかりだから知らないけど、兵助は?」
「勘ちゃんその顔気持ち悪い、やめてよもう!
ねえ、久々知。聞いてないよね? ねっ?」



 チリン。湿った風が、頬を撫でていく。



「…うん、俺もついさっき、来たばかりだから」




 誰も、知らない。



***

みどりーぬさんとの相互記念です。テーマはネットリ系久々知。納豆系少年。裏テーマは胸や局部を触ったり舐めたりせずにいかにいやらしい雰囲気が出せるかということでした(笑)脇舐めはドン引き覚悟です…しかしまあ変態な性癖を持つ久々知ということで許してください…
なんと1ヶ月もかかってしまいました!変態記、1でも2でも両方でもみどりーぬさまに捧げます。書き直しは承りますぜ!
これからもよろしくみどりん!色々世話かけます(^^;)

カンリ
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