放課後の静かな廊下で、久々知くんと黙ったまま見つめ合う。顔がじんわりと熱くなって心臓がうるさい。
入学式の日に一目惚れをしてから、久々知くんと喋ったことはまだ一度もない。こんなにじっと見て変な奴だと思われたかもしれない。内心パニックに陥っていると久々知くんがゆっくりと口を開いた。
「あの…蛙吹さんだよね?」
「うん…!そうです!!」
「蛙吹さん、入学式の日に、桜見てた?」
「うん、すごいたくさん咲いてたから、ひきよせられちゃった…あのとき久々知くんも、桜見てたよね?」
覚えていてくれた。そのことだけでも嬉しいのに、彼女は俺の名前まで知っていた。顔が少し赤くなるのを感じたが極力表情には出さないようにした。
「うん。見てたよ。桜、すごいきれいだったよな」
「うん!本当にきれいだった!」
すごい、私、久々知くんと会話できてる。さっきから一言目にはうんとしか言えてないけど。舞い上がってしまわないように気をつけながら喋っていたけれど、何せほぼ初対面のようなものだ。桜の話が終わると私も久々知くんも話の接ぎ穂がなくなり、黙ってしまった。せっかく今まで目で追うことしかできなかった久々知くんと仲良くなれるかもしれないチャンスなのに。
「…そういえば蛙吹さん、さっきあわてて教室から出てきたけど何かあった?」
「あっ、そうなの、同じクラスの鉢屋くんがからかうから…」
「三郎が?」
今まで話しかけるきっかけが全くわからず、ただ目で追うだけだった彼女に近づけるチャンスだ。会話が続かなくなって焦った俺はさっきから思っていたことを素直にぶつけてみた。すると彼女の口から出たのは意外な奴の名前だった。三郎の奴、今まで俺が蛙吹さんのこと話しても大した反応しなかったのに、からかったりするくらい仲が良かったのか。あの野郎。
「久々知くんも教室から急いで出てきたけど、どうしたの?」
「俺も似たような感じかな…友達にからかわれてさ」
「そうなんだ…」
そこでまた沈黙が訪れる。私のアホめ。どうしてもっと気の利いた言葉が出てこないの。…そうだ、久々知くんに視線の主のことを話してみようか。でも自意識過剰な奴だと思われたらどうしよう。でも今私が思いつく話題といったらこれしかない。そう考えた私は意を決して口を開いた。
「「実は…」」
沈黙に耐えられず変な奴だと思われること覚悟で、最近いちばん気になっていることを蛙吹さんに話そうと口を開いたが、それとまったく同時に蛙吹さんも実は…と話し始めようとしたことが妙に面白く、俺たちはしばらくまた見つめ合ってどちらともなく笑い出した。
「…笑ってごめん。蛙吹さんからどうぞ」
「…こ、こっちこそごめん…久々知くんからどうぞ」
「いや、蛙吹さんからでいいよ。…もし良かったら一緒に帰りながら話さない?」
「………うん!」
ひとしきり笑ったあと私と久々知くんは並んで歩き出した。控えめに笑いながら話す久々知くんの横顔を見て、そんなことは絶対にないんだろうけど、私が探していた視線の主はこの人だといいなあ、なんて思ってしまった。
みどりーぬさんへこの話を送ります。遅くなってしまってごめんなさい!勝手に現代モノにしちゃった…。もしよろしければ受け取ってください!!
ヨル 2010.8.31
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