誰にも絶対に逆らえない存在ってのがあると思う。
私の場合、それがたまたま久々知先輩だったということで。私は流されるがままホテルに連れてこられて、久々知先輩に抱かれてしまった。
火曜日の夜。明日は普通に仕事がある。





(って、何だってこんな状況になってるのよ自分…)

広いタブルベッドに背を向け合って寝ている私と久々知先輩。
久々知先輩は会社で新人の私の教育を担当してて、おまけに大学まで一緒という先輩後輩の関係だ。学部が違ったから、学校では会ったこともなかったけれど、時折出る母校の話に、あぁこの人も同じキャンパスにいたんだなと、どこか不思議な気持ちで納得させられることがある。

久々知先輩はとてもとても優秀で、どうやらそれは学生時代から変わらないらしい。会社での成績はいいし上司の受けもいいし、真面目で私にとっては良い先輩、お手本みたいな存在だった。同期の女の子たちも、みんな口を揃えて久々知先輩に当たりたかったという。皆から羨ましいという視線を受けながら、けれど私は、笑って流すしかなかった。
だって、いくら優秀とはいえ、人としてその人を好きになれるかは別。久々知先輩はとても優秀なのだが、私はあまり好きではなかった。好きではない、という言い方はちょっとおかしいけど……何と言うか、そう、苦手だったのだ。優秀過ぎるが故に、私は正直自分の仕事を見て凹む。自信を失いそうになる。それなのに久々知先輩は「すぐにこなせるようになるよ」なんて言うから……私はやっぱり久々知先輩が苦手だった。

そんな久々知先輩と私がどうしてホテルなんかに。…酒に酔っていたせいというのもある。終電がなくなってしまったのも原因。たまたま駅前にあったホテルに、私の肩を掴みながら連れ込んだ久々知先輩。だけど一番の原因は、他でもない、私自身にあると知ってるから、断れなかった。
そもそも仕事を終えたのは午後十一時も近く、それまで久々知先輩は私のやらかしてしまったミスを、一緒になって片付けてくれていたのだ。明日の仕事で必要だからと、意気込んで作成してたのに、最後の最後になって間違ってることに気付いた。気付いたけど、新人の私にはとてもじゃないけど捌ききれる量じゃなくて、確認にきた久々知先輩に見付かり、二人で夜までずっと机に向かってたのだ。他の社員はとっくに帰宅して、フロアには私と久々知先輩の二人。何となく気まずかった。

しかしさすがに優秀と言われる久々知先輩は、あれだけあった量の仕事を半分以上仕上げ、私は何度も頭を下げた。すみません、助かりました。そう言葉を繰り返す私に、「そう思うなら今からちょっと付き合ってくれない?」と居酒屋に連れていかれ、夕食がまだだった私と久々知先輩は飲みながらちょぼちょぼと会社や母校のことを語り、気付いたら終電を逃してしまったのだ。なのでこうなってしまったのはやはり私のせいか。

「……はぁ」

隣にいる久々知先輩に聞こえないよう、小さな溜息を零した。ホテルに入って早々、正常位で一発、背面位で一発。久々知先輩は意外と遠慮がないらしい。そしてどこにそんな体力があったんだと私は半ば問い詰めたい気持ちだった。
ちらりと時計を確認すると、短い針が2を示していた。早く寝ないと朝が起きれない。というか着替えがないから、明日は同じ服を着て出社しないといけないのか。誰かに気付かれたら嫌だな。久々知先輩はどうするんだろう。
私たちは一体、どんな関係なの?
ぐるぐるぐるぐる、頭の中をずっとそんな疑問が回っていた。


しかし――
私のそんな心配は、全て杞憂に終わったのである。




「蛙吹さん、帰るまでにこれをやっておいて」
「はい」
「それと、課長に何か聞かれたら、俺の方に回してくれればいいから」
「わかりました」

久々知先輩は相変わらず淡々と仕事をこなしていく。今日も優秀だ。そして首から下がっているのは、昨日とは違うネクタイ。ロッカーにでも置いてあったんだろうか。私はと言えば、まだ誰も来ていない内に制服に着替えて、今日も見付からないよう遅くまで残っていないといけないというのに。

「久々知先輩、この資料どこにありますか?」
「あぁこれは…」

と資料室で必要なものを探しながら、あくまで仕事に打ち込む久々知先輩。狭い部屋に二人きりだというのに、昨夜の話を持ち出したりはしない。
正直その方が私としても助かるけど…ここまであっさりし過ぎていると、逆に気になってしまうもの。ああもうここまでくると、久々知先輩が昨日のことなんて完璧‘なかったこと’にしようとしているのが明らかなのに……引きずってるのは私の方か。なんて女々しい。
そして久々知先輩は。

「…久々知先輩って、本当に優秀ですよね」
「何だ薮から棒に」
「いえ、そう思っただけです」

仕事だけでなく、男女の関係にも有無を言わせないようなオーラが漂っているのだ。

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