「はー…」

何もない空を見上げる。
雲一つない晴天とは、このことだろう。
小鳥たちが朝からやかましく囀っているのを聞いて、寝不足で苛々している私には今なら手裏剣で簡単に打ち落とせる気がした。

「はー…」

もう一度意味のない声を出す。
ぼけっと部屋の入口で突っ立ってたら、雷蔵に心配された。

「大丈夫?もしかして、寝てないの?」
「いや…なんだ。寝てないというか…寝たくなかったというか…」
「つまり、寝なかったんだね」

結論だけを言うな。
正直、私は昨晩眠れなかったのだ。
梅雨の色の実習があった為に。
梅雨とは実習の相手と日取りを聞いた時を最後に、会っていない。
これだけできるようになればもう私の指導なんてなくて大丈夫だ。
そんな、格好付けたことを去り際に伝えて、梅雨もうんと頷いたから、私の役目は終わった。
会いに行く理由などなかった。

「三郎、とにかく支度して。今日は座学だけなんだから、着替えるだけだろう?」
「そうだな…」
「兵助たち、もう食堂に行ってると思うよ」

兵助…今はその名を聞きたくないが。

「ほら、早く!」
「わかった…」

私は珍しく雷蔵に急かされて、のろのろと行動を起こした。
そして、食堂にて。
兵助の姿はそこになかった。

「あれ、兵助は?」

と勘右衛門に聞く雷蔵。
勘右衛門はえーと、と言いよどむと、声を小さくして囁いた。

「実は兵助、昨日実習があってさ…」
「実習?い組は何かあったのか?」
「そうじゃなくて、個人的な…くのたまの実習だよ」

そこまで言うと、八左ヱ門と雷蔵はえ、と固まった。

「あ、そ、そうだったんだ!じゃぁえっと…まだ部屋に戻ってきてないとか?」
「ううん、今朝早くに戻ってきたよ。でも、何か考え込んでたみたいで…朝食は後で取るって言ってたから」
「実習の後は午前の授業は免除だからなー…にしてもそうならそうと教えてくれれば良かったのに!」
「いや、さすがにそれは言わないんじゃない?」

八左ヱ門が相手なら尚更…
雷蔵と勘右衛門の視線が八左ヱ門に突き刺さり、八左ヱ門は首を傾げた。
要するに、お前に話すと面倒臭いということだ。

「でも、三郎はあんまり驚いてないみたいだね。もしかして知ってたの?」

勘右衛門に問われて、私はまさかと答えた。

「五年にもなれば、そういうことも増えてくるだろう。今更驚きもしないさ」
「あー…なるほどね」
「なぁ、それより俺腹減ったんだけど。早く注文しねぇ?」

八左ヱ門の空気を読まない発言で、場は収まった。



放課後。
私はまた中庭でふらふらと歩いていた。
さすがに徹夜で睡魔が襲ってくる。
どこか昼寝にいい場所はないかと歩いていると、後ろから声をかけられた。

「あのっ、鉢屋くん!」

その声は…梅雨だった。
私がゆっくりと振り返ると、梅雨は少し戸惑った顔で言う。

「あの…少し話しがあるんだけど、いいかな…?」
「…あぁ」

私は曖昧に返事をした。
そして、梅雨に引っ張られて連れて来られたのは、初めて私と梅雨が話をした、あの場所だった。
梅雨は私を連れてきたくせに、もじもじとしていて一向に話そうとはしない。
可愛いなぁ。
こんなに可愛い梅雨は、昨日兵助の手によって女になってしまったのか。
ずきりと胸が痛む。
梅雨が話す気がないのなら、私から切り出させてもらおう。

「昨日の実習…どうだったんだ?」
「!」
「梅雨のことだから、失敗したってことはないだろうけど…私も一応、気にかけていたからな」

本当は夜も眠れないくらい、ずっと気になってたんだけど。

「あ、あのね!」

梅雨が声を張り上げて言う。

「私、上手くいったよ!鉢屋くんに言われた通りに頑張って…問題なく、最後まで……」
「………」
「…って、そう言えたら良かったんだけど」
「、え?」
「ごめんなさい!」

がばっ!と梅雨は頭を下げ、私に謝ってきた。
何で謝られるのかわからない…
それに、そう言えたら良かったって、何?
顔を上げた梅雨は、目をうるうるとさせながら、たどたどしく説明した。

「じ、実は鉢屋くんに教わった通り、ちゃんと久々知くんの相手をしてたの…最初は」
「最初は?」
「だけど、途中から何か嫌になってきちゃって…初めてだから怖いっていうのもあったんだけど、私、久々知くんに触られる度に、鉢屋くんのこと…思い出して……」
「…、え」

思考が止まる。
それって…

「私…気付かない内に、鉢屋くんに恋してたみたい……だから久々知くんがいくら優しくしてくれても、鉢屋くん以外の人には触りたくないっていうか…触られたくもなくて、」
「梅雨…」
「こんなの、くのいちを目指すにはあっちゃいけないことなんだけど、でも、やっぱりだめで……結局、途中で止めてもらったの」

梅雨の赤い顔が俯く。

「鉢屋くんにはこんな気持ち、迷惑だってわかってる。でも、でも私――」

続きの言葉を聞くことはなかった。
私が、梅雨の唇を塞いでいたから。
私の唇で。
久しぶりに触れた梅雨の唇は甘く柔らかく、私はずっとこれを欲していたのだと知る。
ちゅ、と音を立てて啄めば、梅雨の顔はおもしろいことになっていた。

「は、鉢屋くん…!」
「三郎って呼んでって、言ったよな?」
「う……三郎くん」
「ん」

もう一度、軽い接吻を交わす。

「良かった…」

私の口から漏れた言葉は本心からだった。
何が良かったの?と梅雨が首を傾げた。

「全部…良かったと思ったんだ。梅雨が兵助に抱かれなかったのも、梅雨が私を好きだと言ってくれたことも、私の恋が実ったことも…」
「え……嘘、ほんとう、に?」
「本当だよ」

目を丸くして驚く梅雨に、私は軽く微笑んで答える。
するとじわじわと涙が浮かんできて、梅雨は私の胸に顔を押し付けて泣いた。

「っ、うー…ゆめ、みたい…」
「夢じゃないさ」
「でも、だって…だって…!」
「私も梅雨が好きだよ。正直、実習が決まった時には、心臓が凍り付くかと思ったくらいだ」
「そん、なに?」
「あぁ」

ついでに、相手は兵助だったしな。
気が気じゃなかった。
でなければ、昨日はぐっすり眠れたはずなんだ。
そうじゃなかったから…

「梅雨」
「なに、?」
「この先…もう実習なんか受けるな。他の男になんて梅雨を触らせたくない」
「三郎くん…。私もそうしたいけど、無理だよ。進級できなくなっちゃう。昨日の補習だってやらなくちゃいけないし…」
「私以外の男に触られるのが嫌なのにか?」
「それは……、」
「多分、梅雨はまた同じことになる。梅雨はわかってないかもしれないが、お前はくのいちに向かないよ。だから、好きでもない男に抱かれるのは体が拒否する…普通の女の子なんだ」

私は梅雨の気持ちを傷付けないよう、ゆっくりと説明した。

「それに、無理してくのいちになる必要もないんだろう?」
「それは…そうだけど、」
「なら、そんな自分を傷付ける道なんて選ばなくていい。梅雨は笑ってればいいんだ」
「学園を辞めたら、どうすればいいの?」
「なに、それこそ簡単だよ」

私はにやりと笑って、梅雨の耳に囁く。


「梅雨は、私のお嫁さんになってくれればいい…そうしたら、全てが丸く収まるだろう?」

「!」

ぽっと、梅雨の顔が火がついたように赤くなる。
ぱくぱくと金魚のように口を開閉させるのがおかしくて、私は思わず笑ってしまった。

「三郎くん!」

真っ赤な顔をした梅雨が、照れているのか怒っているのかわからない顔で叫ぶ。

「もう…そんな、笑わないでよぅ…」
「ははは、悪い。梅雨が可愛いから」
「そんなの理由になってない…」
「ん、だめか?」
「だめ……じゃ、ないけど…」
「そうかそうか」

梅雨は恥ずかしさを隠す為か、ぷいと顔を背けた。
その仕草、表情一つ一つが、どれだけ私を惑わせているのか知らないのだろうな。
私は梅雨の体を抱きしめて、もう一度言葉にして伝えた。


「梅雨…卒業したら、私のところに嫁いで欲しい」

「………はい、」


答えを聞いた瞬間、私はありったけの想いを込めた口付けを、愛する梅雨の唇に落とした。


恋の手ほどき


ヨルたんに、相互記念の鉢屋を押し付けます☆
詳細な指定がなかったからとは言え、裏でごめんね\(^o^)/
自重できなかったYO!
だけどこれからも仲良くしてねー!

みどりぬ
2010/08/23


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