蛙吹への指導を終えて、こっそり自分の部屋に戻る。 同室の雷蔵は既に眠っていて、私が外に出ていたことも気付いていない。 かと思いきや、長年一緒にいる間柄。 やはり騙せきれなかった。 雷蔵は私が戻ってきたことを知ると、重そうな瞼を押し上げて聞いた。 「お帰り。遅かったね…最近どこに行ってるの?」 「ん?あぁ、ただいま。いや、ちょっとね」 「僕は君のすることにとやかくは言わないけど…ここのところ、毎日じゃないか。好きな子でもできたの?」 「もしそうなら真っ先に言ってるさ」 「じゃぁ…」 何なの? そう問いたいであろう雷蔵に笑いかけて、私は心配ないと首を振った。 「所用があってね…そう長くも続かないから、見逃してくれよ」 「…いいけど、君が何かすると僕にまで被害がくるんだから、気をつけてよね」 「そこは承知している」 「じゃぁいいや」 大雑派な雷蔵は、その答えで納得はしていないが許してくれたらしく、再び目をつむる。 「明日、実習あるし…早く寝た方がいいよ」 「そうするよ」 雷蔵の隣で、部屋を抜け出す前の状態のままの布団に潜り込み、私も瞼を落とす。 蛙吹の部屋を出てから、人のいない場所で一度達してから帰ってきた。 心地良い疲労感と眠気がさっきからよどんでいる。 蛙吹の部屋に行く度にこうだ。 毎回、とはいかないがかなりの頻度で抜いている。 あれだけ美味しそうな餌を前に、最後まで手を出せなければ当然だろう。 蛙吹の部屋を出て、自慰をする時は蛙吹の乱れた姿を思い浮かべて達する。 直前まで見ていた光景が、脳裏に焼き付いているせいだ。 せめてこれくらいは許されるべきだろう。 それにしても、好きな子か… 経験を積む為に女を抱くようになってからは、相手に全然想いが傾かなくなったな。 半ば遊び感覚なところもあるし。 くのたまを恋の相手にするのには、色々と問題がある。 そう考えると、蛙吹はかなり特殊だ。 くのたま特有の凄みとか、矜持とか、心に隠し持った刺はないし… おまけに忍たまの私に手ほどきを受けたいだなんて、つくづくくのいちには向いてないんじゃないか? 性格だって、極端にキツい訳ではないし… 元々行儀見習いだと言ってたしな。 芯まではくのいちに成り切れないだろう。 じゃぁ、私は何であいつに付き合ってやっている? くのいちになるのを諦めさせる為じゃなかったのか? わからん。 わからんが、何となく嫌な気はしない。 蛙吹が相談しに来たのが私で良かったと、今では本気でそう思っていた。 「今日の実習場所どこだっけ」 「裏裏裏山だよ」 「裏裏裏山か…少し遠いな」 「珍しくね。よっぽど今日の実習がキツイってことじゃない?」 「あー…やりたくないとは言わないが、面倒臭い」 「最近の三郎、疲れてること多いしね」 だから夜はちゃんと寝なきゃだめだよ、なんて雷蔵のお叱りを聞き流していたら。 「鉢屋く…きゃ!」 「………」 「え、何。あの子三郎の知り合い?」 廊下をかけてきた蛙吹が、何もないところですっころんだ。 何だこのコントは。 「いたたた…」 「大丈夫?」 「あ、大丈夫だよ。ありが…きゃっ!」 「全く、お前ときたら、廊下を走るなというのは一年でも知ってることだろう?」 「ご、ごめん…」 蛙吹の腕を引っ張って立たせると、恥ずかしそうに顔を赤らめた。 そもそも何もないところで転ぶって、くのたまとしてどうなんだ… 「えーと、二人は知り合い?」 一人ついていけない雷蔵が首を傾げる。 「まぁ、ちょっとな」 「蛙吹梅雨です…不破くんとも同じ、五年生だよ」 「蛙吹さん…ああ、そういえばいたよね!合同実習の時に何度か見掛けたよ」 雷蔵はやっと蛙吹のことがわかって、にこにこと対応した。 釣られて笑顔になる蛙吹。 何だか気に食わない…。 「で、結局お前は何の用があったんだ?」 少し雑に聞けば、蛙吹がそうだった!と私を見る。 「五年の忍たまが、今日これから実習だって聞いて…鉢屋くんを応援しに来たんだ」 「は?」 「頑張ってね!怪我だけは、気をつけて」 惚ける私に、笑顔を向ける蛙吹。 雷蔵だけが突然慌てて先に行くと言い出し、走って行ってしまった。 「あ、おい雷蔵!待てって…!」 「ごめん!邪魔するといけないから!」 「雷蔵それ勘違い!誤解だから!」 「は、鉢屋くん!」 「あ?何だよ」 すぐに雷蔵を追い掛けて行こうとする私を、蛙吹が止めた。 「あのね、今日の実習、ちょっと大変なんでしょう?疲れてたら、無理に来てくれなくていいからね」 と、遠慮がちに伝える。 私はそれに首を振った。 「大丈夫だ。時間になったら部屋に行くから…お前は寝て待ってろ」 「うん…」 「私が言ったこと、忘れるなよ?」 予習は常に行っておくこと。 何もかもが初めての蛙吹には、必要なことだ。 それから… 「…応援、ありがとな。頑張ってくる」 「…っうん!」 蛙吹が嬉しそうに笑ったのを見て、頭を撫でてやった。 案の定、その日の実習はきつかった。 学園に戻ってくる時には皆くたくたの泥だらけで、私も例に漏れない。 「あー…早く風呂入って汗流したい」 「その前に俺は食堂のおばちゃんの料理が食べたい」 「今夜はぐっすり眠れるね…」 私の仲のいい奴らは思い思いに声を出し、学園までの道のりを歩く。 隣にいた雷蔵が、こっそり耳打ちした。 「三郎、今日も夜どこかに行くの?」 「あぁ」 「こんな日くらい、ゆっくり休めばいいのに」 「そうは言ってもな…」 実習までに、蛙吹に教え込まなきゃいけないことはまだまだある。 途中で投げ出すなんてことはできないから、私の気持ちも変わらない。 蛙吹にも、行くって言ってしまったしな。 「君が決めたことなら仕方ないけど…無理はするなよ」 雷蔵の心配を頭に入れ、私はあぁと呟いた。 結局、夜になって私は蛙吹の部屋に行った。 しかし、後になって私は、やはり今日くらいは休むべきだろうということを悟った。 疲れで、体の反応が悪かったのだ。 「んっ…は、ぅ………あれ、何で…?」 「あー…」 「わ、私下手だったかな?気持ち良くなかった?」 口淫しても全く勃たない私を見て、蛙吹は泣きそうな顔をした。 違う、お前のせいじゃない。 「悪い…思ったより私は疲れていたみたいだ」 「え、?」 「蛙吹のせいじゃないから…気にするな。どうもさっきから、意識が飛びそうで…」 「そんなっ、だったらゆっくりしてくれれば良かったのに…!」 「悪いな」 「ごめんね、私の覚えが悪いから、鉢屋くんはこんなに疲れてる中…」 「あー…それは違う」 何も蛙吹の覚えが悪いせいだけじゃない。 私の足は自然と…この部屋に向かってたんだ。 眠かろうが、何だろうが。 「私が、蛙吹に会いたかったんだよ…」 「、…え?」 蛙吹が目を丸くする。 私は最低限の身なりを整え、すぐ近くにある蛙吹の体を引っ張った。 「悪いけど、少しここで休ませてくれ」 「それはいいけど、だったら私、新しい布団敷くね?二人だと狭いでしょ?」 「いや、いい」 「でも…」 「いいから私の隣にいてくれ」 華奢な体を抱きしめ、私は布団を被る。 蛙吹は腕の中で未だおろおろしてた。 その様子が可愛いな、なんて思いながら私は…自然と唇を重ねていて。 蛙吹の驚いた顔を最後に、ついに夢の中に入った。 << < 1 2 3 4 > |