蛙吹は自分で言っていた通り、色のいろはは全くなっていなかった。
聞けば昔からこの手の授業は苦手らしい。
ならなんで…はぁ。

「まずは男を誘惑する方法だ。これくらいは授業でやったことあるんだろ?私にしてみろ」
「えっ今ここで…?」
「そうだよ。忍たるもの、臨機応変にだ」

蛙吹は私の言葉に顔を赤くしていたが、やがて体をもじもじさせながら擦り寄ってきた。
一見してここらへんは問題なさそうなんだけどな…俺からするとまだまだ甘い。

「もっと体くっつけろ。で、手を使え」
「う、使えって…どうしたらいいの?」
「適当に私の体を触ってればいい」
「え!」
「…それができないと話にならないが」

まさか男の体に触わることすら躊躇してないよな?

「いいか、体を密着させたら、後は手を動かしながら適当に喋ってればいい。男任せに何もしないのはだめだ」
「う、うん…」
「体が密着していれば、それだけで男の気持ちを煽るからな」
「は、鉢屋くんも今煽られているの?」
「阿呆。変なことを聞くな……ほら、手が止まってるぞ」
「わ、ごごごごめん…!」

蛙吹は私の腹や胸の辺りをさわさわと撫でながら、赤くなった顔を背ける。
これはこれで、初々しい反応だが…
欲を言えば、もう少し顔を見せて欲しいな。
目は合わせずに。

「次は接吻だが…」
「ま、まだ明るいよ!?」
「はぁ?明るいからなん「やだ!恥ずかしい!!」
「………」

ま、まさか接吻程度でそれはないだろう…

「お前、そんなこと言ってたらこの先色の実習なんて全滅だぞ…?」
「で、でも恥ずかしいのは恥ずかしいし…その為に鉢屋くんに頼んだんでしょ、?」
「だが…」
「慣らす為に練習って…言ってたじゃない!わ、私まだこんな明るいところで接吻なんて無理だもん…!」
「じゃぁどこでするんだよ…」
「え?……夜、私の部屋とか?」

それこそ本気で言ってるのか…!
夜に女の部屋で接吻するなんて、無防備もいいとこ…襲ってくれと言ってるようなものじゃないか!
しかし、そんな私の心のツッコミにも気付いた様子もなく、蛙吹は提案してきた。

「そうだよ!何も今急にやらなくったって…ちゃんと時間と場所を決めてやろうよ!その方が心の準備ができるし、ここはもしかしたら、誰かが通るかもしれないし…」
「それはいいが…」
「じゃぁそうしよう、ね?夜、寝る前に鉢屋くんが私の部屋に来てね」

平気で言ってのける。
蛙吹はくのたま長屋に忍び込む難しさを知らないのか…?

「はぁ…わかったよ。で、いつ?」
「え?毎日」

知らない!
こいつは絶対に知らないんだな!?

「どうかした?あ、もちろん用事がある時はいいんだけど…」
「大丈夫だ…引き受けたからにはちゃんと最後まで面倒みてやるから」
「うん…」

蛙吹は恥ずかしそうに再び視線を落とす。

「私のために…ありがとう」

にこっと笑った横顔は、それだけで十分男に通用するものだと思った。



そして夜。
何とか忍び込んだくのたま長屋の蛙吹の部屋で、改めて色の指導をする。
蛙吹は元々行儀見習い組で、部屋割りもそのようになっていた。
そのため、三年の終わりに早々と同室の人間が学園を辞めてからは、一人部屋になったという。
こういう時には便利だ。
しかし…

「全く経験がないと言ってたが…接吻も初めてか」
「うん…」

布団の上に正座する蛙吹は、夜着に身を包み、今にも寝ますといった格好だ。
いくら色の手ほどきとはいえ、私を招き入れるなら少しくらい警戒するべきだろう…

「本当に、私でいいのか?」

問えば、蛙吹は下を向いて静かに頷いた。
その答えを聞いて私は行動を開始する。
緊張している蛙吹の肩に手をかけ、指で顎を持ち上げる。
なるべく怖がらせないように、ゆっくりとその唇に吸い付いた。

「ふ…」

重ねた瞬間、僅かに蛙吹の肩が揺れた。
私は啄むような接吻を繰り返しながら、蛙吹の背中や髪に触れ、緊張を解かせてやる。

「力は入れるなよ…お前はただ私を感じていればそれでいい」
「う、ん…」
「あと、無理に返事をする必要もないからな」

そう言って蛙吹の頬を撫でる。
もう一度唇を重ねようとしたら、自然と目を閉じた。
その唇を味わいながら、私はどこまで事を進めるか考えた。
接吻も初めてだという蛙吹に、最初から多くは教え込めない。
混乱していっぱいいっぱいになるのがオチだろう。
となると少々面倒だが、今日は触れるだけでやめておくべきだ。
接吻しておきながら舌も入れないなんて、私にしては有り得ないことだ。
けれど蛙吹が恐怖心を抱いてしまったらそこまでなので、そこは焦らずじっくり攻めたい…
私は何度も角度を変えて、触れるだけの接吻を顔のあちこちに蛙吹に落とした。
蛙吹がくすぐったそうに体をよじらす。

「鉢屋くん…私、何だか凄いどきどきするよ…」
「そうだろうな」
「みんなが言ってた通り、鉢屋くんはせ、接吻とか…上手なんだね」
「これくらいのことは、私でなくても男はみんなするよ。上手いか下手かわかるのは、まだ先だ」
「え、そうなの?」

蛙吹はきょとんと首を傾げる。

「どうやったらわかるの?」
「…例えば舌を割り込ませてな」
「、うん?」
「あぁいい、意味がわからなければ実際してみればいい……ただしそれはまた今度な」
「何で?」
「私の舌使いを堪能したら、蛙吹の足腰が立たなくなるからさ」

そう言えば、何となくその意味を悟ったみたいで、蛙吹は再び俯いた。
耳まで真っ赤になっているのが見える。
自分から頼みにきたくせに…反応はいちいち面白いな、蛙吹は。

「今日は初めてだから、ただの接吻しかしない。ほら、顔上げて」
「………」

黙って私の指示に従った蛙吹に、もう一度唇を落とす。
蛙吹の唇は柔らかくて、思わず舌を入れたい衝動に駆られるが…今は我慢だ。
腕の中に閉じ込めて、好きなだけ唇を重ねた。
終わった後、蛙吹は真っ赤な顔で私を見上げている。

「鉢屋くんて、思ったより凄く優しいんだね…私、鉢屋くんに頼んで良かった」
「思ったより、は余計だけどな」
「うん…鉢屋くんは優しい。ありがとう」

全くだ。
普段の私なら絶対にこんなことをしないぞ。
だけどこんなくのいちに向いていない蛙吹を放っておくのは何となく気が引けて、結局私は蛙吹の面倒を最後までみるのだろう。
今はまだいいけど…この先生殺しだぞ。
それでいいのか私。

「はぁ…」

溜息を吐いたら、蛙吹が首を傾げた。

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