授業が終わった放課後、今日は何をするかと考えながら一人で中庭を歩いていた時のことだ。

「あのっ、鉢屋くん!」
「ん?」

突然名前を呼ばれて振り向けば、そこにはくのたまの蛙吹がいた。
蛙吹は私と同じ学年で、互いに顔と名前は知っているが、話したことはない。
そんな蛙吹が私に何の用だ?

「あ、あの…実は鉢屋くんにお話があって……」
「いいけど、何?」
「ここでは言いにくいので、人がいないところに来てもらっていいかな?お願い…」

そこで私はピンと来た。
私に話があるという蛙吹の顔は真っ赤で、声をかけられた時には、まさかそういうことになるとは思ってはいなかったのだが。
だけど名前も知らないくのたまに呼び出されるなんてことは私にとってそう珍しいものではなく、むしろ顔を知っているだけ、蛙吹はましか。

「別にいいけど……話があるっていうのは、私でいいのか?」
「はい…これは鉢屋くんにしか頼めないことで…」
「わかった。ならいい」

一応雷蔵と間違えていないか確認を取った上で、私は蛙吹を連れて人気のない場所に移動した。
蛙吹は会った時から真っ赤な顔をして、ずっと地面ばかりを見ていた。

「さて、ここらへんでいいか」

私は蛙吹に振り向くと、蛙吹はびくりと肩を揺らし…ゆっくりと私の顔を見上げた。

「あ、あのね…言い忘れてたけど、私蛙吹梅雨っていうの。同じ五年だよ」
「ああ、それなら知ってる」
「……、実は鉢屋くんにお願いしたいって言うのは他でもない…………のことで、」
「え?ごめん、何て言ったのか聞こえなかったんだけど」

蛙吹は肝心なところで声を落としたせいで、何と言ったのかわからなかった。
それで聞き返したら、

「っ、鉢屋くんに、色の手ほどきを頼みたいと言ったの!」
「は、……あぁぁぁぁ!?」

色の手ほどき!?
驚いた私は、思わず大声を上げてしまった。

「お、お前それ本気で言ってるのか…!?」
「冗談でこんなこと言わないよ!私だって、頼むの凄く恥ずかしいんだから…」
「そ、そうだな…顔真っ赤だし…」
「やだっそんなこと言わないでよ!」

蛙吹はこれでもか!という程顔を赤くし、顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
ま、まさかこの告白自体が蛙吹の罠ってことはないよな…
ちらりと周囲を見渡し、怪しい気配がないことを確認すると俺はホッと胸を撫で下ろした。
しかし、罠じゃないとすれば……

「蛙吹…一体どんな経緯で、私にそんなお願いをしてきたんだ?」

とりあえずは事情を知りたいんだけど…
そう伝えれば、蛙吹はゆっくりと口を開いた。

「あ、あのね……私、行儀見習いで入学したんだけど、まだお嫁に行く予定もなくて…それで、四年からみんなと同じ実技の授業とかも多く取り始めたんだけど…」
「あぁ…」
「四年から、みんな…色の実習が始まってるでしょ…?私はその前の座学を取ってなかったから、去年は実習はなかったんだけど…」
「今年になったら、それがあると…」
「そうなの…でも私、全然そういうことの経験がなくて…」

経験がなくても、知識はあるだろう。
その為の座学なんだから。

「座学の方も、全然ダメで…ぎりぎりのところで通ったの。だからホントにちゃんと実習ができるか自信がなくて…」
「俺に教わりに来たと?」
「うん……だって鉢屋くん、色の実習じゃぁ凄く上手だって、くのたまの中でも有名なんだもん…」
「私は色の実習だけでなく、全ての教科で成績がいいんだよ!」
「ひぇっ!ご、ごめ…!」

誰だよそんな噂流した奴…!
正直思い当たる節がありすぎるけど。
私が怒鳴ると蛙吹は小さな体を益々小さく丸めた。
一応、無茶苦茶なことを頼んでいるという自覚はあるらしい。
だけどなぁ…

「蛙吹、お前今は他のくのたまと同じ授業を取ってるって言ったって、元は行儀見習いだろう?実習なんて受けてもいいのか?」
「そこは問題ないの…両親も、くのいちになりたければなっていいって言ってるし…」
「そうなのか?」
「うん…私、兄弟多い末っ子だから、割と放任で…」

だからって、こんなくのいちに向いてなさそうな蛙吹が、くのいちを目指すってなぁ…
正直不安でならない。
いや、普通に無理としか思えないんだけど。

「そ、それで鉢屋くん…」
「ん?」
「私のお願い、聞いてくれる…?」
「………」
「私、鉢屋くんに断られたら…誰に頼んでいいかわからなくて…」

諦めるという選択肢はないのか。

「ダメ…かな?」
「…はぁ、わかったよ。引き受けてやる」
「ほ、本当に!?」

蛙吹はぱっと顔を上げて喜んだ。

「ただし、条件がある。手ほどきと言っても、あくまで慣れさせる練習だからな…最後まではしないぞ」
「う、うん!そっちの方が私も嬉しいかも…」
「…とにかく、それで良ければ私が蛙吹に閨でのいろはを教えこんでやる」

それで怖じけついたら、さっさとくのいちになるのを諦めた方がいい。
私は蛙吹の先を案じて、この無茶苦茶な依頼を引き受けることにした。

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