目が覚めた時、私はベッドの中にいた。一人にしては広いセミダブルの中、隣にいるべき人はない。漠然と、ここは私の部屋ではないことを思い出した。
寝る前に着ていたワンピースは脱がされ、ハンガーにかけてある。顔に触れると、いつもしっかり装備してあるはずのメイクまでもが、落とされていた。こんなことをするのは一人しかいない。
私は寝ている間に着せられていた大きめのTシャツ一枚で、寝室からリビングへと移動した。そこには料理をする兵助の姿が、カウンター越しに見えた。

「兵助…」
「ああ、起きたか」

私が声をかけると、兵助は顔だけ上げて私を見る。それから、風呂が沸いてるから入って来ていいだの、好きにテレビを見ていろだの、私の自由にしろと言った。
私はお言葉に甘えてソファに座る。寝起きでまだ体がふらふらしていた。

「今、何時…」
「六時過ぎた頃。夕飯ももうすぐ出来る」
「夕飯って、どうせ豆腐料理ばっかりなんでしょ…」
「昼間買ってきて食べなかったファストフードもある」
「それは…悪かったわね」
「別に。どうせ梅雨が食べるんだから、謝る必要はない」

兵助はそう言いながら、調理する手を動かし続ける。私はその様子をぼーっと見続けていた。
すると視線に気付いた兵助が、何だとも言いたそうな視線を向けてきた。

「いやね、相変わらず器用だなと思って」
「褒めても何も出ないよ」
「わかってるわよ」
「それより手があいてるならホント、風呂入ってこいよ。マスカラが落ちなくて大変だったんだ」
「ウォータープルーフだからね。あ、でも着替えがない。下着も」
「それならさっき取ってきたから、それ持ってけよ」
「……え、いつの間に?」

私は驚いて兵助を見る。

「梅雨が寝ている間に。どうせ今夜は帰る気がないだろうから、あった方がいいと思って…寝てる間に鍵を借りて持ってきた」
「………」
「だから勝手にそうしたことは悪かったよ」
「あ、いや…いいよ、その方が助かったし…」
「ん…」
「ありがとう。じゃぁ、お風呂借りるね」

私は兵助が持ってきてくれたという荷物から必要なものを漁って、浴室へと直行する。変なの。兵助の家の風呂は今までに何度も借りているけど、今日はまた違う気持ちで足を踏み入れた。
兵助は器用だ。きっと私がこの部屋に来たことも悟られずに、また彼女を迎え入れるのだろう。そこに不安な要素はないけれど…私は未だに迷ってる。
流れでつい泊まることになったけれど、本当にこれで良かったのだろうか。私は間違ってない?
それに…気にかかることもある。兵助は私の家に荷物を取りに行ったという。その時三郎は、どうしていたんだろう…

「………」

浴槽に浸かりながら三郎の顔を思い出す。どうしよう、笑った顔を思い浮かべたいのに、別れ際に見せたあの悲しい表情しか出てこない。
私は三郎を傷付けてしまった。三郎が私にしたことよりももっと酷いことを…私はしてしまったんだ。ごめん。ごめんね三郎。こんなところで謝ったって仕方ないのに。謝罪の言葉が届く訳ではないけれど。
私は湯の中でまた泣いた。今も愛しき三郎を想って…

それにしても、兵助は変なエプロンを付けてたなぁ。あんなの、全然似合ってない。



長風呂を終えてリビングに戻ると、テーブルの上にはずらりと料理が並んでいた。多分、私が風呂を出る大分前から準備が出来ていたのだろう。
兵助はクッションの上に座った私の髪を新しいタオルで拭きながら、何を飲むか聞いてきた。

「言っとくけど、酒以外だぞ」
「え、ないの?」
「あるけど梅雨には飲ませない」

ちぇーと私は口を尖らせ、それでも兵助の気遣いが嬉しくて、楽しい食事をさせてもらった。朝以降何も食べてなかったから、自然と箸の進みは早い。

「あ、これ美味しい」
「わかるか?その豆腐は老舗の店でも特に高級で…」
「や、別に豆腐談義はいいから。普通に味わわせてよ」

語り出しそうな兵助の言葉を遮り、私はぴしゃりと言った。兵助は何だか寂しそうだ。ごめんね。でも私別に豆腐の話なんてどうでもいいし…
それに、肝心なことはちゃんと伝わってるからいいよ。兵助は自分でも普段は滅多に買わないこの豆腐を私に食べさせて、元気を出させたかったんでしょ?兵助なりの気遣いなんでしょ?
大丈夫、私はちゃんとわかってるから…私は早く、立ち直らなきゃいけない。自分の為にも、支えてくれる兵助の為にも…


そう思うことがどんなに愚かなことか、私には十分わかっていたはずだった。

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