三郎さんが海外に行っていた一年は、とてもとても長い時間だった。 私は毎日三郎さんのことを想っていたもの。 子供の私だから長く感じたのではなく、これは会いたいという気持ちが強すぎたから。 三郎さんに会いたい。 それだけを思って、過ごしてきた。 私は今日、名実共に鉢屋梅雨になります。 「うわぁ、梅雨綺麗…!」 「凄い似合ってるよ!」 「これなら旦那さんも梅雨見てイチコロだよ!」 「みんな…ありがとう」 新婦控室にて、私は学校の友達に囲まれていた。 もうすぐ式本番ということで、私の緊張は最高に高まっていた。 ドレスは今までにも着たことあるけど、真っ白なウェディングドレスは初めてだし。 当たり前だけど、自分の結婚式だって人生で初めてだ。 三郎さんは海外にいる時から式の方も色々と手配してくれていたらしく、帰国してからは私のドレスを選んだりだとか、本当に簡単なことしかしていない。 何から何まで手を尽くしてくれていて、私は驚いてばっかりだった。 どうしてそんなに急いで式を挙げたいのだろう?と思って聞いたら、三郎さんは「だってジューンブライドの方がいいだろ?」って言って… 私はまた嬉しくて、顔を真っ赤にしてしまったのだ。 ジューンブライドは、女の子の憧れだもんね。 「梅雨、良かったね…あんた凄く愛されてるよ」 友人の一人がそう言って、思わず目尻を押さえた。 「ちょっと、泣くの早過ぎ」 「梅雨に移っちゃうでしょ?」 「うぅ、ごめん…何かしんみりしちゃって」 「ありがとう…そう思ってもらえたら、私も凄く嬉しいよ…」 だって、私のために泣いてくれるって、私を好きでいてくれるからでしょ? 私もみんなのことが大好き…! 「全く……あれ、そういえば梅雨のご両親は?」 「二人とも、お客様にご挨拶してるよ」 「こんな時でも忙しいのね」 「二人とも、お仕事では顔が広いらしいから」 言って私は苦笑する。 お父さんもお母さんも、私はよくわからないけど、業界ではそれなりに有名らしい。 家じゃ普通のお父さんとお母さんだし、私には普通の両親なんだけど… 一歩外に出たら仕事の顔になる。 「寂しくないって言ったら嘘だけど…その分、昨日はお仕事休んで、いっぱい一緒にいてくれたから」 一緒にお料理したり、お茶を飲んでお話ししたり、アルバムを見て思い出にふけったり… お父さんはどこかそわそわした感じだったけど、それでも三人揃って改めてお話しする機会なんてあんまりなかったし、私はいっぱい甘えてきた。 夜は三人で同じベッドで寝たりして、最後の時間を満喫した。 私はそれだけで、十分に両親からの愛情を感じたのだ。 コンコン 控室のドアが開いて、また誰かがやってきた。 ここにいない友達かな?と思って振り返れば、そこにいたのはなんと、不破さんだった! 「不破さん!」 「こんにちは。少しお邪魔してもいいかな?」 「はい、もちろんです!!」 私が声を上げて返事をすれば、それまで私を囲んでいた友人たちが、「会場で待ってるね」と言い残し、控室を出て行った。 不破さんは一人でこちらに来たのではなく、お友達と一緒のようだった。 先日、三郎さんに引き合わされた……確か、竹谷さんたちだ。 「こんにちは!今日は来て下さって、ありがとうございます!」 「そりゃぁ勿論、大切な友人と従兄弟の結婚式だからね…おめでとう、梅雨ちゃん」 「ありがとうございます!」 「おっと、俺たちにも祝わせてくれよ。おめでとう、梅雨!」 「幸せにしてもらえよ」 「何かあったら、俺たちに言っていいからね?すぐに三郎を懲らしめるから」 「皆さん…本当にありがとうございます!」 不破さんに続いて、竹谷さん、久々知さん、尾浜さんからも祝福の言葉をいただいた。 どうしよう…私凄く幸せ。 三郎さんが親友だって紹介してくれた不破さんたちはみんないい人で、私はその人たちに認められたことが、とても嬉しかった。 万が一拒絶されたらどうしようとか、会う前はずっと不安だったから… 特に不破さんには、三郎さんとの関係を隠していた分、うしろめたい気持ちもあった。 「緊張してるのか?」 久々知さんが声をかけてくれる。 「少し…でも、大丈夫ですよ。皆さんが会いに来て下さったので、勇気を貰いました!」 「梅雨は素直でいい子だなぁ…三郎が好きになる気持ちがわかる」 「えっ?そ、そうですか!?」 「うん」 「う、嬉しいです…!」 「そういうところが、梅雨ちゃんのいいところだよね。まぁ僕は未だに、三郎から梅雨ちゃんのことを教えられた時のことが信じられないけど…」 と、不破さんはどこか遠い目をして言った。 「あいつ…梅雨ちゃんが可愛いからって、まさか本当にもう手を出してただなんて…」 こめかみのあたりを押さえて、ぶつぶつと不破さんが言葉を漏らした。 「うわー、また始まっちまったな、雷蔵のあれ」 「俺らも聞いた時はびっくりしたけどね」 「雷蔵は梅雨のこと個人的にも可愛がってたみたいだし」 と、残りの三人はそんな不破さんの様子を見てそれぞれ感想を漏らした。 皆さん、本当に仲がいいんだなぁ… 「あっ!そうだ、三郎さんはどうしてます?もう準備終わってますよね?三郎さんの白いタキシード姿、カッコイイんだろうなぁ…」 「何、梅雨はまだ見てないの?」 「はい。お互い当日まで内緒にしておこうって事になってて…」 「あー、だからか。三郎が俺らを梅雨の控室に行かせたくなかったのは」 「え?」 「自分がまだ見てない梅雨ちゃんのウェディングドレス姿を、僕たちに見せたくなかったんだろうね」 「全く三郎らしいや」と、いつの間にか復活していた不破さんが言った。 それから、 「三郎もね、柄になく緊張してたよ。しきりに梅雨ちゃんのこと気にしちゃって…あんな三郎、滅多に見れないなぁ」 不破さんのそんな言葉に、思わず涙腺が崩壊しかける。 あれ? どうしてだろ、私…… 泣いちゃだめだよ… 「皆さん……ありがとうございます…」 前が見れなくて、俯いたまま私はお礼を言った。 不破さんたちが息をのむ音が聞こえて、やがてとても柔らかい声をかけられた。 「梅雨ちゃん」 「はい…」 「三郎は、あんないい加減な奴だけど…梅雨ちゃんのことは、とっても真剣だよ」 「っはい、」 「幸せにね」 私は泣くのを堪えて、しっかりと頷いた。 こんなに沢山の人に祝福されて…私は幸せだ。 その後すぐに、係りの人に「時間です」と言われて、不破さんたちは控室から出て行った。 残された私は、鏡に映る自分を見て‘あぁ、とうとうその時が来たんだな…’と漠然と思った。 私…本当に大丈夫かな。 三郎さんのお嫁さんとして、上手くやっていけるだろうか? 急に静かになった控室で、私は不安ばっかりを胸に抱いた。 しかしそんな私に、後ろからお母さんが近付いて、鏡越しに優しく微笑んで耳元に囁いた。 「心配しなくて大丈夫よ」 「お母さん…」 「梅雨は、これから素敵なお嫁さんになるの。素敵なお嫁さんには、素敵な旦那様がついてるでしょ?」 「うん…」 「大丈夫よ、梅雨なら大丈夫…」 子守唄のようなお母さんの声。 私は静かに目をつむって、心を落ち着かせた。 思い返せば、まだ20年にも満たない短い時間だったけど、お母さんはいつも私の味方だった。 お手本だった。 世界で一番大好きな……私のお母さんだった。 「お母さん…今まで、ありがとう…」 私、絶対幸せになるからね… ちょっとだけ開いた視界の端で、お母さんがハンカチを握っているのが見えた。 結婚式は、ホテルの協会で行われる。 私は流れる音楽に合わせて、腕を組んだお父さんと一緒にバージンロードを歩いた。 赤い絨毯を進んだ先には、真っ白なタキシードに身を包んだ三郎さんが私を待っていて、私はそこから三郎さんと腕を組む。 お父さんとは、ここでお別れだ。 さらに進んだその先には、神父さんがいて、私たちにそれぞれ誓いの言葉を投げかけた。 「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」 「誓います」 三郎さんが答える。 そして、次は私の番。 私は前を見据えて、はっきりと口にした。 「誓います」 「では、指輪の交換を」 用意された指輪をお互いの薬指に嵌めていく。 三郎さんの手は、緊張のせいか、普段より少し固かった。 そして私も、震える手を抑えて、何とか三郎さんの指に嵌める。 そして、次はいよいよ… 「誓いのキスを」 神父さんの言葉に従い、三郎さんは私のヴェールを後ろに避ける。 私は顔を少しだけ上げて、三郎さんを見る。 三郎さんの目は酷く真剣で、私のことを見ていた。 三郎さんも緊張しているって言ってた…不破さんの言葉は本当だったんだ。 三郎さんの顔が私に近付いて、私は目をつむった。 唇に当たる感触。 ふわっと柔らかく…それでいて、熱かった。 心臓がバクバクと煩い。 私たちが誓いのキスを済ませると、周りからは拍手と歓声が上がった。 唇を離した三郎さんが、少し照れながら、私にしか聞こえない声で言う。 「梅雨…綺麗だよ。愛してる。絶対、幸せにするからな」 その言葉を聞いて、私はただただ頷くだけだった。 嬉しさで涙が零れてしまいそう。 「私も…愛してます」 だからそう言って、私も三郎さんへの愛を告白した。 三郎さん、この先何があっても…私はずっとずっと、三郎さんが大好きです! ×
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