文化祭が終わって、体育祭が終わって、修学旅行も終わって…残るのは、テストとまたいつもと変わらぬ日々。
前半が凄く忙しかっただけに、嫌なテストが終わった後は、何となく気が抜けちゃう。
秋の夜長とか言うけど、特にすることもないしなぁ。

そう思っていたら、お父さんが取引先主催のパーティーに誘ってくれた。
少しでも気晴らしになればいいと言って。
私は暇だったし、喜んで頷いた。
お母さんに綺麗なドレスを着せてもらって、少しだけ化粧もしてもらって、髪も綺麗に巻かれる。
鏡に映った私は、どこかのお姫様みたいだった。


「いい?梅雨。12時までには戻るのよ。そうじゃないと、素敵な魔法はとけてしまうわ」
「わかった!」
「それと、男の人には十分気をつけなさい。あなたは三郎くんのお嫁さんなんだから」


三郎くんがいないところで何かあったら、取り返しのつかない事になるわよ。
と、お母さんは口を酸っぱくして言った。
私はうんうんと返事をしてたんだけど、あれこれと口を挟むお母さんに、お父さんの方が疲れちゃったみたい。


「もういいだろう。梅雨だって子供じゃないんだし、私がいるから大丈夫だよ」
「あら、あなた忘れたの?梅雨は昔からここぞという時に問題を起こしてくれる子なのよ。きっと、今夜だって何かあるに決まってるわ」
「まぁ…それは否定できないな」


お父さんまで…!

私は結局、お父さんからも散々注意を受けてから家を出ることになった。
さっきまで楽しい気分だったのに…あんまりだ。


「まぁ、あまりしょげるな。会場には梅雨の好きな食べ物も沢山あるから」
「うん…」
「帰りに、何かお土産を買って帰ろうな。お母さんもきっと喜ぶぞ」


私とお父さんを乗せた車は、夜の街を走り抜けた。




私たちがやってきたのは、大きなホテルだった。
とても有名なホテルみたいだけど、あんまり旅行とかもしない私には知らない名前だった。
知ってても、同じ都内だったらわざわざ泊まることもないだろうし。


「梅雨は先に、お土産でも選んでなさい。最初は退屈な話だろうから」


私はお父さんに言われた通り、ホテルのお土産屋さんに入った。
だって、退屈な話は嫌だったんだもん。
この手のパーティーには何回か顔を出したことはあるけれど、偉い人の話ばっかりでちっともつまんない。
だから、スピーチが終わって、比較的自由になったところで会場に行くことにする。

お父さんに渡されたカードを握りしめて、何がいいかなぁと店の中を歩いた。
いくつか見繕って、イギリスの紅茶に決めた。
お母さん、コーヒーより紅茶の方が好きだから、喜ぶだろう。

けれど、紅茶の入った缶と共にカードを提示すれば、店員に「これは使えません」と言われてしまった。


「どうして?」
「ご本人様名義のカードでなければ、カードはご使用になれません」
「でもこれ、お父さんのカードなんだけど…」
「決まりごとですので。よろしければ、現金でもお支払いできますが」
「…お金持ってきてないもん」


荷物がかさ張るから、パーティーに来る時は、基本的に支払いは全部お父さんのカードで済ませている。
後は、お化粧直しの道具が少しと、携帯とか、ハンカチとか…
だから、今の私に買い物をできる能力なんて何もない。


「お母さんへのお土産だったんだけどな…」


ぽそりと呟いた後、「じゃぁいいです、片付けて下さい…」
そう言おうと思った時、すっと顔の横から手が伸びてきて、店員に黒いカードを渡した。


「この子の支払い、これで頼むよ」
「え?」
「畏まりました」
「良かったね、これでお土産買って帰れるよ」


私が後ろを振り向くと、そこにはにこにことした若い男の人が立っていた。
いや、重要なのはそこじゃない…
その人の顔が、三郎さんにそっくりだったのだ!


「さ…!!」
「ん?」


私はびっくりして、口をぱくぱくと開閉する。
一瞬三郎さんかと思ったけど、よく見ると違う。
相手も、私のことを知らないみたいだったし…

そうこうしている内に、店員が紅茶の入った袋を渡してきた。
私はハッと気付くと、慌ててお礼を言った。


「あの、ありがとうございます」
「いいえ」
「びっくりしました……え、あの、今更なんですけどいいんですか?これ…」
「いいもなにも、君が欲しかったんだろう?お母さんのお土産に」
「そうですけど、でも…」
「僕は困ってる子を助けただけだよ。そう高いものでもないし、気にしないで」
「あ、ありがとうございます…」


生返事しか返せない私に、男の人はにっこりと微笑んだ。
顔は三郎さんに似てるけど、笑い方が全然違う。
この人は別人……そうは思っても、見れば見るほどそっくりで…


「えーと、僕の顔に何かついてる?」


思わず苦笑されてしまった。


「あ、ごめんなさい…知り合いに、あなたに似てる人がいたから…」
「あぁ、もしかして三郎を知ってるのかな?」
「三郎さんを知ってるんですか!?」
「まぁ、従兄弟だし」
「!?」
「あはは、奇遇だね。…ここじゃ何だし、移動しながら話さない?君もこの後パーティー会場に行くんだろう?」
「あ、はい」
「じゃぁこれ、預けちゃお」


そう言って男の人――三郎さんの従兄弟――は、私の荷物を取って、店員に預けた。
代わりに引き換え用のカードを貰って、私に渡す。
私は歩きながら、「蛙吹梅雨です」と自己紹介をした。


「あぁ、蛙吹社長のところの娘さんだったのか。これは失礼」
「いえ、構わないですよ。私こそ、買い物のお金払って貰っちゃった訳ですし…」
「気にしないで。僕は不破雷蔵。さっきも言ったけど、鉢屋三郎の従兄弟。よろしくね」
「よろしくお願いします」


不破さんはまたにっこりと笑って、手を差し出してくれた。

そっか、不破さんは三郎さんの従兄弟だったのか…道理で顔が良く似ているはずだ。
私たちは会場で他愛ない話をしながら、時間を過ごした。
三郎とはどうやって知り合ったの?と聞かれたから、素直にお父さんの紹介でと答えておいた。


「それにしても、意外だったなぁ」
「何がですか?」
「三郎が、君みたいな子と知り合いだなんて。結構仲いいみたいだし」
「そ…んなことありませんよ。だって私、不破さんのことだって教えてもらったことないですし」


結婚してるのに。
お嫁さんなのに。
肝心なことはあまり聞いたことがない。


「うーん、まぁ相手が僕だからね…三郎も話したくなかったんだろう」
「?」
「三郎は意外と独占欲が強いから、自分の世界を干渉させたくないんだよ。例えば仕事とプライベート、とかね」
「なるほど…」


でもそれを言ったら、不破さんは仕事だけじゃなくて、十分プライベートに関わる人物だと思うんだけどな…よくわかんない。
三郎さんにとって、私って何だろう。
不安になるよ。

左手の薬指にはめた指輪を見て、私は切ない気持ちになった。
不破さんが、そんな私を見て不思議に思っていたとは露も知らずに。

その後、私は不破さんと別れてお父さんのいる場所に行った。
娘です、と紹介された時にはちゃんと「蛙吹梅雨です」と挨拶し、笑顔を忘れない。
私と三郎さんの結婚は、お仕事関連の人たちにはまだ内緒で、言っちゃいけないことになっている。
何でも、段取りがあるとか何とかで…
だから私はそれに従って、ずっと旧姓を名乗っていた。
来年の今頃は、ちゃんと鉢屋を名乗れているのだろうか。
ちょっぴり不安だ。


「どうした、梅雨。疲れたんなら寝ていいぞ?」


帰りの車の中。
お父さんにそう言われた私は、目を閉じて少しだけ眠りながら、こっそりと涙を零した。

三郎さん…会いたいよ。



泣きが得意な神様



『やぁ三郎』
「なんだ雷蔵、お前が電話かけてくるなんて珍しいな」
『それがね、今日パーティー会場で珍しい子に会ってさ』
「珍しい子?」
『蛙吹梅雨ちゃんていう、蛙吹社長のとこの娘さんなんだけど……三郎?大丈夫?何か凄い音がしたけど…』
「ゲホッ、グ……何でもない」
『そう?』
「…それで、その蛙吹の娘がどうした」
『小さくて、可愛い子だね。僕と三郎が似てるから、凄い驚いてたよ。それで、三郎のことも良く知ってたし…』
「………」
『ほんと、いつの間にあんな子と知り合ったのさ。まさか、手を出してはいないだろうね?』
「な…にを、」
『僕嫌だよ?三郎が年下に手を出して警察の世話になるとか…それだけは絶対にやめてね?』
「んなっ…!」
『大体、君は昔から僕の手を煩わせてばかりで、何度僕が君の尻拭いをしたと思って…』
「っ、用件がそれだけなら切るからな!」
『あっ、ちょ…!』

ガチャッ、プー…プー…

(あいつ、何やってるんだよ!)


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