6月になりました。
私と三郎さんが離れてから、早2ヶ月…
相変わらず私は毎日三郎さんのことを考えて、会いたいなぁとか思っているけど、今日はそれどころじゃなかった。
いや、三郎さんのことを忘れた訳じゃないよ。
ただね…戻ってきたテストの結果が、あんまり良くなかったんです…。




「あら〜…これはちょっとまずいわよねぇ、梅雨」


テストの結果を見て、お母さんが顔をしかめた。


「今までで、最低じゃない?得意な英語までこんなに点数落として…」
「は、初めてじゃないよ!中学の時はもっと酷かったもん!」
「そういうことを言ってるんじゃないでしょう」


ぺち、と丸めた答案用紙で頭を叩かれて、私はごめんなさいと謝った。

わかってる。
テストの点が下がったのは、自分の責任。
三郎さんのことばっかり考えてて、何もしなかった自分がいけないんだ。

お母さんもそれには気付いているようで、小さくなる私を前に、しょうがないわねぇと呟く。


「三郎くんがいなくて寂しいのはわかるけど、学業をおろそかにしてはだめだって言ったでしょう?」
「はい…」
「海外にいる三郎くんが、今の梅雨の成績を知ったら、どう思うかしらね…」
「お、お母さん…!」
「中学時代、あれだけ酷かった梅雨の勉強を見てくれた三郎くんだもの、きっとすごぉーく怒るに違いないわ。何やってるんだ!って」
「うぅぅ…」


三郎の物まねをするお母さん。
わああ、やめて、思い出したくない!
三郎さん、私の成績見る度にお説教してたんだもん…何で梅雨は俺が教えたことをすぐに忘れるんだ!って。

私が青い顔をしてお母さんを止めていると、お母さんは三郎のまねをやめてくれた。
だけどふっと表情を消すと、今度は困った顔で、私に言う。


「でもそれ以上に、」
「?」
「三郎くんは、梅雨との結婚に、責任を感じちゃうかもね」
「!?お母さん、それ、どういうこと…?」
「だって、梅雨の成績が下がったのは、三郎くんのことを考えてばかりいたからでしょう?梅雨が高校生だってちゃんとわかっている三郎くんは、きっと自分のせいで梅雨の成績が下がった…って、申し訳なく思うわ」
「あ…」
「だって、梅雨はまだ子供でしょう?」


結婚している以前に、私はまだ高校生。
勉強できないような状況にあっては、三郎さんが責任を感じてしまう。
それは…ちょっと考えれば、当たり前のことだった。

私はしょぼんと頭を下げて、返ってきたテスト用紙を見る。
酷い点数。こんなの、三郎さんに見せられないや。


「梅雨も、勉強をおろそかにしちゃいけないことを、ちゃんと理解したわね」
「うん…」
「で、どうする?頼みの綱の三郎くんはいないし、新しい家庭教師を見つけるか、塾にでも行く?」


控えめなお母さんの言葉に、私は首を振る。


「自分で勉強する」
「一人でできるの?」
「わかんないところがあったら、先生や友達に聞くから」
「そう。梅雨がそう言うなら、お母さんはもう何も言わないわ」


少しだけ表情が優しくなったお母さんはそう言って、私の頭を撫でた。

本当は。
本音を言ってしまえば、私はすぐにでも学校をやめて、三郎さんのところにいきたい。
勉強なんかしないで、好きな人と一緒にいたい。
でもそれじゃぁだめなんだ。
私はまだまだ子供で、できることなんか少ない。
三郎さんと一緒にいても、三郎さんの手を妬かせるだけで、ずっと役に立つことなんかできないだろうから。

だから、せめて三郎さんが日本にいない間、一生懸命頑張ろうと思う。
三郎さんにしてみたら、どうってことない、私の小さな一日だけど、投げ出したくはないから。
1年後、迎えに来てくれる三郎さんに、頑張ったよって胸張って答えられるようになりたい。
だから、三郎さんに結婚した責任感なんて、負わせないよ…!

スタートはちょっと遅かったけど、まだ間に合うよね。
まずは中間の分を、期末で挽回しなくちゃ。
それからえっと…他にも色々!
そうだ、三郎さんにお手紙を書こう。
メールじゃなくて手紙。
梅雨は頑張りますって。
三郎さんに心配はかけたくないから。

そう思ったら、私の体は行動を開始した。




数日後、三郎の元に届いた手紙には、梅雨の意気込みと、三郎への愛が彼女なりに精一杯綴られていた。
そして隅に描かれた、可愛らしいてるてる坊主のイラストに、ぷっと噴き出す。


「あいつ、何やってんだよ…」


でも、元気そうで良かった。
本当は凄く心配してたんだ。
何度日本に戻ろうとして、思い止まったかわからない。
俺は梅雨の夫だから、自分の仕事を放り投げて、なんて無責任なことはできない。
梅雨の為にも、ちゃんと稼がないといけないから。

三郎は、梅雨からの手紙を丁寧に折り畳むと、そっとデスクの引き出しにしまった。
その表情はとても穏やかだ。

日本は今、梅雨である。



紫陽花との庭

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