ゴールデンウイークなんて暇だ。
いや、課題とかやることは一杯あるんだけど…
それでも去年、一緒に過ごした三郎さんがいるのといないのじゃ、気分が全然違う。
何もやる気が起きなくて、私は三郎さん愛用のソファに寝転がった。
せっかくの新婚なのに、夫に会えないって…

私、蛙吹梅雨改め、鉢屋梅雨は、先月三郎さんにプロポーズされて、結婚しました。
式は挙げていません。
海外に転勤になった三郎さんが、私を日本に残しておくのは心配だからと、先に籍だけ入れることにしたのです。
正直びっくりしました。
三郎さんの行動にも、それからの流れとか、色々。

両親は最初反対しました。
結婚なんて、まだ早過ぎる。
籍を入れるのだって、三郎さんが帰ってきてからでも十分じゃないかと。
私は内心不安に駆られました。
このまま、両親に押し切られてしまうのではないかと思ったのです。
けれど三郎さんは、諦めませんでした。
渋る私の両親を説得して説得して説得して…ついには許しを得ることが出来たのです。
私は本当に嬉しかった。

元々、三郎さんは私が中学生の時の家庭教師で、私の両親からの信頼も中々に分厚かったのです。
高校に入ってすぐ告白され、何やかんややっている内に、ちゃんとうちにも挨拶しに来てくれて。
両親の前で、梅雨を大切にしますって言われた時は、恥ずかしくていても立ってもいられなかった。
後でお母さんに散々からかわれたし。

そんな三郎さんと私の付き合いが1年続いて、私は高校2年生に、三郎さんは社会人2年目になった。
正直、子供の私なんてすぐに飽きられてしまうのではないか、と思っていた私だったけど、現実にはそうでなく、三郎さんは私のことをとても大切にしてくれた。
休みの日はなるべく私の為にあけてくれて、色んなところに連れて行ってくれて、おいしいものも食べさせてくれた。
イベントだって忘れずに楽しませてくれた。
三郎さんの家に入れてもらって、色んなこと教えてもらって、そして…
初めて体を重ねたのも、三郎さんの家だった。

痛かった。
それでも、私がなるべく痛くないように、気遣ってくれて。
それが伝わってきたから、痛かったけど、嬉しかった。
私、三郎さんに愛されてるってわかって、涙が止まらなかった。
そんな、私と三郎さんの思い出が詰まる三郎さんの家。
今は私と三郎さんの家だ。


「あ…植木にお水やらなきゃ」


ごろごろと横になりながら、ふと気付いて、立ち上がる。
ベランダのジョウロを取って、水を注ぐ。
置いてある植木鉢に順番に水を与えたら、みんな喜んでいるように見えた。
三郎さんが残していった植木…ちゃんと世話、してあげなきゃ。
キッチンに戻って、もう一度水を入れる。
終わったら、今度こそ、何もすることがなくなった。


「あー…暇、」


再びソファに逆戻りして、足をばたつかせる。
することがなくて暇だけど、家に帰るには何か寂しい。
三郎さんが帰ってくる訳じゃないけど、この家は三郎さんの匂いがするから。


『俺がいない間、マンションの管理は梅雨に任せた』


そう言って、鍵を渡された。


『今はまだ実家にいるだろうけど、俺が戻ってきたら一緒に暮らそうな』


って言われて、私は嬉しくて、何度も頷いたっけ。
それから私は、月に何度か三郎さんのマンションに足を運んで、空気の入れ替えをしたり、鉢に水をやったりしている。
帰ってきた時、変わらない部屋がいいからと、三郎さんは家具を何も持って行かなかった。
本もほとんどそのままにしてある。
だから、ここには三郎さんがいた形跡(あと)が残っている。
私はそれに縋り付いて、毎日を過ごしている。

あー…会いたい。
三郎さん。
早く帰ってきて…









pipipipipi…


携帯が鳴ったのが聞こえて、私は慌てて体を起こした。
いけない、することがないからって、思わず寝ちゃったよ。


「メール?誰から…」


メールフォルダを開いて息が止まった。
それは、遠い国で仕事をしている、三郎さんからだった。
焦った私は、一度携帯を床に落としてしまい、慌てて拾いあげた。

三郎さんのメールは、三郎さんの近況が少しだけ書かれていて、それからあとは、全部私を心配するもの。
元気か?毎日泣いてないか?
ちゃんとご飯食べてるか?
変な男につかまってないか?
って…


「三郎さん、ほとんど私のことばっかり書いてる…」


もっともっと、私は三郎さんのことが聞きたいのに。
もう、わかってないなぁ。

…でも。

たくさんの文字が並んでいる画面をスクロールしていくと、
一番最後に、一言だけ、


愛してる


って書かれていて、
私の涙腺はそこで崩壊した。

三郎さんったら、私に泣くなよって言っておいて、自分で泣かせてたら、意味ないんだから。
もう、私だって…


「三郎さんのこと、愛してる…」


だから、今日みたいなメールは、反則だよ。
私、すぐに泣いちゃう。
会いたくなっちゃうんだ。


「三郎さん、私…がんばるからね、」


三郎さんがいなくても、毎日ちゃんと笑っているよ。
そして、三郎さんが帰ってくる時には、ちゃんと笑顔で迎えられるように…

だって、私、三郎さんのお嫁さんだもん。

涙を拭いて、立ち上がった。



世界は憂鬱と闘う日々

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