寒い冬が過ぎ去って、まだまだ夜は冷え込むけれど、昼間はポカポカ陽気。
春の陽射しが心地良くて、私はここが三郎さんの家だということも忘れて、うとうとしていた。


「おーい、梅雨」
「うー…」
「寝るなよ。せっかく二人っきりなのに」
「だ…て、眠い…」
「いいから起きなさい」


ペチペチと頬を叩かれて、重たい瞼を上げる。
寄り掛かっている三郎さんの体温が心地良い。
あ、どうしよう、また寝ちゃいそう…なんて、


「!」
「ほら、起きろ。寝ちゃダメだ」


ぐいっ、と体を引き上げられて、すっぽりと三郎さんの腕の中に収まる。
急に近くなった顔に、恥ずかしくなった。
けれど三郎さんはどこか不機嫌な様子で、まったく梅雨は…なんて言った。
ごめんなさい、春の陽気には勝てなかったんです。


「ったく、人がせっかく一世一代の告白をしようとしているのに、お前ときたら…」
「ふぇ?こくはく?」
「そ」
「だって、三郎さんと私はもう付き合って…」
「そうじゃねぇよ」


それじゃぁ何の告白を?
私がキョトンとしてると、三郎さんはあーもうとか言って頭をかいた。
ほんのりと頬が赤くなってる気がする。
どうしたの、と問う前に、三郎さんは私の体を向き合うように抱え直した。
そして、いつになく真剣な顔をして、梅雨、と呼んだ。


「は、はい」
「…実は俺、転勤で1年海外に行くことになってな」
「え、えぇぇぇぇ!?」
「正直俺はお前を連れて行きたい…だけど梅雨は高校生だ、無理に決まってる」
「やだやだやだ、三郎さん海外に行っちゃうの?会えなくなるの?」
「そりゃ簡単には会えないだろう」
「うぅぅ…そんなぁ……っ、」
「こ、こらっ、泣くなって…大丈夫だから、1年だけだし…」
「1年も、だよぅ…寂しすぎぃ…会えないのはやだぁ…っ」
「梅雨…」


そんな、突然、海外に行くって言われても…
私は三郎さんの胸に縋り付いてわんわんと泣きわめいた。
行かないで、ってお願いした。
でも、そんなの、無理に決まってるってことくらい、いくら子どもの私でも、わかっていた。
だから泣いた。

三郎さんは黙って私の背中を撫でていた。
私が泣いたせいで服に涙や鼻水がついても、怒らなかった。
ただ、静かな声で、俺も離れたくないんだよ、って言ったのが聞こえて、私の涙腺は益々崩壊した。
馬鹿みたいに泣きわめいて、三郎さんを困らせた。


「うー…ぐずっひっく、」
「落ち着いたか?」
「落ち着き、ません…っ」
「いいから、早く泣き止んでくれよ。これじゃ話を進められない」
「ばな゙、じ…?」
「そ」


三郎さんはティッシュで酷くなった私の顔を拭きながら、よしよしと頭を撫でる。
まるで子供扱いだったけど、今の私の状態が子供そのものだったから、否定はできない。
一通り泣いて喚いたのがおさまると、三郎さんは新たに話を切り出した。


「さっきも言ったけど、ホントは仕事先に梅雨も連れて行きたい。でも無理だ。梅雨は高校生だから。それはわかるよな?」
「はい…」
「ご両親にもちゃんと挨拶してないし、したところでまさか娘を海外に転校させることなんてできないし、俺も、行った先では自分のことで手一杯だろうから」
「………」


何だろう、この流れは。
もしかしてあれかな。
遠距離になるから、別れようっていう話なのかな…
日本を離れるのに、私の面倒までみていられないってこと?そうなの?


「三郎さ…」
「いいから、最後まで人の話を聞け」


口を開いた私のおでこに、べちっと三郎さんの手があたる。
酷い…不安だったから聞こうと思ったのに。
それはないんじゃない?


「ふて腐れるなよ…俺が言いたいのはこっからなんだから」
「………」
「返事は」
「はい…」


はぁ、とため息を吐いた三郎さんの手が私の左手を掴んで、ポケットから何かを取り出す。
取り出したその‘何か’を私の薬指に通して、見せた。
あれ?これって……


「三郎さん…?」
「…好きだから。一緒に連れて行きたいくらい愛してるから、そんな梅雨を日本に残しておくのは嫌なんだ」
「あの、でも、これって…」
「だから、」


私の薬指にはめられた、綺麗な指輪。
大きなダイヤが光ってる。
私でもわかる。
左手の薬指にはめられた指輪の意味は…

三郎さんはふっと表情をやわらげて、




「…結婚しよう」




「!?」

「変な男に寄り付かれたりでもしたら、俺ショックで仕事どころじゃなくなる。お前が俺のもの、っていう証を作ってから、旅立ちたい」
「っ…!」
「言っとくけど、返事は『はい』以外は受け付けないからな。よく考えて答えろよ」
「なっ、そんなこと言われても…」


とっても理不尽な言い方。選択肢は一つだけ。
でも、私の答えなんて最初から決まっている。
だって、相手は、大好きな三郎さんなんだもん…!


「三郎さん、好きっ!」
「知ってる」
「わ、私でよかったら、三郎さんのお嫁さんにしてください…!」
「喜んで」


ちゅ、と三郎さんの唇が瞼に落とされた。
俺の嫁さんは随分と泣き虫だな、って言って…
だって、しょうがないじゃない。
こんなに嬉しいことって、ないんだから!


「三郎さん〜〜っ!」
「あーはいはい、梅雨はホント手がかかるな。ま、そこを含めて、全部可愛いんだけど」
「は、恥ずかしいこと言わないで下さい!」
「無理」
「〜〜〜〜っ!!」


顔を上げればいじわるな顔をした三郎さんと目が合って、泣き虫、とまた笑われた。
好きでないてるんじゃないのに…涙が勝手に出てきちゃうんだもん。
キラリ、と光る薬指に視線を落とすと、三郎さんはぎゅっと私を抱きしめてくれた。


「なぁ、梅雨」
「はい…」
「…幸せにするよ」


ふ、と耳元で囁かれた言葉。
私は多分、一生忘れないでしょう。

私は世界一の幸せ者です。



花散る季節にをして

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