私の恋人は作法の良心といわれる藤内。
元々同じ村出身の幼馴染だけど、忍術学園に来てからは忍たまとくのたまの授業は別で、ほとんど一緒にいたことはない。
放課後は藤内が勉強したり委員会に出席するからと言って、中々構ってくれないし…
私たち本当に付き合っているんだろうか?

「ねぇ数馬。藤内って彼女いるの?」
「えっ? 藤内に恋人? 聞いたことないけど…」
「そうなんだ」

同じ組の数馬でさえ私と藤内の仲を知らない。
言ってないんだ…。
せいぜい同じ村出身の幼馴染としか周りからは認識されてないんだろうな。
藤内はどうして言ってくれないんだろう…

放課後にぷらぷらと食堂に足を運んだら、ちょうどお茶をいれにきていた藤内と会った。

「藤内!」
「ん? 梅雨か」
「そのお茶委員会に持ってくの?」
「そうだけど」
「じゃぁ手伝うよ」

にっこり笑ってお盆を持とうとしたら、藤内に慌てて止められた。

「いや、いいから! 梅雨は自分の部屋に戻ってろよ!」
「私…やっぱり邪魔かな」
「だって委員会だし…そう易々と梅雨を連れてはいけないよ」
「そうだね…ごめん」

それでも私は藤内にいいよって言われて、短い時間でも一緒にいたかったんだけど。
食堂を出ていく藤内の背中を見送って、長屋への近道を歩いた。
この時の私は頭の中が藤内のことでいっぱいで、不覚にも前方不注意だった。
結果、見事に落とし穴にはまってしまったのである。

「いたたた…」
「だーれだ?」
「あ、綾部先輩…」
「くのいち教室の子?」
「あ、はい。蛙吹といいます」
「ふーん」

穴からひょっこり顔を覗かせたのは、四年生の綾部先輩だった。
作法委員で、藤内直属の先輩でもある。

私は綾部先輩の掘った穴から這い出ると、先輩がまだ私を見ていることに気付いて首を傾げる。

「あの、何か?」
「君どっかでみたことがあるんだけど…もしかして藤内の幼馴染?」

ズキッと胸が痛んだ気がする。

「はい、そうですけど…」

弱々しく返事をすると、綾部先輩は明るい表情でやっぱりねと言った。

「じゃぁ僕の後輩だ」
「…私、三年ですから必然的に綾部先輩の後輩になるんですけど」
「そうだったね」
「あの、もう失礼してもいいですか? 私やらなくちゃいけないことがあって…」
「それってどんな用事?」
「え? ええと…」
「どうせ暇なんだろうから、僕と一緒に作法室においでよ。遊んであげる」
「あそ…いいえ、結構ですよそんな…!」
「拒否は受け付けませーん」

綾部先輩は私の腕を掴むと、そのままスタスタと作法室に向かって歩いてしまった。
その後を何とかついていく私。
どうしよう…

作法室には藤内がいるのに、私が行ったらきっと嫌な顔するよね。
綾部先輩に連れてこられたって知ったら、怒りはしないだろうけど何でこうなったか理解できないだろうし。
第一私、作法委員じゃないし…

「あの、綾部先輩? 私が行っても迷惑になるだけなので、」
「じゃぁ僕の恋人ってことにしておこうか」
「え!?」
「それなら立花先輩も許して下さるはずだよ。僕以上に遊ばれると思うけどね」
「!!」

しゅっぱーつ、と改めて掛け声を発し、私の手を引っ張る綾部先輩。
彼女って…嘘でしょ?
例え冗談でも、そんな、私が綾部先輩の彼女だって紹介されたら…!

私は藤内の反応が怖くて、顔を真っ青にした。
呑気な綾部先輩は振り向きもせず鼻歌を歌ってるし。
私、どうしたらいいの?

「着いたよ」

いつの間にか辿り着いた作法室の前で、綾部先輩は私の手を取って部屋に上げた。
中には委員長の立花先輩と、一年生の笹山くんと、黒門君……そして私を見て、驚いている藤内がいた。

「喜八郎、委員会はもう始まっているぞ」

立花先輩は綾部先輩に軽く注意し、次いで私の方を見た。

「しかもくのたまを連れてきて…誰だ?」
「あの、立花先輩すみません、私…」
「僕の彼女の多子ちゃんでーす」
「た…!?」
「ほう…いつの間に。お前も隅に置けないな」
「いえ、私のなmふごっ!」
「立花先輩にいじられるので、今まで黙っていました。でもさっき、彼女が僕の掘ったタコ壺にハマって怪我をしちゃったんで、手当てをしに」
「そうだな…少し擦りむいている。藤内、救急箱を持ってきてくれ」
「あ……は、はい!」
「あのっ、だから私は…!」
「多子さん、なぁに恥ずかしがることはない。我が作法委員の恋人とあれば、喜んで歓迎しよう」

そこに座って、くつろいで。
すぐに茶を用意させよう。
怪我をしたところを見せてごらん。
保健委員並みとはいかないが、擦り傷程度なら我々でも手当てできる。

立花先輩は私の言葉も聞かずに、あれこれと委員会の後輩に指示を出した。
当然、藤内も救急箱を取ってきたり、新しい湯呑茶碗を用意したりと、慌ただしく動く。
視線が合うと想像通り、『何でお前が綾部先輩の彼女になって、委員会に来ているんだ』と言いたそうだ。
その意志をくみ取って、少しだけ胸が痛む。
やっぱり私…迷惑だったかな。
綾部先輩の彼女としてここに来るのは抵抗があったけど、実はどこかで委員会活動をしている藤内が見れると思って、少しだけ期待していた。
でも、何もこんな機会でなくても良かったはず。

そう思うと、藤内に申し訳ないという気持ちが膨らむ。
ごめん…ごめんね、藤内。
私がこんな馬鹿だから、藤内は私のことを誰にも言いたくなかったんだね…。

「綾部先輩に彼女いたんだ」
「二人はいつから付き合ってるのかな?」
「こらこら、お前たち。詮索するのはよせ。それより彼女に出す茶を入れてみろ。私が採点してやる」
「「はーい」」

元気のいい一年生の声を聞きながら、私は大人しく藤内に手当てをされている。

「…、包帯きつくない?」
「………」
「どうしたんだ?」

包帯の加減を聞いた藤内が、返事をしない私の顔を覗き込んだ。
私は気を緩ませると泣いてしまいそうで、ぐっと唇に力を入れて首を振った。
藤内は訝しげながらも、手当てを続ける。

「何だ、二人は顔見知りか?」

泥だらけになった綾部先輩に注意していた立花先輩が、私たちの方を振り返って聞いた。

「はい…合同授業で組むこともあるので」
「………」
「ほう…だが蛙吹の方はその答えでは納得していないようだが?」
「なっ!?」
「立花先輩…私の名前…」

藤内が驚きの声を上げ、私は思わず顔を上げてしまった。
そうしたら、今まで溜まっていた水分が、一気に頬を伝って零れた。

「梅雨!?」
「え? あ、ごめんなさい…これは、ちょっと、ごみが入って……何でもないの!」
「何でもないって…嘘つくなよ! ごみが目に入ったくらいでそんなに泣くもんか!」
「だって…」

それ以外に何て言い訳したらいいの?
答えようがないじゃない…!

「二人とも、そこまでにしておけ」

焦る藤内と目を反らした私に、立花先輩の声がかかる。

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