夢を見た。夢を見ながら、あぁこれは夢なんだって珍しくわかる夢だった。夢の中には梅雨さんが出て来た。隣には利吉さんがいて、二人は仲良く手を繋いで歩いているんだ。二人は僕の存在には気付かなくて、僕は影から二人の様子を見ていた。 微笑みながら楽しそうに歩く梅雨さん。嫌だよ。見たくない。僕以外の人に笑いかけたりしないで。手を繋がないで。口付けを交わさないで。 僕は、利吉さんみたいに優秀な忍者にはなれないけど、でも、たった一人守ってあげたいと思う大切な人は、梅雨さんなんだ。 その手を取らないで。ずっと僕の側にいて。利吉さんのところになんていかないで。 なんて (夢の中じゃ、届く訳がないのに) いくら手を伸ばしても、声を上げても現実の梅雨さんには届かない。僕、本当はこんなに嫉妬深くて嫌な奴なのに、梅雨さんに嫌われたくないと思うと、どうしても言えなくて。 こんなんじゃ、梅雨さんの気持ちが利吉さんに傾くのも当然。僕は梅雨さんに相応しくない… そう思ったところで目が覚めた。廊下から聞こえる、梅雨さんの声で。 「小松田くん…起きてる?」 「……梅雨さん、?」 「ねぇ、話があるの」 辺りは暗くて、いつの間にか日が落ちていた。少し横になろうと思ったのが夕方だったから、まだそんなに時間は経ってないと思うけど。 「話って…利吉さんのこと?」 寝てたせいか声が上手く出ない。 「…そうよ」 「やっぱり…梅雨さん、利吉さんのことが好きになっちゃったんだね。いいよ、何となくわかってたことだから」 「小松田くん…何言ってるの…?」 「何って、梅雨さんの本音だよ。利吉さんに好きだって言われたんでしょ?」 「………」 「だから、僕みたいなダメな事務員より、売れっ子で頼りになる利吉さんの方が好きになったって…」 「…本当にそんなこと思ってるの?」 「思っ…てる、よ」 「私がそう言っても、小松田くんはそれでいいの?」 「僕は……」 「――私を幸せにしてくれるって言ったのは、あれは全部嘘だったの…?」 ―――、 梅雨さんの声が震えていた。小さくて、掠れていて。それが泣く一歩前のものだっていうことに、僕はすぐにわかった。 反射で思わず開けてしまった戸の向こうには、昼間見た着物に身を包んだ梅雨さんが、肩を寄せて僕を見ていた。綺麗な顔が歪んで、涙が浮かんでいる。それがついに零れ落ちて、白い頬を伝う。 嗚呼、僕はまた泣かせてしまった。罪悪感が胸を貫く。 「私…今日、利吉さんに会ってきたわ…」 「うん…」 「この間貰った、簪を返しに」 「…え?」 あれ、返しちゃったの?梅雨さんに似合うと思ったのに。せっかく利吉さんがくれた、いい簪だったのに…。 「わ、わたしっ」 「梅雨さん…」 「小松田くんのことが、好きだからっ…他の人から貰った簪は、付けられないって、そう言って…!」 「………」 「利吉さんは、いい人よ…黙って私が返した簪、受け取ってくれて…私が幸せになればそれでいいって、言ってくれて、」 「やっぱり…言われたんだ」 「それなのに、肝心の小松田くんは、私に利吉さんと幸せになれって言うし…!」 泣きながらキッと僕を見据えた梅雨さんは、綺麗だったけど、同時に少しだけ、怖かった。ボロボロと涙を零しながら、僕の胸に抱き着く。僕はびっくりして、手をいっぱい振ってしまった。 「うわわわ、梅雨さん…!」 「ばかね…小松田くんの気持ちなんて、最初からわかってるわ…」 「僕の気持ち…」 「でも、私は女だから。知ってても、小松田くんの口から聞きたかった。利吉さんの前で言って欲しかった」 「………」 「ねぇ、私がこんなに言ってるのに、小松田くんは言ってくれないの…?」 「…僕、は……」 僕の本当の気持ち…梅雨さんに知られたくなくて、ずっと隠していた僕の気持ちは。言ってもいいのかな?梅雨さんはいいって言ってるけど。梅雨さんが想像しているものと違ったらどうしよう。それこそもう元には戻れないよ。 ねぇ梅雨さん。そう声を掛けようとした僕の言葉は、喉に引っ掛かって出る場所を失った。梅雨さんがジッと僕を見つめて、唇をきゅっと閉じていたからだ。 そんなところを見せられたら…僕だって、…黙っている訳にはいかないじゃないか。 「利吉さんのところにいかないで…」 「………」 「梅雨さんが、利吉さんと話しているのが嫌だ。一緒に笑ってるのも、利吉さんだけ名前呼びなのも僕は嫌だよ…」 「うん…」 「僕は、誰よりも、利吉さんよりも梅雨さんのことが好きだ。だから、誰にも渡したくない…!」 「秀作くん以外のところには、いかないわ」 「…!」 薄く笑った梅雨さんの言葉に硬直する。今、僕のこと秀作くんって…! 「…利吉さんのことを名前で呼んでたのは、山田先生と被ってしまうからよ。それでも、秀作くんのことを小松田くんて呼んでたんじゃ、確かに釣り合わないもんね」 秀作くんはずっと梅雨さんって呼んでくれてるのに… 梅雨さんは少しだけ視線をそらして言った。頬が赤い。僕はそんな梅雨さんが愛しくて、ぎゅっと梅雨さんの体を抱きしめた。 「好きだよ…梅雨さん」 「私もよ、秀作くん」 「梅雨さんを幸せにするのは僕だからね」 「わかってるわ。もう他の人に委ねようとしないでね」 「うん」 「秀作く…」 口を開きかけた梅雨さんの唇を、僕の唇で塞ぐ。ふわり、と柔らかい感触がして、梅雨さんの匂いが鼻を掠める。甘くておいしそう。梅雨さんは香袋を持ってるって言ったっけ。凄く…梅雨さんを抱きたくなる。 「ねぇ、梅雨さん。今日は僕の部屋に来てよ」 「え…?」 「湯浴みを済ませてからでいいからさ。皆が寝静まった後なら、梅雨さんでもこっちにこれるでしょ?」 「………」 「梅雨さんは、嫌…?」 少し顔を覗き込むように問い掛けたら、梅雨さんの顔はこれでもかという程赤くなってて、眉間に皺を寄せていた。微かに震えている様子が可愛らしい。僕はたまらず、梅雨さんの頬に僕の頬を擦り寄せた。 「きゃっ、秀作くん…!」 「待ってるからね」 「…!」 「風邪ひかないように、ちゃんと上着て来てよ?」 「え…っと…、」 「梅雨さん、愛してる」 何も言わない梅雨さんの体をもう一度抱きしめて、僕は梅雨さんを長屋に返した。 そして僕が言った通り、湯浴みを済ませて夜着の上に羽織りを被った梅雨さんが、皆が寝静まった深夜にやってきて、僕は部屋に招き入れる。普段は結っている梅雨さんの髪が、今はしなやかに垂れていてとても素敵だ。恥じらう梅雨さんが可愛い。 「秀作くん…」 「ねぇ、梅雨さん。どうしようもないくらい、僕は君が好きなんだ」 だから、梅雨さんの全部を頂戴? 細い腕を掴んで、そっと布団の上に押し出した。 |