「梅雨さん、今度のお休みに一緒に町に行かない?」
「ごめんなさい…その日は利吉さんと会う約束をしてて」
「え?」
「でも、すぐ終わる用事だからその後なら、」
「ううん、いいよ」
「小松田くん…」
「利吉さんと二人で楽しんでおいで」


梅雨さんの言葉を遮って、僕は笑顔を向けた。上手く笑えているだろうか。
梅雨さんは何か言いたそうな顔をしてたけど、利吉さんに嫉妬した僕はそれ以上話を聞きたくなかった。梅雨さんの口から利吉さんの名前が出るのも嫌だったし、僕の知らないところで二人が約束をしていたのも…凄く胸が痛んだ。悲しい。僕は未だに小松田くんとしか呼んでもらえないのに、利吉さんは会った時から利吉さんなんだもんなぁ…
梅雨さんは僕の気持ち、わかってるの?


「はぁ…」


溜息が出る。当然、仕事だって上手くいかないし…梅雨さんに元気を貰ったと思ったのも一瞬で、翌日はやっぱり吉野先生に沢山怒られた。僕って本当、事務員にさえ向いてないなぁ…

(それにしても、簪かぁ)

利吉さんが梅雨さんにあげてた簪を思い出す。綺麗で、上品な梅雨さんには文句なしに似合うことは、僕にだってたやすく想像できた。だから利吉さんは梅雨さんに贈ったんだと思うし、利吉さんはきっと…梅雨さんのことが好きなんだ。だから梅雨さんに会いに来て、町で会う約束もした。
かっこいいなぁ。さすが利吉さん。梅雨さんも、利吉さんのことを好きになっちゃったりして…


「でも、その方が梅雨さんにとってもいいのかな」


鈍臭くて失敗ばかりの僕よりも、売れっ子のフリー忍者の利吉さんと一緒になった方が、誰が考えたっていいと思う。利吉さんなら梅雨さんを幸せにできるもん…苦労なんてさせないはずだし。
梅雨さんが利吉さんとの約束を承諾したってことは、梅雨さんだって内心は僕よりも利吉さんがいいと思ったからで。僕はもう、梅雨さんから離れた方がいいのかな。僕は梅雨さんが好きだけど、梅雨さんには自分の気持ちを優先して欲しいと思うから。
それって、変なことかな?


梅雨さんと話を話してから三日が経った。あれから僕は梅雨さんとほとんど話をしないまま、利吉さんとの約束があるという今日を迎えた。
天気は凄く良くて、まるで二人の仲を応援してるよう。良かったね。きっといい日になるよ。
梅雨さんを好きな僕がそう思うんだから、間違いないはず。


「…いってらっしゃい」


綺麗な着物を着て学園を出ていく梅雨さんを見守り、僕は長屋の廊下から空を見上げた。



空蝉か人形か

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